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賢者への勅令

 特別指導の翌日、放課後にセレーネから呼び出しを受けたキースは理事長室に向かった。


「失礼します。セレーネ理事長……何やら緊急事態という話だけど」


 部屋の中を見渡し、二人きりであることを確認したキースは普段通りの砕けた口調でセレーネに尋ねる。


「ええ、そうなの……アラン王子から、王の代理として賢者ブランドンに勅令が下りました」


 ブランドンとは、家名を持たない平民であったキースが、賢者の称号と共に王に与えられた名前である。慣例として賢者となった者には、建国記に記されている建国の英雄の名前が送られることになっていた。


 それは家名を持つ貴族などの人間でも同様である。例えばキースと同じく賢者のセレーネの場合であれば、家名であるインファンタリアとは別に、賢者リネーアの名が与えられていた。つまりセレーネの正式なフルネームはセレーネ・リネーア・インファンタリアとなる。


 世間的に賢者ブランドンの名はそこそこ知られているものの、文書には賢者ブランドンとしか記述されないため、キースという名を知っている者はあまり多くない。アランの周りで働く者や、高い地位を持つ貴族、あるいは戦場で共に戦ったことがある騎士や学友などの直接面識がある人間にほぼ限られる。


 それにキースの場合はセレーネらと違い、賢者としての業績は難解な魔法理論の構築を主にしているため、世間にはあまり理解されていなかったりもする。そのため知名度で言えば若くして王立騎士学校の理事長を務めるセレーネとは天と地ほどの開きがあった。


 そうした事情もあって、現在のキースが賢者という地位を隠しながら教師として働くことが可能になっている。とはいえこれはアランが面白がって始めさせたことなので、実際はバレたところで特に問題はなかったりするのだが。


「勅令か……つまり拒否権はない、と。まあアランの頼みを拒否するつもりもないけどな」

「ふふ、やっぱり仲が良いのね」


 そう言ってセレーネは微笑んだ。


「俺とアランは目的を同じにしているから、協力することは俺の利にもなるというだけだよ。それでセレ姉、アランは何を言ってきたんだ?」

「北の戦線の隙間をすり抜けた魔物の群れがいるって報告が入ったの。その魔物たちは現在王都に向かってまっすぐ南下しているのだけど、道中にある街を襲う可能性もあるから、そうなる前に迎撃をキース君にお願いしたいという話ね」

「魔物か……珍しいな。王都の北の戦線は序列も高く優秀な第三騎士団の担当だから、あまりそういうことは起きない印象だったけど」

「それなんだけど、その魔物がワイバーンらしくて、撃墜の準備が間に合わなかったみたいなの」

「……なるほど。追撃しようにも速さの問題もあるし、そもそもワイバーンを撃墜出来るほどの騎士を前線から下げるわけにもいかない、ということか」


 ワイバーンは大型の魔物の中でもBランクに位置する強力な二本足の竜だった。高空を高速で飛び、生半可な騎士の魔法ではダメージを与えることも出来ない強靭な防御と、翼で巻き起こす突風に口から吐かれる火球、爪や尻尾の先には触れたものを溶かす毒を持つなど攻撃面での危険性も高い。


 一応王都には駐留している戦力もあるが、しかし優秀な騎士は前線に送られるのが常であり、それはお世辞にも優秀とは言えなかった。ワイバーンのような魔物が群れとなって現れれば、全滅の恐れすらあるだろう。


「事情は分かったよ。ワイバーンの群れ程度なら俺一人でも問題ない」

「ありがとう。それじゃあさっそく行くけど、キース君は何か準備が必要かな?」

「いや、特に無いよ」


 キースがそう言うと、立ち上がったセレーネはキースに近づいてその手を握る。そうして次の瞬間、二人は遥か北の彼方の平原まで空間跳躍を果たした。


 セレーネの空間跳躍は数人までであれば共に転移することが可能であり、今回キースを送り届けることもアランからの勅令として指示されていたことだった。


 もちろん人数が増えたり距離が伸びたりすればそれだけ消費魔力は大きくなるのだが、セレーネは転移を終えた直後でも平然としている。


 それは優秀な術士を多く輩出した名家インファンタリアの令嬢としての無尽蔵の魔力量もさることながら、研究と工夫によって極限まで効率化された魔力変換術式の構築によって成り立っていた。


「報告ではこの時間だとこの辺りという話だったけど……キース君、分かる?」


 セレーネの感知範囲にはまだワイバーンらしき魔物は見当たらないようで、キースにそんな風に尋ねる。


「ああ、あの雲の向こうにワイバーンが三体……群れって聞いてたけど、三体でいいのか?」

「ええ、報告では三体となっているわ」


 キースがそんな風に、どこか肩透かしを食らったように確認を取る。というよりも普通であればワイバーン級が三体もいれば充分な脅威であり、群れと呼称することも決して大げさではなかった。


「……さすがにこの距離ではワイバーン相手に有効打となる魔法は使えないから、少し待つか」


 そう言ってキースはセレーネと共に数分ほど待つ。雲の彼方を飛行していたワイバーン三体は、そうしてようやく肉眼でも充分に捉えることが出来るようになる。


「これだけ引き付ければ充分だな」

「……私たちの常識からしたら、これでも充分遠すぎるくらいなのだけどね」


 それをキースに言うのは今さらとばかりに苦笑いするセレーネ。


 キースは開いた手のひらを前に向けて構えると、集中して魔法の術式を構築していく。そうして数十秒が経過すると、突如としてキースの周囲に四つの球体が発生。その球体はそれぞれが四大属性の強い力を纏っていることが感じ取れる。


 ――四属性複合魔法。


 通常であれば四大属性全てを満足に扱うことすら難しいとされる中で、キースはそれらを高いレベルで扱えるだけでなく、四大属性全てを合わせた複合魔法さえも扱うことが出来る。


 それはこの世界で、唯一キースのみに扱える異次元の魔法だった。


「――サダルメリク」


 キースが魔法を発動させると、四つの球体はワイバーンたちの四方を取り囲むように飛んでいき、それぞれの球体が魔力の線で繋がれる。


 直後、高速で飛行していたワイバーンたちの動きが止まり、それと同時に球体同士の距離が少しずつ近づいていく。


 それはまるでワイバーンの生存圏を球体が少しずつ奪っていくようで、徐々に窮屈になっていくとワイバーンたちは苦しみだす。だがすでに逃れる術などなく、そのままワイバーンたちは押しつぶされるようにして――消滅した。


「……本当に鮮やかね」

「まあワイバーンは魔法抵抗力がそこまで高くないから、こういう本来使い勝手の悪い魔法も効果的なんだよ。あと魔物が死んでから霧散するまでは時間差があるし、落下する場所の状況が分からなかったから消滅させる方がいいと思って」

「確かキース君の理論は……魔力には種類があって、その種類によって得意な魔法やそのタイプが変わるから、使う魔法に応じて体の中で魔力の性質を変化させる、だっけ?」

「そう。理屈自体は複数の属性を扱える人間が無意識にやっていたりもすることを、意識的にコントロールするだけの話だけど、魔力の性質に関する理解とその操作に関する部分がまだ体系化出来ていないのが課題で――」


 そんな風にしばらく魔法理論談義を二人は繰り広げる。それは賢者である二人でなければ到底理解出来ないような難解な話だった。


「――ちょっと長話しちゃったね。さて、それじゃあそろそろ帰ろうか」


 そう言って差し出されるセレーネの手を、キースは軽く握る。


 すると次の瞬間には理事長室への転移が完了していた。


「……全く、鮮やかなのはどっちだよ」

「ふふふ、これだけは負けられないからね」


 キースの少し拗ねたような言葉を聞いて、セレーネは学生時代と変わらない明るい笑みを浮かべた。


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