邪悪な笑み
放課後、キースの研究室にフェリ、セリカ、リンナの三人が訪ねてくる。
「先生ー、今少しお邪魔しても大丈夫ですか?」
「別に構わんが」
フェリの言葉にそう返事をして、キースは三人を部屋に招き入れる。
放課後であっても、生徒の質問に答えたりといったケアは教師の仕事に含まれているので、キースも特に気にした様子はない。
そもそも自身が成長する上で利用できるものは全て利用するように、普段からクラスの生徒全員に言っているのはキースである。むしろこうしてキースを利用しようという姿勢には好感すら覚えているようだ
キースの研究室は前回エリステラが訪ねてきたときの反省を生かしてか、今回はしっかりと片付いている。ソファに三人並んで座ったフェリたちはどこか落ち着きがない様子だった。
「この三人が一緒ということはおそらく今日の模擬戦の話だろうが……何か訊きたいことでもあったか?」
キースがそう尋ねると、一瞬三人はそれぞれ顔を見合わせてから、最初にセリカが口を開いた。
「先生! あの、私、先生にお礼が言いたくて」
「お礼?」
礼を言われる覚えはないとばかりのキースに、セリカは「やっぱりそうなるよね」と呟き、一度大きく深呼吸をしてから意を決したように言う。
「……私、今はこんな感じだけど、これでも子供の頃からずっと頑張って王立騎士学校を目指してきたんですよ。でもいざ入学してみたら周りは本当に凄い人ばかりで、それで最近はちょっと自信を無くしてて……だからまさかあの三人に模擬戦で勝てるなんて思ってなくて。勝てたときも最初は信じられなくて、でもすぐに嬉しくなって……上手く言えないんだけど、何だか救われた気がしたんですよね。もちろんそれはフェリとリンナのおかげでもあるんだけど、でもやっぱり一番は先生のおかげだと思うから……だから、ありがと、先生」
「……そうか」
セリカは少し照れた様子でそう素直にお礼を言ったが、言われたキースはあくまでも淡々とした様子で短く返事をするだけだった。
それを見ていたフェリが、少しむっとした様子で言う。
「先生ー、さすがにもう少し何かこう、あれとか無いんですか?」
「……お前が何を言っているのかは分からないが、まあ言いたいことは分かる。実際今日のお前たちはよくやったと思うし、労いの言葉をかけてやるくらいはしても良かったのかも知れん。……だが俺としては、あの一回の勝利で満足してもらっても困るんだ」
「……次も勝て、ということ?」
「リンナの言う通りだ。まあ立場上お前たちばかり贔屓するわけにもいかないから、勝てとまでは言わないけどな。俺としてはお互いに勝つために、常にクラスメイト同士で切磋琢磨しあって、放っておいても勝手に強くなってくれるのが理想だ」
「それは先生が楽をしたいだけにも聞こえますけど?」
「ほう、フェリには俺が楽をしようとしているように見えるのか」
「いやいや、私そこまでは言ってないですよ?」
そう言って冗談めかして邪悪な笑みを浮かべるキースに、慌てて否定するフェリ。そんな二人の様子を見てセリカは声を出して笑い、リンナも小さく笑みを浮かべた。
「……キース先生って、最初は凄く怖い人なのかと思ってたけど、案外そうでもないよね。結構笑ったりとか、あと今みたいに冗談も言うし」
「別に普通のことだろう」
「でも笑うって言っても先生の場合は『にこり』じゃなくて『にやり』って感じで、何か邪悪な雰囲気が――」
「フェリ?」
「いえ何も言ってないですよー?」
そんな風にフェリたちはどことなくキースに対する遠慮が無くなっており、以前より距離感が近くなっている雰囲気だった。
それだけエリステラのチームに勝利したことは、彼女たち三人にとって大きな出来事だったのである。
「――別に勝利を喜ぶのは構わんが、それでお前たちの実力自体が向上したわけではないということは認識しておけよ。次にやれば当然あいつらも対策を取ってくるだろう。今回のような策が通じるのは一度限りの話なんだから」
「もちろんそれは私たちも分かってますよ。だから今日ここに来たのは、それに関しての話でもあって……先生、私たちはもっと強くなりたいんです」
真剣な目でキースを見るセリカのその言葉は、どこまでも前向きな意思に溢れている。
それを聞いて、キースはついさっきエリステラも同じことを言っていたことを思い出す。しかしそれは同じ言葉であっても、そこから受ける印象は正反対だった。
「強くなりたいという向上心を持ってくれるのはありがたい。だがそれに関しては学習指針としてすでにお前たちにも伝えてあるはずだ」
「でもあれはクラス全員が先生に教わってるものだから、それだけじゃただでさえ劣っている私たちは、いつまで経ってもみんなに追いつけないし……」
「……学内大会で、みんなの足を引っ張りたくない」
フェリとリンナも強い意思を覗かせる目でキースにそう言った。当然ながら三人にとって、エリステラたちに対する勝利は大きな自信に繋がっているようだ。
――自分たちはまだまだやれる、もっと強くなれる。
その確かな実感が、はやる気持ちとなって表に現れていた。それこそいても立ってもいられない、と言わんばかりの雰囲気である。
そんな三人に対して、キースは大きく嘆息してから言った。
「今の段階で焦っても仕方のないことなんだが……まあいい。今日のお前たちは頑張ったからな、特別だ」
「え、じゃあ――」
「許可を貰ってくるから、先に模擬訓練場で待ってろ。俺が特別指導をしてやる」
「やった!」
「だが、お前たちから言い出したことだ……それなりの覚悟はしておけよ」
そんな風に脅すように言ったキースは、やはりいつものようににやりと、底抜けに邪悪な笑みを浮かべるのだった。




