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左遷された最強賢者、教師になって無敵のクラスを作り上げる  作者: 鈴森一


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言い訳

「先輩、私は大丈夫ですから、戦場の方に戻ってください……」


 陣地内の宿舎の一室を借りて、アクリスを休ませることにしたキース。


 アクリスは寝台に横になりながらも、大きな戦力であるキースの貴重な時間を自分に使わせることが申し訳ないといった様子で、すぐ横の椅子に座るキースに向けてそう言った。


「今の戦いはすでに勝ち戦だ、これ以上何かが起きたりはしないだろう。それに次の戦いのために、俺も魔力を回復させる必要がある」

「…………そうですか」


 キースが最強の賢者であるからこそ、忘れられてしまうことがある。それはキースも一人の人間であり、体力も魔力も有限であるということだ。


 特にキースの魔力容量は平均的な騎士と大差がない。極限まで術式の効率化を行った結果として消費魔力を抑えているからそうは見えないだけで、実際の消耗自体は相応に重い。


 だからこそキースという戦力は最大効率で戦果を上げられる効果的な場面に投入されるべきではあるが、その判断を出来る人間がいない。それはブノワに限らず、キース本人でさえも間違え続けていた。


 何にせよ状況がどうあれ、キースも休まなければならない――それはもっともらしい理屈で、反論の余地もない言い訳だった。


「アクリス、体調は本当に大丈夫なのか?」

「そんな、一回使ったくらいで大げさですって」

「誤魔化すな、正直に話してくれ」


 アクリスは大げさな身振り手振りで強がるが、今さら誤魔化されるキースではない。


 それを悟ったアクリスは大きく嘆息したのち、観念して口を開く。


「……重度の魔力欠乏状態ですね。力も入らないですし、頭も痛いです」

「こうして話しているのもつらい状態か」

「そうです、けど……」


 キースが気を遣って立ち去るのではないかと思い、アクリスは少し不安げにキースを見る。さすがにその表情の意味くらいは察せられるキースは、アクリスの不安を取り除くために言う。


「何か俺に出来ることはないか?」

「先輩、どうしたんですか急に……あっ、もしかして早速借りを返そうとしてます?」

「…………」

「冗談ですって、そんな呆れた顔しないで下さいよ」

「別に呆れてはいない。アクリスはいつもそうだったなと思っただけだ」

「同じじゃないですか、それ?」

「違う。アクリスはいつも明るく元気に振る舞う……今のように、元気であるはずがないときでさえ、な」


 当たり前のようにそこにあった、アクリスの笑顔。その笑顔の奥にどんな思いが秘められていたのか。


 かつてのキースは気付かなかった。あるいは気付いた上で無視をしていた。今の自分がそれを知る必要はないから、と。


「私は別に、暗いより明るい方が良いって思ってるだけで……」

「周囲が明るくあるために、自分を犠牲にしてしまうのがアクリスだ」

「それは……」


 アクリスの献身的なまでの明るい振る舞いの裏には、誰かが悲しんだり、暗い表情をするのを見たくないという思いがあった。


「だが俺に気を遣う必要はない。だから俺には心配させてくれ」

「……ふふっ、あははっ! 心配させてくれって、変な言い方……くくっ……あっ、頭痛い……」


 アクリスはキースの言葉に心の底から、頭が痛くなるまで笑った。


 元はと言えば、学生時代にキースを見たことが始まりだった。王立騎士学校に十歳で入学した飛び級の天才少年が一学年上にいる。


 どんな子なのだろうと思っていたアクリスには、目的を果たすために必要なこと以外、何も映っていないかのような異質なキースの瞳こそが何より印象に残った。


 全てを捨ててでも目的を果たそうという、その身を焦がさんばかりの、ひたすらに強い意思。


 ――そんな生き方はいけない。君はまだ子供なんだから。


 アクリスは最初、キースを真っ当な道へと戻そうと考えていた。とはいえそんな献身的なアクリスでさえ、すぐに「年上を敬わない生意気なクソガキ」と言うようになったのではあるが。


「……それじゃあ先輩、一つだけお願い、聞いてくれますか?」

「内容による」

「そこは『ああ』って言うところですよ」

「……ああ、何でも言ってくれ」

「先輩……もっと周りを頼ってください。全部、一人で抱えこまないでください。ラウル君のことだって、私がいれば何もなかったことに出来たじゃないですか。大丈夫です、私は自分の意思で、全部選びましたから。周りの人たちだって、きっと――」


 アクリスはそう言って、キースに優しく笑いかける。


 そんなアクリスの言葉を聞いて、キースが思うのはアクリスの「自分の意思」という部分についてだった。


 キースはアクリスが今ここにいることは、あまりにも自分に都合が良すぎるのではないかと考えていた。本当に全てが偶然だと考えるほど、キースは楽観的ではない。


 そこには誰かの作為が混ざっている。そしてそれはアランに他ならない。


 だからキースは助手であるティアに、アランによるフォルクローレ家への縁談への干渉について調査を依頼した。その調査結果はまだ報告されていないが、そもそもこんな調査を依頼する時点で、キースの考え通りである蓋然性はかなり高いと確信していた。


 アランがキースを手のひらの上で踊らせているだけなら構わない。良くはないが、それは自分の力が足りないから起きることでしかない。


 しかしその周囲の全てを、キースのために用意しているならば、そこにあるのはもはやそれぞれの意思ではなく、アランの意思だけではないのか。


 ――アランが用意した駒を使い潰して、大切なものを失いながら、それでもただ復讐のためだけに魔物と戦い続ける覚悟があるか?


 かつてのキースには、それがあった。しかし教師となり、多くの生徒たちと関わってから――否、第十一騎士団に配属されたときから、少しずつ失いたくないものが増えていった。


 そしてそれは、もはや自分一人の力だけで守れるものではなくなっていた。


 キースは最強の賢者であり、そして一人の人間でしかない。腕は二本しかなく、届く範囲も限られている。そんなことは、ずっと前から分かっていた。


 分かっていて、それでも足掻き続けて、その結果ラウルを死なせてしまい、こうしてアクリスに救われた。


 このまま周囲に頼ることは、自分の復讐に他人を巻き込んで不幸にすることに繋がるのではないか。それも、本人の意思ではない選択によって。


 キースが他人に頼り切れないのは、どこまでいっても自分の復讐が正しいことではないと自覚しているからだ。


 しかしこのままでは、ラウル以外の他の生徒たちまで危険にさらし続けてしまう。そうしたら、今度こそアクリスは――。


 そんな板挟みの状況でキースは覚悟を決めて、アクリスに尋ねた。


「なあアクリス。もしもの話だが、アクリスへの縁談をアランが握りつぶしていて、今こうなる状況をアランが作っていたとしたら……それでもアクリスの選択は、自分の意思だって言えるか?」

「何を言っているんですか、当たり前じゃないですか。アラン王子に出来ることなんて、裏側で舞台を整えることだけです。本人がやりたくないことをやらせるなんて出来ませんよ。私は私が助けたいと思ったからラウル君を助けました。この事実だけは誰にも曲げられません」


 弱っている状態であるはずなのに、アクリスの言葉はどこまでも力強くて、それはキースの目を覚まさせるのに充分だった。


「……それにしてもあのお節介王子、本当にあのときのこと覚えてたんですね――」

「何だって?」

「こっちの話です」


 あのときのこととは、キースがアクリスに精神干渉魔法を使い、騎士になることを諦めさせた後の話だ。


≪キースが他人に興味を持ち、あそこまで干渉したことは他にない。つまりそれだけアクリスが特別な存在であり、キース本人は気付いていないが、それは恋と呼べるものなのではないか?≫


 アランはアクリスにそんな話をした。


 アクリスは全てを見透かそうとするようなアランの態度に苛立っていつも通り反発し、自分の家の事情やキースの後天的な魔力は遺伝しないことを理由に、自分たちが結ばれることはないと言い放った。


 するとアランが「その程度のこと、何とでもしてやれるさ」と言ったので「職権乱用」だとアクリスが指摘すると、「くくく、俺を誰だと思っている。バレないように上手くやるさ」と、アランはどこまで本気なのか分からないことを言い残した。


 そんなキースのいない場で行われた、いつも通りの冗談交じりの会話。今まで忘れていた学生時代のちょっとしたじゃれ合いが、知らないうちに大きな意味を持つようになっていたのだとしても、そんなのはアクリスにとってただのお節介程度の話でしかない。


 大事なのはどこまでいっても自分の意思、思いなのだから。


「キース先輩、だから自分のやりたいことのために、もっと周りを頼ってください。そうすれば、きっともっと凄いことが出来るはずですから」

「アクリス……そうだな」


 キースがアクリスの言葉を肯定すると、アクリスは嬉しそうに小さく笑う。


「ふふっ」

「どうした?」

「先輩、覚えてます? 私たちが最初に会った頃、私が先輩に、そんな風に一人で生きるような生き方はダメだって言ったら、先輩に全否定されて言い合いになったの」

「ああ。いきなり何だこの生意気な後輩は、って思ったな」

「でも私、ずっと同じこと言ってるんですよ? ほら、やっぱり私の方が正しかったんですって!」

「……アクリスの負けず嫌いも変わらないな」


 そんないつも通りのアクリスとの軽い言い合いを、知らないうちに心地よいと感じていた自分に、不思議と驚きがないキース。


 きっとこんな日常こそが、今の自分が守りたいと思っているものなのだ。


 そして魔物の脅威がそんな日常を脅かすというのであれば、キースは他人に頼ってでも、それを守り通すのだと、そんな決意を新たにした。


「……少し、喋りすぎました。さすがに疲れてきたので、少し眠ります……そうだ先輩、もう一つお願い、聞いてくれますか?」

「ああ、何だ?」

「私が眠るまで、手を握っていてくれませんか?」


 アクリスのお願いを聞いたキースは、何も言わずアクリスの手を握る。


 その手は冷たくて、かすかに震えていた。


 そんな状態でも自分を支えてくれる言葉をくれたアクリスに感謝をしつつ、キース自身も目をつむって束の間の休息を取る。


 次の戦闘に備えて、魔力を回復させなければならない。それは事実であり、同時に――ここにいる理由として、これ以上なく都合のいい言い訳でもあるのだった。


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