力不足
中央の部隊による中央突破が行われた際、騎士団の想定通り、魔物の大多数は混乱状態に陥った。中央部は完全な勝ち戦であり、あとはどれだけ早く北部と南部に有利を拡大できるかという状況にある。
同様に南部も魔物は連携を欠いた散発的な攻撃を行うばかりで、隙のない陣形で守りを固めた騎士団によって無意味に戦力を削られており、苦し紛れに側面に回り込もうとした魔物も騎士団と王立騎士学校の生徒たちによって構成された遊撃隊が適切に対処していた。
そんな中で、想定外が発生したのが北部の戦線だった。
北部の魔物は一定の統率を保ったまま、進行を開始、正面から騎士団との戦闘状態に突入した。北部にはオーガ種やリカオン種など、好戦的な種の魔物が多かったのではないかとも推測されたが、実際のところは戦闘終了後に斥候隊の集めたデータから戦闘記録が作成されるまでは明らかにはならない。
何にせよ現時点で重要なのは、北部の魔物だけは前方への突破を試みているという事実だけである。
「第二波来るぞ、立ち位置確認! 孤立するなよ!」
指揮を取る騎士の指示が飛ぶ。
数ではいつだって人類は不利だった。それを戦術と連携で補い、数の差を埋めて有利に立つのが人類の戦い方である。
幾度もの戦いを乗り越えた騎士たちはそれを肌で理解している。それでも戦いに必死になると、ふと自分の立ち位置を見誤ることがある。だからこそ基本的な指示であっても、指揮官は声に出し続けなければならない。
「北側の敵戦力が多い! 側面に回らせるな! 後方部隊に連絡、側面エリアの防衛に当たらせろ!」
主力部隊で対応しようとすれば陣形が崩れ、乱戦模様になる危険性がある。そうなるくらいならと、早々に判断をして指揮官は予備の兵力を動かした。
この後方部隊は王立騎士学校のAグループと騎士団の混成部隊であり、個々の能力的には騎士団の正規部隊とも遜色ないと評価されている。
そんな後方部隊で生徒たち側に配置されているティムは、若干緊張した面持ちではあったが、それでも自分の責任を果たすために声を張り上げて生徒たちに戦場での心構えを説いていた。
「君たちの仕事はあくまでも騎士団の補助だ。近くの部隊から離れすぎないように、指示を聞き逃さないように、そして何より無理をしないように。勝てないと思ったら敗走しても構わない」
そんなティムの言葉に、少しざわつく生徒たち。実力を低く見られ、プライドを傷つけられたと感じた生徒もいたようで、良くない雰囲気だと感じたルカ・リベットが生徒を代表してティムに問いかける。
「ティムさん、我々は今日まで後方任務でしっかりと成果を出してきたと認識しています。敗走しても構わない、とだけ言われても実力を侮られているのかと感じてしまいますが……?」
「逆だよ。君たちにはそれを自分で判断できるだけの実力があると騎士団側は見込んでいる。特に今回は戦線の端での戦いだから、上からの作戦指示が遅れるのは避けられない。そんな中で危機的状況となったとき、一瞬の判断の遅れで被害を出すくらいなら個人の判断で逃げてほしい……もちろんこれは僕個人の言葉ではなく、騎士団から王立騎士学校の生徒への指示だ」
仮に敗走したとしても、それはそんな指示を出した騎士団の責任だからとティムは続けた。
実力を評価しているからこそ裁量を与えたのだという回答で、生徒たちは納得した様子を見せる。
そんな中で一年A組の面々は、まとめ役のエリステラを欠いている不安を感じさせないような、普段通りの雰囲気で会話をしていた。
「そういえばキース先生も最初の頃言ってたよね、騎士の死は名誉ではなくただの損害だって」
「だからって負けて逃げていいとまでは言ってなかったけどな」
フェリの言葉にベラミーがそう応じて、セリカが話を続ける。
「まあ勝てない相手に無策のまま意地張って負けたら、キース先生はめちゃくちゃ怒るだろうね」
「キース先生は、怒っても静かだけど、怖い」
「セリカたち、そんなに厳しく先生に指導されてたのか」
「そりゃもう滅茶苦茶にね……」
グラハムの問いかけに、セリカとリンナが当時を思い出して苦い顔をした。
そんなクラスメイトの会話には加わらず、ラウルとユミールは二人で話をしている。
「ようやくルカ先輩との訓練の成果を出せるな」
「……ラウル、まだ完全にはものにしてないんだろう? 実戦で試すのは止めておけよ」
「ああ、そうだな。でも、もう少しで何か掴めそうなんだ。師匠が言ってた、降って湧いた幸運みたいなものが……」
「…………」
ユミールはどこか浮足立っているようなラウルを心配そうに見つめる。
ラウルの部隊が後方任務で強力な魔物に襲われて、ルカがいなければ全滅していたという危機に遭遇して以降、彼らしくない振る舞いが増えていた。
とはいえそうやって思い悩むのはラウルにしばしば起きることで、それを乗り越えればまた一段強くなることを知っていたユミールはそこまで深く心配していなかった。
しかし今、ラウルがこのままの状態で命の危険がある実戦に臨むことになってしまったのは、ユミールにとっては想定外だと言えた。
ラウルのことは信頼している。信頼していてお互いに深く理解しているからこそ、安易に口出しはしづらい。付き合いが長いからこその二人の関係性がそこにはあった。
(何事もなければ良いが――)
「進軍の指示が出た。本陣北側、側面に回り込もうとする魔物の迎撃に向かう。行くぞ!」
生徒たちは騎士が率いる部隊に混ざる形となり、ティムの指示でそれぞれの持ち場につく。
魔物の大群が喊声を上げながら突撃してくるが、騎士も負けじと声を張り上げ、補助魔法を行きわたらせて応戦する。
「なんと……これほどまでに強いのか」
騎士の一人がそう呟く。
魔物の勢いは想定以上に激しかったが、それ以上に王立魔法学校の生徒たちが強かった。
特にルカ・リベットは獅子奮迅の働きを見せた。接近戦しか出来ない彼女は騎士と同列の前線に立ち、次々に魔物を斬り捨てる。
「はぁ!」
流れるような動きで敵の勢いを殺し、かといって囲まれることなく味方の援護も想定した立ち回りを見せていた。
あれだけ動き回っているのに、ルカが邪魔で魔法が撃てないということが全く起きていない。
まるで後ろにも目が付いているかのような動きで、その上生徒たちに指示を出す余裕まで持ち合わせている。
前線指揮官と呼ばれる役割をこなす騎士は数多くいるが、通常は指揮を取った後に戦い、また指揮を取ることを交互に繰り返す。ルカのように戦いながら正確な指揮を取れる人間は貴重だと言えた。
そんなルカの活躍も目立つが、他の三年生も高い実力を発揮し、下級生たちもしっかりと指示を聞きながら与えられた役割を全うする。
「もう少しだ、魔物を押し戻せ!」
騎士の指揮官から声がかかる。
魔物の勢いが止まった。
――好機。
「ユミール、行くぞ!」
「おう」
戦線の北端で小型の魔物を掃討していた一部隊にラウルとユミールの姿がある。
無数に現れるかに思えた魔物にも終わりが見え、騎士団が反転攻勢をかけようとする中、魔物に孤軍奮闘する個体がいた。
――ブレイドオーガ。C級中型魔物に分類され、身体の一部とされる大鉈を両手持ちで振り回す非常に好戦的な性格。他のオーガ種を引きつれるボス的な個体と考えられている。
騎士たちが取り囲み魔法で周囲のオーガたちを削っていたが、ジリ貧と見たかブレイドオーガは一点突破を試みる。
突進しながら、大鉈を横なぎに払い、それを身体強化に自信のある前衛の騎士が剣で受け止めようとして吹き飛ばされた。
「一人で当たるな、必ず三人以上で当たれ!」
吹き飛ばされた騎士をフォローしつつ、別の騎士たちが大振りの後隙をつくように魔法と合わせて騎士剣で斬りかかる。
しかしブレイドオーガの硬い皮膚に阻まれ、再度なぎ払われた大鉈に吹き飛ばされた。
ブレイドオーガの体力は確実に削れているが、だからこそ死に物狂いで暴れてくる。こうなってしまうと、綺麗に被害なく勝つことは難しくなってしまう。
そんな戦場での経験から生まれる慎重さが、騎士にはあって――生徒たちにはなかった。
一瞬足が止まった騎士たちと、そのまま動き続けた生徒――ラウルとユミールの間に生まれたわずかなポジションのギャップ。
ブレイドオーガはそれを隙と捉えた。
一瞬で狙いをユミールに絞ると、大鉈をそのまま振り下ろす。
「おっと!」
ユミールは剣で受けるようなことはせず、回避しながらブレイドオーガの足元に距離を詰めて右足を狙って斬りかかる。
「くっ、全然通らねぇ、ラウル!」
「ああ、分かってる!」
ユミールとは反対側から回り込んで左足を狙って剣を構えるラウル。
ラウルの頭の中には訓練で何度も見たルカの剣技がある。
音すらも鳴らないかのような、なめらかで無駄のない動き。
音に変化する力は無駄と言わんばかりに。全ての力を斬るというただ一点に集約させるがごとく。
ラウルが騎士剣を振るう、その瞬間――。
「――見えた」
ラウルが振り抜いた剣は、ブレイドオーガの強靭な足の肉を削り、鮮血と魔物特有の瘴気を噴出させる。
「おお!」
何人かの騎士が感嘆の声を上げる。しかし本当に状況が見えていたユミールが、ユミールだけが叫んでいた。
「ラウル、避けろ!」
ブレイドオーガは振り下ろした状態の大鉈をそのまま地面に引きずるように動かし、一気に下からラウルを斬り上げた。
「……えっ?」
一瞬何が起きたか分からない表情を浮かべたラウルは自分の身体に力が入らず、ただ後ろに倒れるしか出来ない。
飛び散る鮮血、駆け寄ってくるユミール、フォローにブレイドオーガに飛び込む騎士たち。
ブレイドオーガの一振りで胸に大きな傷を負ったラウル。それは一目見るだけで致命傷だと分かるだけのものだった。
「ユミール! ラウルを連れて後方に下がれ!」
「でもティムさん、まだ戦いが」
「負傷者の後送も重要な仕事だ! それにそんな顔のお前に何が出来る!」
「俺は、ラウルが……」
「ちっ」
ティムは苛立った態度を隠さないまま混乱した様子のユミールに駆け寄った。
「応急手当程度の治癒魔法は使えるな? ラウルを治療しながら本職の治癒術士を探せ、大声でだ。ラウルを助けられるのはお前だけだ、分かったら行け! 早く!」
それだけを言うと、ティムは振り返らず戦線に戻っていった。
ティムにはまだやるべきことがある。他にも何人もの生徒を預けられていた。これ以上の被害を出すわけにはいかない。
ティムは苛立った表情のまま他の騎士と共に剣を振るう。
「だから逃げていいって、言ったじゃないか……」
今のティムの心にあるのは、そんな行き場のない怒りと、自身の力不足を痛感させられたやるせなさだった。




