南の戦場
「――フェルカド」
キースが詠唱を終えて発動した戦術級の二属性複合魔法、フェルカド。キースの扱う魔法の中でも広範囲の殲滅力を重視したもので、火と水の二属性を持つ特殊な魔法である。
二属性術士でも火と水や、風と土のような、反対属性と呼ばれる二属性を併せ持つ者は非常に珍しいとされていた。そのため火と水を複合させた魔法自体が特殊な存在であり、これもキースによって生み出されたオリジナルの戦術級魔法だった。
反対属性といわれるだけあり火と水の魔法は異なる性質を持つが、それを混ぜ合わせることで両方の特徴を兼ね備えた、炎の濁流とも呼ぶべき魔法は魔物の先陣を焼き殺しながら飲み込んでいく。
数百、否、数千単位の魔物を殲滅したキースの魔法を目の当たりにした騎士たちは、それぞれに感嘆の声を上げるか、あるいは静かに息を呑んだ。
キースのすぐ傍に控えていたパットは、かつて部下としてキースの魔法は何度も目にしてきたけれど、何度見ても慣れないものだと思いながら、それでも静かにキースの働きに感謝を述べる。
「キースさん、ありがとうございます」
「ああ」
キースは短くそう応える。さすがのキースもこの規模で魔法を扱うと疲労の色を隠せない。
「以降は予定通り、騎士を中央突破させ敵を分断、北と南の部隊と連携して殲滅を狙います。キースさんはしばらくお休みになってください」
「いや、俺にはやるべきことがある……ここは頼んだぞ」
「はっ!」
その後すぐに突撃を開始した騎士たちを見て、ここは問題ないと考えたキースはそのまま南の戦場へと移動を開始する。
キースは風魔法と身体強化を駆使して素早く移動するが、南の戦場ではすでに戦いが起きていた。
とはいえ大規模な戦闘というよりはしっかりと陣形を固めた状態での防衛戦といった形であり、前線の騎士たちにも被害らしい被害は見られない。
中央の部隊の突破を待ち、側面からの支援を得てから進撃するという事前の作戦に忠実な戦い方を徹底しているのが分かる。
現在序列では最下位の第十一騎士団ではあるが、他の騎士団と比べても騎士自体の実力は特別劣っているわけではない。セオリーが確立されており、事前に決められた作戦を遂行する能力には問題がない。
ひとまずは安心といったところで、キースは中央の部隊と南の部隊の間で、遊撃隊として動いている第二グループの一部と合流した。
「キース先生!」
キースの姿を確認して最初に声をかけて寄ってきたのは三年D組のリチャード・カーツ。王立騎士学校きっての戦術家であり、戦技教科においてはルカ・リベットをも凌ぐ成績を収めている。
その実力はアデルからも「戦術オタク」と評されているが、魔法や剣術等も高レベルで、見る者によっては魔法に難があるルカ・リベットよりも将来性はあるとすら言われていた。
「リチャード、先生がたは?」
「南部の予備戦力を見てもらってます。機動力が重要な遊撃隊にはついていけないとのことでしたので」
「そうか」
教師でも戦場に立てるのは騎士資格を持つ者のみだが、そもそも騎士ではなく教師をしている時点で何かしらの問題を抱えていることがほとんどだと言えた。
バラックやロニーも負傷が原因での退役となっており、彼らも戦場で十全に作戦行動が出来るかと言えば、体力魔力の両面で否である。
出来ないことは出来ない。責任感を持ちながらも、精神論で無理を押し通そうとしないことは、それだけで美徳であると言えた。
これもセレーネが学校内の空気を整えたことが、生徒のみならず教師にも良い影響を与えていることの証左であった。
「戦闘マップはあるか?」
「はい、こちらに」
リチャードが所持していた小さな魔道具を起動すると、簡易的に表された近辺の地図上に、敵味方を表すアイコンが表示された。
これは斥候隊からの報告も反映されており、精度自体はそれほど高くはないが大まかに戦況を把握することが出来る。
「現状は中央の突破待ちですね。キース先生の戦術魔法で敵の主力を一気に殲滅し、統率が取れなくなった魔物が立て直す間も与えず追撃、敵戦力を分断させて有利を北と南にも拡大させる……正直驚きました。作戦立案はパット百人長が中心で行ったそうですが、シンプルで効果的な作戦だと思います」
ゆっくりと両翼を押し上げて包囲殲滅するという戦術もあったが、今回は戦線が横に長すぎたことと、包囲が完成する前に魔物が一点突破を狙って来た場合に、どこを狙われても少なくない被害が予想されたことから、包囲殲滅は困難と判断されている。
その判断には中央、北方、南方の三陣地への補給線を早期に取り返したいという戦略的な事情も含まれていたが、何よりキースの協力が得られることも大きかった。
結局のところ生徒の安全を口実にしてキースを働かせようというアルドロスの意図通りになってはいたが、キースとしても利害は一致しているので不満はない。
「そうだな。今回は厄介な大型魔物も確認されていないし、主導権を握ったまま短期決戦が可能だと判断できたのだろう」
「パット百人長、雰囲気は先生のクラスのケイン君に少し似ていますが、騎士としてのタイプは正反対ですね」
「確かにパットは後衛向きの副官タイプだが、今回の作戦はパットだけが考えたものではないだろうな」
「……なるほど、そういうことですか。まだまだ勉強不足でした」
リチャードの貪欲に学ぼうとする姿勢は元々彼が持つ美点の一つだが、学内大会で一年A組に敗北してからはそこに柔軟性も加わっていた。
そういった意味ではリチャードもまた、キースの影響を受けて大きく成長した生徒の一人に違いない。
「魔器の方はどうだ?」
「射程、威力、効果範囲が同じ魔法を全員が使えるというのは、戦果の想定もしやすくて非常に助かっています。騎士の方からも、騎士団にも配備してほしいと何度も言われていますよ」
「後方任務だけではデータが足りなくて問題点の洗い出しも不完全だったが、この戦いが終われば騎士団にも正式に配備する話し合いも出来るだろう。理想を言えば今日の戦いに間に合わせたかったが――」
そんな話をしている最中、キースはすぐ傍に魔力の解放を感知した。
この現象が何であるのかを、キースは即座に理解する。
キースはそれをよく知っている。何度も見てきたし、何度も体感したことがある。
それ自体は何の害もない。むしろキースにとっては安心感すらあると言えた。
しかしそれが、今、戦場という場であれば、話は異なってくる。
「キース先生!」
空間転移魔法により現れたのは――。
「――セレ、ーネ理事長?」
キースの目の前には慌てた様子のセレーネ、そして今にも泣きだしそうな表情のアクリスの姿。
それが意味することは、不測の事態の発生に他ならなかった。




