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開戦直前

一方その頃、中央陣地を迂回した魔物たちに対処するため、北方陣地と南方陣地の騎士たちは小規模な戦闘に突入していた。


「その調子でしっかり陣形を維持するんだ、無理な追撃はするなよ!」

「しかし、このままでは補給路が断たれます」

「そうではあるが、アルドロス騎士団長代理もそれは分かっているはずだ。それに次の作戦が指示されたときに、消耗していて作戦行動が出来ませんでは済まないだろう」

「それは……ですが――」


 北方陣地で指揮官を任されている千人長の騎士ケリンが指示を出しながら、確実に魔物の戦力を削っていく。


 しかし魔物の狙いはやはり北方陣地の直接的な攻略ではなく、さらに奥、最後方陣地との間に位置する補給路の遮断にあるようだった。


 追撃を控えて討ち漏らした魔物が、後の脅威となることは間違いない。


 だからこそ今ここで多少のリスクを負ってでも追撃したい、という意見が現場の騎士から出てくるのは何も不思議ではなかった。


 それほどに、補給路を断たれることは戦場において脅威なのである。


「今最後方陣地には賢者がいる。それに王立の学生たちも想像以上の実力だった。このまま魔物を深く誘いこみ、陣形が間延びした魔物たちを一網打尽にすることも可能だろう」

「まさかアルドロス騎士団長代理は学生を利用するつもりなのですか?」

「学生の危険をだしにして賢者を働かせよう、くらいは考えるだろうな、あの人なら」


 ケリンはアルドロスの後輩としてずっとその活躍を見てきた。


 アルドロスは基本的にリスクを嫌う傾向があり、部下の安全を重視して安定志向の戦術を選ぶ指揮官だが、ここぞというときには形振り構わず厳しい判断を下せる人物でもある。


「とはいえ賢者は、生徒たちが戦場に適応するまで、もう少し時間を欲しがっているだろうが――」


 ケリンはキースと直接の面識はないが、どういう人物かはアルドロス他様々な騎士の口から伝え聞いており、およそを把握していた。


 それでもケリンが動くことはない。


 ケリンが動くとすれば、それはアルドロスからの指示があり、中央、北方、南方の三陣地で同時に作戦行動を起こすときである。


 人類が魔物を上回るには高度な戦術と連携が必要不可欠だと知っているからこそ、今はアルドロスが最善のタイミングを計っており、それに合わせるためにケリンは力を温存すべきだと判断しているのだった。




「キース先生、ご自身の生徒たちの元に行かれなくて良いのですか?」


 最後方陣地と北方および南方陣地の間の補給路に、北から南に広く布陣した騎士と王立騎士学校の混成部隊。その中央の部隊に混ざっているキースを見たバラックが、落ち着いた雰囲気でそう声をかける。


 ちなみにキースの生徒を含む第一グループは北側に布陣しており、南側が第二グループ、中央は最も人数が多い第三グループが担当していた。


「バラック先生。北にはルカ・リベットが、南にはヴァング・へランドとリチャード・カーツがいます。しかし中央にはサローナ・ネフティスが不在ですから」

「戦力バランスを考えて、ということですか。キース先生らしいですな」


 私情を挟まず実利を優先するところを、キースらしさと考えたバラックは、そう言って感心した。


 その後、騎士団から一人、キースが騎士団で活動していた頃の部下だったパットが、作戦について最終確認にやってくる。アルドロスから全体の作戦に関する通達があったのだろうと考えてキースが応対する。


 パットはアデルたちよりも年上で、茶色い短髪で体格が良く、表情があまり変わらない武骨な雰囲気の騎士。現在は百人長に昇進しており、階級だけならアデルやトールと同格となっているが、それでもキースに敬称をつけて敬語で話す生真面目な人物だった。


「キースさん、今回の戦闘は我々騎士団が前面に立って魔物と戦います。目標は北方、南方、最後方陣地を結んだ三角形の内側の勢力圏の確保。魔物を敗走させ、中央、北方、南方陣地を結んだ三角形地点に追い込み、各陣地と連携して殲滅します」

「かなりの激戦になりそうだな。生徒たちを戦力として当てにしているのか?」

「ある程度は、そうです。王立の生徒たちには群れから離れて後背に回り込もうとする小型魔物の遊撃、負傷した騎士の後送など、基本的には補助的な役割をお願いしたいと思っています……ただ現実としては、戦線が広範囲に及ぶ以上、巻き込まれることは避けられないかと」


 パットは正直に自分の考えを話してくれる。


 キースとしては生徒を危険に晒す前提の作戦に思うところもあったが、騎士団に余裕がないことは理解しており、文句を言ってパットを困らせても意味はない。


「分かった」


 キースは淡々とした声色で短く返事をする。


 どちらにせよ魔物の進行は始まってしまった。騎士団は戦う他なく、その騎士団を支えるのが勅令として王立騎士学校に与えられた使命である以上、もう戦いは避けられない。


 キースからすれば、そんな覚悟は最初から出来ている。それでも他の教師や生徒たち全員が同じとは限らない。


 小規模な戦闘しか起きない後方任務とは違う、軍勢同士の大規模な戦い。


「……来たか」


 キースはそう呟くと、見通しの良い平原の西方に目を向ける。


 そこには地平線を埋めつくす魔物の影――。


 各陣地を睨むように布陣する魔物が差し引かれてもなお、その軍勢は圧倒的な数を有していた。


「パット、予定通りまずは俺が戦術級魔法を放つ」

「はっ。それでは前線へ案内いたします」


 パットの返事を聞いたキースはバラックに向けて口を開く。


「バラック先生、生徒たちのことをお願いします。何かあれば――」

「――セレーネ理事長に、ですな。分かっておりますよ」


 キースを安心させるため、あえて先回りして言葉を返すバラック。


 そんなバラックにキースは一瞬安心したような笑みを浮かべ、次の瞬間には真剣な表情でパットの後ろについて前線に向かうのだった。


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