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左遷された最強賢者、教師になって無敵のクラスを作り上げる  作者: 鈴森一


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宿舎

 中央陣地で待機することになったエリステラとサローナは、アデルに宿舎へと案内される。


「二人とも私と相部屋になっちゃうけど、気楽にくつろいでくれていいからね」

「ありがとうございます」

「といっても何にもないんだけど」


 部屋自体は広いがアデルの言う通り調度品のようなものはほぼなく、ベッドが三台とテーブルを囲うようにソファ、あとは簡素な棚と執務用の机があるだけだった。


 それを見たエリステラは感心した様子で言う。


「無駄がなくて、さすが最前線の騎士の部屋という感じですね」

「そんな褒めるようなものじゃないよ。後方から復帰したばかりだし、申請とか面倒だっただけ」

「その分ベッドはしっかりしていますね」

「まあ休息は騎士にとって死活問題だからね。というわけで今日のところはさっそく休みましょう」


 そう言われて荷物を部屋に置いたエリステラたちは、アデルに案内されて大浴場に向かう。時間の問題か利用者はまばらだった。


 任務で汚れた身体を洗い流し、湯船につかる三人。疲れが湯に溶けていくような感覚に、思わず大きな息を吐く。


「ふぅ……」

「……二人とも、今回は本当にありがとう」

「いえ」

「こちらも良い経験になりました」


 サローナが短く答え、エリステラは嫌味なくまっすぐな言葉を返す。


「君たちに何かあったら、キース君に顔向け出来ないからね」

「……そういえばアデルさんはキース先生のこと、どう思っているんですか?」

「サローナさん、他人のコイバナとか興味あるタイプ?」

「実を言うと、かなり。子供の頃はずっと家の中にいたので、騎士学校に入ってからそういう話が興味深くて」


 サローナの質問にアデルが余裕のある表情で返すと、サローナは目を輝かせてアデルにそう言った。


「そうなんだ。でも残念ね、私とキース君はそういうのじゃないの。強いて言うなら、恩人かな。私がくじけそうになったとき、導いてくれた仲間」

「そうなんですね……それならトールさんとはどうなんですか?」

「ぐいぐい来るわね、サローナさん。トールは……ライバルだった人、かな」

「だった?」

「私が伸び悩んでる間に置いていかれちゃったからね。そこをキース君に助けてもらって今に至る、みたいな?」


 アデルなりに思うところもあったが、それはすでに吹っ切れたことだと明るく語る。


 その話についてはトールから少し聞いていたが、トールはライバルと宣言したアデルの苦悩に気付けなかったことを負い目に思っている一方で、彼女の実力を認めて今でもライバルと思っているようだった。


 二人ともキースのことを恩人と語っていることは共通していたが、サローナは若干二人のすれ違いを感じた。


「それよりエリステラさん、大人しいけどこういう話は嫌いだった?」

「いえ、ただ少し考え事を……」

「考え事? 何か気になることでもあった?」


 会話に入ってこないエリステラを気遣ったアデルの言葉に、エリステラは少し間をおいてから意を決したように口を開いた。


「……アデルさん、ティムさんってどういう人ですか?」

「コイバナですか?」

「さすがに違うでしょ。ティムねぇ……後方任務を一緒にこなしたことはある?」

「いえ。クラスメイトから少し話を聞いたくらいです」

「クラスメイトは何て?」

「えっと……少し頼りない人、だと」


 言葉を選ぶようにそう言ったエリステラに、アデルは少し笑ってしまう。


「ふふっ。そうね、たぶんその印象通りの騎士よ、彼は。地方でも最低レベルの騎士学校にぎりぎりで入学して、ぎりぎりで落第を回避して、ぎりぎりで卒業して騎士資格を得た。能力的にもぎりぎりで重要な任務は任せられないけど、命令には忠実に従ってくれるし余計なことはしないのが長所」

「私のクラスメイトも言っていました。悪く言えば柔軟性がなく消極的、でも良く言えば安全第一で考えていて、絶対に無茶な指示は出さないと」

「そう、彼は出来ないことをやろうとしないし、生徒たちにも最低限しか求めない。だから戦果を挙げるより、被害を出さないことが求められる後方任務を任されているの」


 ただ派手な戦果を挙げるだけが騎士の戦いではない。組織として役割分担があり、そこで活躍できるならそれには確かな意味があるはずだった。


「そうですか……」


 今でこそエリステラはそのことを理解している。だからこそ幼少の頃に彼に投げかけた言葉は間違っていたのだろうと、騎士となったティムの姿を見て思っていた。


「エリステラさん、ティムさんと何かあったのですか?」

「実は――」


 サローナに訊かれ、エリステラは幼少期のことを二人に話す。


 五歳の頃、当時十歳のティムと模擬戦をして圧倒した。


 そのショックでティムが恨み言を吐き、それが自分の弱さを棚に上げているようで苛立ったエリステラは「貴方が弱いのは、怠惰だからでしょう?」と、「グラントリスは努力を貴び、怠惰を憎む」という家の教えに従った言葉を投げかけた。


 しかし学校での生活を経て、自分が恵まれた存在だったと知り、報われないかも知れない努力を続ける難しさを知った。


 そうしてかつて怠惰だと罵った相手が、苦労の果てに騎士となり、彼なりの活躍をしているのを目にした。


「私は、無知で未熟だった頃の自分の発言を恥ずかしく思っているんです。でもそれを謝りたいという気持ちも、結局は自分の恥をすすぎたいという自分本位のものでしかなくて……」

「……? えっと、すみません。私はエリステラさんの当時の発言が、そこまで間違っているとは思えません」

「あはは、まあエリステラさんもサローナさんも超絶エリートの家系で、育ちが特殊だからねぇ。でも確かに騎士団は、君たちみたいに王立騎士学校に通うようなエリートばかりじゃない。むしろそうじゃない騎士の方が圧倒的に多数派だよ。そしてそういう騎士たちがいないと、戦線も陣地も補給路も維持することは出来ない。この宿舎も大浴場もね」

「はい、分かります」

「とはいえ、そんなに気にしなくてもいいと思うよ。子供の頃のやらかしなんて、みんな大小さまざまあるものでしょ?」


 アデルは明るくそう言って、エリステラを元気づける。


「そう、ですね。ありがとうございます、アデルさん」


 そんなことを話しながら頃合いを見て風呂から上がり、部屋に戻った三人は任務の疲れもあり、会話もそこそこにベッドに横たわる。


 最初に寝息を立てたのはアデル。いつでも休めるというのも騎士として重要な能力だった。


 そんな中、ふいに口を開いたのはサローナだった。


「エリステラさん、起きてますか?」

「はい」

「私は、エリステラさんがティムさんに謝りたいなら謝っていいと思います。それが彼の気持ちを考えないものだとしても、それで貴方の気分が晴れるなら、そのことの方が価値がある」

「…………」

「……いえ、忘れてください。私は嫌な人間です。価値とか損得とか、そういうことが最初に来てしまう。私もセレーネ様のように、価値のある人間に……すみません、これも余計な話でした」

「ふふっ。今回の任務で、サローナ先輩のことをたくさん知れて、良かったです」

「そうですか?」

「はい」


 そんなやり取りを最後に、二人はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。

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