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帰還

 エリステラとの相談を終えたスウェイルは、地図の一点を指さしながら全員に言った。


「ここからは南寄りにルートを変更、敵と遭遇した場合は奇襲をかけ強硬突破します。戦闘は消耗の少ないエリステラさんとアデルさんの二人を中心に僕とサローナさんがサポート、トール君は何かあるまで回復優先とします……アデルさん、何か言いたそうですね」

「はい。魔物は攻略した南方最前線陣地から北東に新設した中央陣地に向けて進行中という情報です。当然敵の主力は南側にいるのですから、南寄りにルートを取れば遭遇率は上がるのでは?」

「そうだね、僕もそう思ってた。ただエリステラさんは僕が索敵して感知した敵の数が、最初と比べて現在までに少しずつ増えていることを指摘してくれた。それはつまり、今北方向に進行しているのは本体からはぐれた少数の魔物ではなく、何らかの目的があって北進する正式な軍団だと考えられる」

「つまり迂回を続けても敵は途切れず、時間を浪費するだけ、と?」

「そうだ。そして僕たちは北へ北へと迂回を続けて、すでに中央陣地より北側まで来てしまっている。どう動いたって敵と当たるなら、出来る限り最短距離でまっすぐ突っ切る……これが僕とエリステラさんが出した結論だ」


 ヴァースキを撃破されても混乱することなく、明確な目的を持って作戦行動を続ける魔物の軍勢。


 それ自体がすでに想定外のイレギュラーであり、自分たちに取っては喜ばしくない状況だった。そしてどの選択にもリスクが伴うが、必ず選ばなければならない。


 アデル自身もスウェイルの説明により、およその状況は理解出来ていた。ただ一つ気になるのは、説明の中にあった仮説がどの程度の確度のものなのか。


 アデルは少しだけ悩んでから、それを言葉にする。


「戦力を分散してまで魔物が北進する目的は何?」


 その言葉には言外に本当にそんなものは存在するのか、考えすぎではないのか、という含みがあった。


 スウェイルはアデルの真剣な目を見た後に、エリステラの方を見る。エリステラが首を縦に振ったのを確認すると、スウェイルは口を開いた。


「おそらく魔物は中央陣地を包囲し、補給線を絶っての長期戦を狙っている」

「はぁ? 魔物がそんな高度な戦術を――」

「魔物はただ数に任せて攻めてくるだけの愚かな敵ではない。それは何年も戦場に立っている僕たちになら分かるはずだ。特に今は狂信者(ベドラマイト)が確認されている。前線に出ていなくても、魔物たちに高度な戦術を与える司令塔の役割を持つのかも知れない。状況が違うんだ、先入観を捨てなければ、足元を掬われかねない」

「……分かりました。それではリーダーとして、そのルートを承認します」


 アデルはスウェイルの言葉に納得し、すぐにリーダーとして各自に指示を出す。この切り替えの早さは、アデルの美点の一つに違いなかった。


 そうして南寄りのルートをまっすぐに突っ切ることにした一行は、一度の戦闘を側面からの奇襲によって短時間で終わらせると、その後は少数の魔物による追撃を数度迎撃する程度の比較的少ない消耗のまま、中央陣地への帰還を果たす。


 すでに戦闘状況に入っていてもおかしくないと考えていたが、中央陣地は魔物の軍勢と睨みあう緊張状態ではあるものの、まだ直接的な戦闘には至っていなかった。


「アデル、帰還しました」


 リーダーのアデルが代表して帰還報告を行うと、一行は全員がアルドロス騎士団長代理の元へ案内される。


 陣地の中央に位置する、土魔法で急造されたわりには立派な外観をしている大きな建物の一室でアルドロスが待っていた。


「よく無事に戻ってきてくれた。斥候隊からヴァースキ撃破の報告は受けている」

「はい。ですが、魔物たちはヴァースキを失っても作戦を継続しています」

「それに関してはこちらの想定が甘かった。作戦立案段階の問題で、お前たちはよくやってくれたよ」

「そうですか……それで、状況はどうなっていますか?」

「魔物は南西側の平野に広く布陣している。唯一の懸念だったヴァースキも排除できたので、見通しがよく守りやすい地形の利点だけが残って、正面からの戦いになればこちらはほぼ確実に勝利できるだろう。だが……」


 アルドロスは少し表情を曇らせながら、騎士ではないエリステラとサローナを気にしたように一瞬だけ目を向けた。


「どうやら敵の狙いは正面戦闘ではなく、この陣地を包囲することのようだ。補給線を絶たれないように、回り込む魔物を撃退してはいるが、正面から睨まれている以上、大規模な作戦行動は取れていないのが現状だ」

「それなら遊撃は私がやります」


 アルドロスの話を聞いて、アデルはすぐにそう言った。実際、こうした機動力が求められる戦闘であれば第十一騎士団でアデル以上に適任な人物がいない。


 しかしアルドロスはアデルの提案を却下した。


「駄目だ。お前たちは作戦を終えたばかりなのだから、まずは休んでくれ。敵の出方も分からない上に、まだ後には狂信者(ベドラマイト)も控えている。ここで全てを出し切るのではなく、不測の事態に備えて万全を期してもらいたい」

「分かりました」

「補給線の維持に関しては北方陣地、南方陣地、最後方陣地の戦力と、王立騎士学校の生徒たちで対応してもらうことになっている。とりあえず暫くは魔物の出方を窺いながらこちらの状況を整える……トール」

「はい」

「お前の魔法にはいつも助けられている。次も期待しているぞ」


 アルドロスはトールの迷いを見抜いて、そう言葉をかけた。


「ありがとうございます」


 もしヴァースキが生きていれば、今この陣地はヴァースキのブレスの攻撃にさらされていたかも知れない。それがないからこそ、今こうして時間的猶予が生まれている。


 そう心の中で言い聞かせていた言葉がアルドロスに肯定されたようで、トールはこの作戦が無駄ではなかったと信じることが出来た。


「スウェイル。難しい任務だったが、よく被害なく導いてくれた」

「いえ、僕だけの力ではないので」

「それと学生の二人だが……すまない。こういう状況ではすぐに後方に送り届けるというわけにも行かなくなった。しばらくここで待機してもらうことになる」

「はい」

「分かりました」


 その後、アルドロスはいくつかアデルたちに今後の方針を話した後、改めて五人には休養を言い渡した。


 そうして部屋に一人残されたアルドロスは大きな溜息をつく。


「……魔物相手に、完全に後手に回っている」


 アルドロス自身、部下の士気を高く保ち、納得させて作戦に当たらせるなど人心掌握に長けている自覚はある。


 一方で、物事を大局的に見て、中長期の視点で戦略を立てることは決して得意ではない。出来て戦術レベルまでだった。


「まだ包囲は完成していない。今のうちに正面から打って出るべきか……それとも包囲に向かう魔物を蹴散らすべきか……」


 いくら悩んでも、経験がない魔物による包囲作戦への対策は思い浮かばない。


 時間をかければ狂信者(ベドラマイト)が動き出す可能性もある。


 それは分かっている。分かっているのに、決断に踏み切れない。それは自分の決断に多くの命がのしかかっていると、正しく理解しているからこそだった。


 そうして何か新しい情報が得られないかと、状況が変わるまで先送りにして、結局は後手に回る。


 アルドロスは全部分かっている。


 自分に力が足りないこと。


 だから判断を間違うこと。


 そして――それが良くない結果を招くであろうことさえも。


 アルドロスは、全部分かっていた。


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