ルート選択
ヴァースキ撃破後、一早く本隊への合流を目指し、中央陣地へと急ぐ一行だったが、その進路には幾度となく魔物が立ちふさがり、北方面への迂回を余儀なくされていた。
「――ダメだね、この先は魔物の群れと戦闘になる。迂回しよう」
「スウェイル先輩、しかしこのままでは時間がかかりすぎます」
スウェイルの言葉にアデルがそう返すと、スウェイルは少し考えてからエリステラの方を見て口を開く。
「エリステラさん、僕たちは余力を残した状態で陣地に戻らなければならない。しかし戦闘を避け続ければ戻れるのはいつになるかも分からない。この状況で消耗を出来る限り抑えながら、迅速に陣地に戻るためのルート選択に力を貸して欲しい」
「スウェイル先輩、そのような専門的な作戦立案を学生に、それも限られた時間で任せる気ですか」
本来作戦立案は専門的な知識を持つ人員が時間をかけて行うものだった。今回のルート策定も、本当に進行可能な地形かどうか、敵との遭遇があった場合の迂回路はどうするのか、事前に様々な検証が行われている。
だがヴァースキ撃破後の魔物の動きが予想外のものであり、今となっては魔物の配置も帰還ルートも事前の予想と大きく食い違いが出ていた。
「そうだね、事前に考えていた計画が役に立たない以上、現場判断で臨機応変に対応するしかない……その点で言えば、キース君の教え子の彼女は適任でしょう?」
「現場判断で臨機応変に対応……くくくっ、確かにな」
トールが笑いながら同意する。
現場判断で臨機応変に対応――その言葉は、かつてキースが騎士団に所属していた頃にブノワに対してよく言っていた言い訳だった。
「そんな冗談を言っている場合では――」
「いえ、やらせてください」
アデルの言葉を遮るように、真剣な表情をしたエリステラがそう言った。
するとスウェイルは待っていたとばかりに明るい表情で、即座にエリステラの横に立ち地図を開く。
「それじゃあこの地図を見てくれるかい。今僕たちがいるのはここ、陣地はここだ。何か訊きたいことはあるかな?」
「これまでに敵を迂回したポイントと、そこで索敵した際の敵の数を教えてください」
そんな風にハキハキと会話をするエリステラ。
堂々としていて物怖じしないその姿を見て、サローナは小さな声と共に笑みを浮かべた。
そんなサローナの様子に気付いて、アデルは声をかける。
「サローナさん、どうかした?」
「いえ、ただようやく本来のエリステラさんらしくなったなと思って」
「そうなの?」
「ええ、最近は少し元気がなかったように感じていましたから」
「ふーん? まあ、さすがに初めての戦場で緊張していたのかもね」
「そういう繊細なタイプではなさそうですが……」
「悪口?」
「ち、違います!」
「ふふふ。……それにしても凄いわね、彼女。一年生のこの時期だと、戦術系の授業なんてまだないでしょう?」
「はい。でもエリステラさんはD組のリチャード君が主催する研究会に参加していたらしいので――」
「リチャード……ああ、あの戦術オタクの子」
「はい、それです、間違いなく――」
スウェイルとエリステラがルート選択のための意見交換をしている間、アデルとサローナがそんな話をして盛り上がる。
そんな中、一人静かに木の根元に座り込んで休憩するトール。
今回の作戦の要であり、最も魔力の消耗が激しい彼は、少しでも魔力を回復させようとしている。
決して弱音は吐かず、いざとなれば無理をしてでも魔物と戦うトールの性格を知っているからこそ、スウェイルは徹底して迂回を選択していた。
しかし、魔物たちの不可解な動き、中央陣地の仲間たちは今どんな状況にいるのか、そして自分たちはいつ到着できるのか。
「分からない」というストレスは、想像以上にトールを疲弊させていた。
トールは言葉にこそしないものの、別に多少の戦闘くらいなら構わないから、早く仲間たちと合流したいというのが正直な気持ちだった。
(これでも魔力容量は増えた方なんだけどな)
トールは地道に魔力容量を鍛えてきた。その上で火と風の二属性術士となって魔力容量は増え、さらに二属性複合魔法アルナイルを完成させるまでに何度も魔力を使い切ることで魔力容量を鍛え続けてきた。
アルナイルの破壊力は間違いなく第十一騎士団で一番だと言える。戦闘では接敵前に敵の主力の勢いと数を削ぎ、戦術的な優位をもたらす文字通り一番槍として重要な役割を担っていた。
だがどれだけ鍛えても二発目を撃つことは現状出来ていない。術式の効率化も威力の上昇には寄与したが、魔力の消耗を抑える方向にはあまり効果がなかった。
魔法は個人ごとに特性が異なるが、トールの魔法の特性は威力特化という他ない。
一発限りの魔法。
しかしその一発でヴァースキを倒せば、少なくとも今回の魔物の進軍は止まるはずだった。
(どうして止まらないんだ? 俺がヴァースキに魔法を撃ったのは、本当に正しかったのか?)
アルナイルはまだしばらく使えないという焦りが、作戦自体への疑念をも生む。
良くない精神状況だと自覚しているが、同時にこういう自分の感覚はよく当たることもトールは理解していた。
おそらく今回の魔物は、今までの軍勢とは一味違う。そしてその理由は狂信者の出現と無関係ではない。
もし仮に魔物の圧倒的な数に、高度な戦術まで備わったのだとしたら、自分たちはどうすれば対抗出来るというのだろうか。
トールはそんなことを考えながら、少しでも体力と魔力を回復させるために、目を瞑って身体を休めるのだった。