魔法学の授業
翌日、特に連絡事項もなくあっさりとホームルームが終わり、一時間目の授業が始まる。
キースは授業に関して生徒たちに受けたくなければ受けなくていいと言っていたが、元々真面目な性格の生徒が多いことと、昨日の授業が案外普通に分かりやすい内容であったこともあって、欠席者はいなかった。
「今日の一時間目は魔法学基礎だな……昨日言い忘れていて悪いが、この授業ではその教科書は使わないので片付けていいぞ。あと明日以降も持ってこなくていい」
「え、教科書使わないんですか? もしかしてこの教科書に何か問題があったりとか?」
キースの言葉にフェリが紫色のサイドテールを揺らしながら、首を傾げてゆるい感じに反応する。
フェリは入学試験の成績こそ低いが、そもそも難関の王立騎士学校に入学出来ている時点で頭自体は良く、察しも良い。
キースはフェリの質問を肯定するように頷きながら口を開く。
「ああ、その通りだ。その教科書は五十年前に書かれた名著で、何度か改訂されながらも長年使われてきたものだが、最新の研究と比べると解釈の古い部分が散見される。別に実践の範囲では大きく問題が出ることはないだろうが、せっかくなので魔法学に関しては俺が一から叩き込んでやる」
普段から尊大な態度のキースではあるが、今回は普段以上に自信満々な様子を見せていた。
それもそのはず、魔法学はキースの専門分野であり、その独自の研究によって数多くの新理論を打ち立てたことで国王に賢者と認められたのである。
ただしその魔法理論は独自性が高すぎる上に、高度な魔力感知と魔力操作の能力が問われるため、現時点では扱える人間が少なすぎて実用段階には至っていないのだが。
そのため現在のキースは自身の魔法理論をより多くの人間が扱えるようにと、高度な能力を必要としない拡張した理論の構築に力を入れている。またそれと並行して理論を応用した道具の開発なども行っていた。
とはいえ生徒たちはそんなキースのことなど知る由もないので、懐疑的な目を向けるものも少なくない。
だがやはりキースはそうした視線を気にすることなく、堂々とした態度で授業を開始した。
「――まず我々が魔法を行使する際には、魔力と呼ばれるものを使用する。これは空気中に存在し、魔力用の感覚器を通して人体に蓄積されていく、というのが従来の認識だったが、最新の研究では空気中に存在するものは魔力素と呼ばれ、人体に入った状態の魔力とは明確に区別されている」
「魔力素……? それって魔力と何か違うんですか?」
「ああ。魔力素はそのままの状態だと、術式によって魔法に変換することが出来ないと判明している。かつてこの国では巨大な装置によって大魔法を行使する研究が進められていたが、頓挫した理由は空気中から集めた魔力素がどうやっても魔法に変換出来なかったからだ」
「あれ、でも魔道具って普通に魔法を発動してませんか?」
「魔道具を使うときは、使用者の魔力に反応する形で道具に刻まれた術式が発動しているだけだ。それに魔道具はせいぜいお湯を沸かしたり灯りをともしたりと言った用途の物しかないので、大して魔力を必要としないしな。つまり魔道具は空気中から魔力素を集める必要がそもそもない物ばかりというわけだ」
そんな風に、キースは生徒の疑問にもしっかりと答えながら授業を進めていく。時に話が脱線することもあるが、それによって生徒たちの理解が深まる側面もあり、授業を受けている生徒たちには確かな充実感があった。
「とはいえ魔力素はお前たちが体に取り入れた瞬間、自動的に魔力へと変換されるので、普段魔法を行使する場合には特に気にする必要はない。まあ今まで気にしなくても問題なく魔法を扱えていたのだから当然だがな。では次に魔力への変換についてだが――」
そう言いながらキースは大きな黒板に板書を始める。
「――魔力素を魔力へと変換する際、実は全員が同じ魔力に変換しているわけではなく、個人の素養によって魔力はいくつかのタイプに分けられる。このタイプの数はまだはっきりと判明していないが、代表的なのは四タイプある。これはそれぞれ火、風、水、土の四大属性魔法に対応していて、どのタイプかによって得意とする魔法の属性が変わってくると言われている」
「そ、そんなの初耳なんですけど!」
「だから今こうして授業をしているんだろう。……続けるぞ。それでこうした魔力のタイプは魔力用の感覚器によって決まるとされ、それは親からそのまま受け継ぐことも多い。一家全員が同じ属性の使い手ということもしばしばあるが、あれはそうした理由から来るもので――」
そうして次第にキースの授業には熱が入っていく。生徒たちは板書を書き写しつつ、キースの言葉を聞き洩らさないように細心の注意を払っていた。
少しでも気を抜けば置いていかれそうなほどハイスピードで進んで行く授業だったが、分かりにくいところは質問すれば答えてくれることもあり、何とか全員が脱落せずについていく。
(この授業速度でも泣き言一つ上がらないと……さすがにエリート揃いといったところか。しかしこのペースで授業を進められるなら、かなりの時間的猶予を作ることが出来そうだな)
時間的猶予が生まれれば、それだけ余分に生徒たちに生き残るために必要な術を詰め込むことが出来る。
とりあえずは自分が計画している通りに、物事が順調に進みそうであることを確認出来たキースは、生徒たちに悟られないように心の中でだけ笑みを浮かべるのだった。