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予定外の負担

 トールが集中し、片手を上に挙げて詠唱を開始する。術式が順番に起動していき、最初に火球が生まれる。


 大きな魔力の解放に伴い、魔物たちがトールの存在に気付く。北東を目指す魔物たちの側面、北西側から突如現れた未知であるはずの脅威にも、臆することなく近隣の魔物たちは向かっていく。


 それは大部隊の中のごく一部。それでもゴブリンを主力とした小型魔物の数は概算で三百を超え、中型魔物も十体は確認できた。その他にも空を飛ぶ鳥獣種の魔物の姿もあり、本来であれば騎士が最低でも三十人以上で対応にあたる規模の敵勢力。


 エリステラは向かってくる軍勢に正対しながら、ふと頭に思い浮かべたのはクラスメイトのことだった。


「……まずはケインが楔を打ち、ラウルとユミールを中心に前線を構築。フェリたちに全体の補助をしてもらいながら、対空防御はセリカたちにお願いして、何人かに魔法障壁で守ってもらいながら私がアルバリを詠唱――」


 戦闘記録を読むだけでは完全には体感できない戦場のリアルな空気。地形や風向き、魔物の進行速度や圧力。


 それらを実際に体感しながら頭の中で戦闘指揮をシミュレーションする。


「みんながいれば、それだけで勝てる……」


 しかし今は限られた人員しかいない。それもトールは戦術級魔法の詠唱で動けず、サローナはその防衛。スウェイルは攻撃能力のある魔法はほぼ扱えず、剣術で小型の魔物を相手取るのがせいぜいだと言われている。


 実質的に自分一人で、あの軍勢を食い止めなければならない。仲間がいればどんな戦術だって選ぶことが出来たのに、今この場では選択肢自体がほぼ無いに等しかった。


「今の私の目的は勝つことじゃなくて、時間稼ぎだから」


 そう呟いて、一気に前へと駆け出すエリステラ。


「――アクアレイ!」


 空を飛ぶ、鋭い刃のような翼を持つ黒い鳥の魔物――ブレイドクロウを撃ち落としながら、正面のゴブリンを切り裂く。


 そのまま足を止めず、囲まれないように魔物の前衛を確実に削っていく。ゴブリン以外にはリカオンドレッドという四足歩行の狼のような魔物が確認できた。


 リカオンドレッドは簡単には飛び込んでこず、群れで周囲を囲んでから襲い掛かる習性がある。今はゴブリンを囮に使って機を窺っていた。


 時間をかければ不利になると判断したエリステラは、包囲が完成する前に自らリカオンドレッドに斬りかかる。


「せいっ!」


 一体のリカオンドレッドが頭部を両断されると、それに動揺したのか激昂したのか、他のリカオンドレッドはゴブリンを追い抜いてまっすぐにエリステラに襲い掛かる。


「包囲されれば脅威でも、正面から来るだけならっ!」


 流れるような剣捌きで全てのリカオンドレッドを撃破するエリステラ。そのままアクアレイでブレイドクロウを撃ち落とし、ゴブリンを斬り捨てる。


 そんなエリステラの活躍を見ながら、数体の小型魔物を撃破していたスウェイルは呟く。


「一年生とはいえ王立騎士学校の首席……天才というのはいつでもどこかにいるものなんだね」


 かといってスウェイルはそんなエリステラの活躍にあてられたり、対抗心を燃やすようなことはない。ただ冷静に自分の任務として、エリステラがカバーしきれない範囲から抜けてきた魔物を遊撃していく。


 そうこうしているうちにCランクの中型の魔物、ラッシュリザードがエリステラに襲い掛かろうとしていた。二足歩行のトカゲ型魔物で、肉弾戦が得意だが口から火弾を放つこともあり、バランスの良い魔物として知られている。


 明確な弱点があるわけではない。しかしこれといって面倒な攻撃があるわけでもない。


 今のエリステラにとっては、少し強いゴブリン程度――それが一体であったならば。


「中型が三体同時……っ!」


 素早い突進攻撃の連続から、大振りな爪による斬撃。一つ一つは大したことはないが、三体から繰り出される連撃、そして火弾を警戒するとなかなか反撃することが出来ない。


 そうしているうちにもゴブリンなどの小型魔物は次々に押し寄せてくる。他の中型魔物も近づいてきていた。トールたちを守らなければならないのに、これでは作戦は失敗してしまう。


 トールの魔法の発動はまだかとエリステラは一瞬振り返るが、火球を風魔法で圧縮して雷球を作り終えたところだった。あの雷球を槍に変化させる一工程がまだ残っている。


 エリステラは必死に考えを巡らせた――そのとき。


「――ごめんね、おまたせ! それじゃあ……はい、ドーン!」


 地中から突如として飛び出したアデルが、炎を纏った剣を振りかぶり、そのまま魔物の中心部で大爆発を起こす。


 主力の大部分を一瞬で失い、統率を失った魔物。退却を開始するのは比較的知能のある魔物だった。その他は足を止めたり、それまでと同じようにトールを目指して突進したり、動きは様々。


 一つ確かなことは、戦局は一気に優勢に傾いたということだった。


 アデルが作った一瞬の隙を、エリステラは見逃さない。


「――アクアレイ!」


 火弾を放とうとしたラッシュリザードの柔らかい口腔内を狙い撃ち、一体撃破。そのまま剣技でラッシュリザードの爪を受け流すと、死角から首を斬り落として、二体撃破。最後に退却を開始して背中を向けていたラッシュリザードに剣を突き立て、三体撃破。


 そうしてアデルと合流したエリステラ。


「アデルさん、無事だったんですね」

「すぐ合流するつもりだったんだけど、サーペントに地中に引きずり込まれちゃって……エリステラさんには予定外の負担を強いちゃってごめんなさい。後方任務で見せた普段通りの実力だけで良いって言っていたのにね」

「いえ、それは全然……覚悟の上ですから」


 残った小型魔物を掃討しながら、そんな会話をする二人。


 充分時間は稼いだ。そろそろこの任務も撤退のフェイズに入るはず。そんなことを考えていたアデルとエリステラ。


「というかトールの魔法はまだなの? あまり時間をかけると――」

「まずい、ヴァースキが――!」


 アデルの言葉に、スウェイルの叫ぶような大声が被さる。


 空飛ぶ大蛇。遥か彼方に浮かぶヴァースキの視線。それが確かに、こちらに向いて――。


「エリステラさん、こっち!」


 そう言ってアデルがエリステラに手を伸ばし、自身がここまでやってくるのに使った地中のトンネルへと二人で飛び込む。


 次の瞬間、轟音と共に放たれるブレス。一筋の光線のようにエネルギーを凝縮したそれは、数十人規模の術士が幾重にも魔法障壁を構築して防御する破壊力を誇っていた。


 トールの守りのためにサローナを配置していた。けれどそれは小型や中型の魔物の遠距離攻撃を防ぐためであって、ヴァースキのブレスを防ぐような想定はされていない。


 少数精鋭で暗殺を行うのは先手を取るためであって、ヴァースキと正面から撃ち合うのであればそれはもう軍勢同士の戦いでしかなかった。


 ヴァースキのブレスが収まるのを地中で確認したアデルは、意を決したように口を開く。


「……エリステラさん、撤退するわよ」

「いいえ、アデルさん。今は合流が先です」

「貴方は三人が無事だと思っているの?」

「はい」

「ヴァースキのブレスよ? 無対策だったら数百人の騎士の命が一瞬で消し飛ぶ、そんな災害級の一撃……耐えられるわけないじゃない!」


 アデルは戦場を知っている。仲間が何人も死んでいった。どれだけ信じたくなくても、あっけなく死んでしまうのが騎士というものだ。


 だからいつだってそれを覚悟している。甘い希望は抱かない。


 一方のエリステラは戦場を知らない。仲間を失ったことはないし、これからもそうだと思っている。甘い平和ボケした理想論。


 ――私に、甘い希望を抱かせないでよ。


 そんな気持ちでエリステラのことを見るアデル。しかし――。


「それでもサローナ先輩なら大丈夫です」


 エリステラはどこまでもまっすぐな瞳でそう言った。


 仲間の死が信じられなくて逃避した結果の言葉ではない。それは仲間のことを強い意思で信じているからこその言葉だった。


 エリステラは学内大会を思い出す。アルバリを防がれ、狙いすましたアクアレイも咄嗟の魔法障壁で完璧に防がれた。


 誰も傷つかない理想の世界。サローナの人を守る才能は、エリステラが心から求めたものの一つに違いなかった。


 あの瞬間、エリステラはサローナに憧れ――そして嫉妬した。


「サローナ先輩が本気で守ろうとして、守れないものはありません」

「……わかった。貴方がそこまで言うなら、合流しましょう」

「はい、ありがとうございます」


 そうして二人は地中から地上へと出ていくのだった。


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