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何があっても

 魔物の群れを北方から迂回しつつ、南西に位置するヴァースキに向けて進行していく五人。


 スウェイルの風魔法は範囲内の音や臭いを外に漏らさず、その他視覚による認識も完全ではないが阻害するなど、敵から発見される確率を大きく減らすことが出来た。


 元々魔物の支配圏での活動がメインである斥候は、それぞれが何かしらの生存能力に長けた魔法を得意としている。


「想定よりこのルートは魔物がいませんね。もう少し進行速度を上げても大丈夫でしょう」


 優秀な斥候であるスウェイルの経験を元にルートを適宜変更していく。こうした柔軟性を維持するためにも、今回の任務は人数を最低限に抑えていた。


 人数が増えればそれだけ事前の準備や決まり事が必要となり、結果として早さが失われてしまう。今回は大規模な戦闘が起きるまでという明確なタイムリミットがある以上、早さは重要に違いなかった。


 そうして一行は進行速度を上げ、時折敵を迂回しながらも、順調に進行していく。


「あの、スウェイルさん」

「どうかしたかな、サローナさん」


 戦闘を進むアデルの後ろ、エリステラとトールの前という陣形の中央で、サローナが隣に並ぶスウェイルに話かける。


「いえ、その……クラスメイトだったスウェイルさんから見て、セレーネ様はどんな人でしたか?」

「サローナさんはセレーネさんの従妹だったね。そうだな……たぶん、多くのみんなはセレーネさんを見るとこう思うはずだ……憧れの存在、だとね」

「憧れですか」

「ああ。人格も実力も非の打ち所のない、名家インファンタリア公爵家の次期当主。競い合うクラスメイトではあるけれど、憧れてしまうのは無理もない」

「……スウェイルさんも、そうだったんですか?」


 サローナはそんなことを尋ねる。


 スウェイルの言葉はどこか客観的で、一般論を語るかのようだった。言い換えればスウェイル自身の意見ではないようなひっかかりがあった。


「どうだったんだろうね。僕は王立に入った時点で戦闘職を目指してはいなかったから、周りとは少し違う目でセレーネさんを見ることが出来たかも知れない。とはいえセレーネさんの空間魔法を考えると、彼女が斥候をやったとしたら歴史を塗り替えるくらいの活躍をするだろうから、対岸の火事というわけでもなかったはずだけど、そんなことには気付きもしなかった」


 サローナは静かにスウェイルの話を聞く。


「大きすぎる力は時に人を狂わせる。それは近くに存在するだけでも同じだ。自分の存在理由やそれまでの積み重ねを否定されたような気がして、それでもどうにも出来ないから、諦観を憧れという言葉に言い換える……賢い人の生き方は、きっとそうなんだろうね」

「スウェイルさんはそうではなかったのですか?」

「僕はみんな仲間だし、強い人は一人でも多ければ嬉しいって思ってたよ」


 スウェイルが優し気に笑ってそう言うと、サローナも釣られて笑う。


「みんなはセレーネさんと一度は競おうとした。でも僕は一度もそう考えなかった。みんなは勇敢で、僕はそうではなかった。でもだからこそ斥候が天職だったのかも知れないけどね」


 危険を避け情報を確実に持ち帰るのが役割の斥候は、勇敢な人間には務まらないとされる。


 神経質で、疑り深く、臆病な人間こそ優秀な斥候になりえた。


 それまでスウェイルの話を聞いていたサローナが、今度は先に口を開く。


「私もセレーネ様の背中をずっと追って来ましたが、いつかはこの気持ちも変わってしまうのでしょうか?」

「君は……たぶん大丈夫じゃないかな」

「え?」


 ある意味では無責任にも思えるスウェイルの言葉。ただその言葉には温かさが感じられた。


「今の君の雰囲気は、あの頃の彼に似ているよ」

「彼……? トールさんですか?」

「いや……アラン王子だよ」

「アラン王子……キース先生のクラスメイトだったのは知っています」

「僕も何があったのかは詳しくないけど、おそらく僕や君の想像とそう大きくは違わないはずだよ」


 サローナが学内大会の閉会式で見たアランは、自信に満ち溢れ堂々とした人物だった。何をどこまで考えているのか計り知れず、正直に言えばサローナはアランを少し怖い人だと思った。


 ――でもそんな人でさえ、学生時代にはキース先生に昏い感情を抱いていたのだとしたら。


「君は何があってもその道を歩んでいく覚悟がある人だろう? だからたぶん、大丈夫だよ」


 そう言って優し気に笑うスウェイル。


 そして――。


「――さて、そろそろ魔物の数が増えてくる頃だ。気を引き締めていこう」

「……はい!」


 少しずつ確実に、一行は前へと進んでいくのだった。


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