作戦説明
生徒たちが初日に見学した最後方陣地、北方陣地、南方陣地のその先。放棄された南方最前線陣地の代わりに新設された中央陣地。
中央と名前はついているが、南方最前線陣地の位置をずらしただけであり、実際は最前線での戦いのための防衛陣地だった。
その向こう側は魔物たちの支配領域。漂う空気もひりつくような緊張感に包まれていた。
そこにアデルに先導されたエリステラとサローナの姿があった。優秀な生徒である二人でも、さすがに緊張している様子で表情は硬い。
キースに頼まれて厳しい先輩を演じてこそいるが、本質的には面倒見が良い人気者であるアデルは二人の気持ちを察して声をかける。
「そんなに緊張しないで。貴方たちは後方任務で見せた普段通りの実力を発揮してくれれば充分……本当の実力があんなものじゃないとしてもね」
二人の経験不足は織り込み済み。アデルとしても難しいことをさせるつもりはなかった。
そのまま少し歩くと、二人の男性の姿が見える。
「おう、来たか」
そう言ってアデルたちに手を振るトール。その隣にはトールと同じくらいの背丈で温厚そうな銀髪の男性の姿があった。アデルたち三人がトールたちと向かい合う形になると早速アデルが話し始める。
「今回の任務はこの五人で遂行します。ちなみにリーダーは私。簡単にメンバーの紹介からするわね。こっちがトール」
「トールだ。アデルと同じキースのクラスメイトで、今は術士を担当している、よろしくな」
「それでこちらがスウェイル先輩」
「斥候隊所属のスウェイルです。よろしくお願いします」
スウェイルの簡潔な自己紹介に、アデルが補足する。
「スウェイル先輩は王立騎士学校の一個上の先輩で、セレーネ先輩のクラスメイトだった人よ」
「スウェイル先輩の風魔法を使った気配遮断はセレーネ先輩の空間魔法と相性が良くて、学内大会で大活躍してたんだ」
「セレーネ様の……」
サローナがそう小さく呟く。セレーネの背中を負い続けるサローナにとって、セレーネの学生時代の話は興味を惹かれるものがあった。
「まあまあ、昔のことはいいじゃないですか。とはいえあの頃があったからこそ、今も君たちに先輩と慕ってもらえているのは、悪い気はしませんが……それより、学生さんたちの紹介をお願いします、アデルさん」
「そうでした。こちらはエリステラさん。グラントリス公爵家の令嬢で、キース君の教え子です。オールラウンダーですが、今回は遠距離からの脅威の排除を主に担当してもらいます」
「よろしくお願いします」
堂々と挨拶をするエリステラに、その実力を推し量るように真剣な目を向けるトールとスウェイル。
その身に纏っている魔力自体が目に見えるわけではないが、大きな魔力を持つ者には特有の存在感のようなものがある。二人はエリステラにそれを感じていた。
「そしてこちらはサローナさん。セレーネ先輩の従妹で、魔法障壁のエキスパートです。今回の任務は潜入が主ですが、ヴァースキ撃破後は魔物に気付かれる可能性が高いので、撤退戦での安全確保を担ってもらいます」
「よろしくお願いします」
アデルがセレーネの従妹と言った瞬間に、トールとスウェイルには小さな緊張が走る。
さすがにセレーネほどの存在感はないが、それでもサローナにはエリステラに引けを取らない力があることは窺えた。
「確かに騎士団の中で探すよりも適した人材、というわけですね」
「アデルがキースに頼まれて似合わない鬼教官やってた甲斐があったな……あー、学生の前では言わない方が良かったか?」
「別に、もうバレてきてるからいいよ。私が面倒見が良くて優しい先輩だってことはね」
「……?」
「……?」
自信満々にそう言ったアデルに、疑問符を浮かべるエリステラとサローナ。
二人からすればアデルは確かに優しい面もあるが、その厳しさの方がずっと強く印象に残っている。実際アデルも厳しい先輩役を演じているうちに楽しくなってきていた。それは生徒が優秀で、求めれば求めただけ応えてくれることが理由である。
もちろん理不尽なことを押し付けるわけではなく、放任主義なキースよりもアデルの方が監視の目を光らせているという違いと、何より戦場の緊張感と重圧が学校内とは大きく違っていることが、アデルが厳しいという印象に繋がっていた。
「二人はアデルさんのことを、厳しいと思っているようですが」
「どうしてよ!?」
スウェイルの言葉に、わざとらしくショックを受けたように返すアデル。そうして五人で笑い合って、緊張感が少しほぐれたところで本題へと入る。
「それでは作戦の詳細の説明に入ります。まず目標のヴァースキを含む魔物の群れが南方最前線陣地跡地から東へ向けて平原をゆっくりと進行中。これをアルドロス騎士団長代理が直接指揮を取る本隊が迎撃準備中です」
アデルが宙に浮かせた地図を使って説明していく。
「本隊が大規模な戦闘に突入するのは明後日の昼ごろの予定。それまでも散発的な戦闘は起きますが、重要なのはヴァースキによる超遠距離ブレス攻撃を防ぎながらの長期戦、消耗戦を避けること。そのために私たちは魔物の群れを迂回しつつ、明後日の昼までにヴァースキを撃破。その後は極力戦闘を避けて撤退し本隊へ合流。以降は戦況に応じてとなりますが、エリステラさんとサローナさんは最後方陣地まで戻り、本来の後方任務に合流して下さい」
たった五人で、魔物の中でもっとも脅威となるB級の大型魔物を撃破する任務。
そのための攻撃は騎士団のエースである術士のトールが担当する。今回の任務はそのトールの魔力を消耗させずに、ヴァースキを射程内に捉えるまで護衛して送り届けること。
任務自体は非常にシンプルだった。
「あの、質問いいですか?」
「どうぞ、サローナさん」
「戦況に応じて、というのは、場合によっては私たちも戦場に立つという想定でしょうか?」
「……そうね。たぶんないとは思うけど、私たちと一緒に遊撃隊として戦場に立つ可能性も考慮しておいて下さい」
「分かりました」
それがどんなに低い確率でも、起きうる可能性があるならば準備をしておく。実力不足も経験不足も仕方ないが、準備不足は許されない。それがサローナの信条だった。
「それでは次に、あまり考えたくないけど任務失敗時について――」
アデルはどういった状況で任務失敗と判断するのかという基準と、そうなった場合の退却ルートについて細かく話していく。
(エース二人を失わないことを最優先に、任務失敗時のこともしっかり考えられている)
エリステラは作戦概要を聞きながら心の中で関心した。今まで学校での訓練や学内大会などでは戦闘で最善を尽くすための戦術だけを重視していたが、戦場ではより広く戦略的な視点も取り入れる必要がある。
それは頭ではわかっていたことだが、こうして実際に作戦に参加してみることでより鮮明に実感することが出来た。
「――それでは出発は三十分後です。食料等の物資は用意してありますが、他に戦闘時に特別な触媒等が必要なら物資担当者に言うので申し出て下さい」
アデルの言葉を聞いて、エリステラとサローナは必要なものはないと答える。
そうして三十分後、再度集合した五人は西から北側を迂回するルートで出発し、任務を開始するのだった。