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アデルの人選

 六月中に全グループの後方任務が一巡し、本来であればまたAグループが後方任務に当たるタイミングだったが、戦況の変化に伴い騎士団が大きな戦いの準備に物資を必要としたため、輸送隊の護衛など後方任務が急激に増加している。


 そのためアデルが王立騎士学校を訪ねる頃、学校内ではAからCグループの全てが後方任務に当たれるように慌ただしく準備が進められていた。


 そんな中アデルはキースの研究室を訪ねると、ヴァースキ暗殺作戦の概要をキースに話し、アルドロスが言ったとおり生徒たちを数人借りられないかと相談していた。


「――私としてはキース君を数日借りられれば一番嬉しいんだけど」

「悪いがそれは無理だ。今の俺は生徒のことを第一に考える立場で、生徒たちの任務に対する指導を行っているし、そもそも生徒たちを守るための戦力としていつでも動ける状態でいなければならない。他にも狂信者(ベドラマイト)に対抗する魔法の試作、実戦投入した魔器の試作品のデータ解析、それから――」

「わかった、というより最初からわかっていたけどね、キース君が死ぬほど忙しいことなんて」


 キースはその能力がある故に、いつだって替えがきかない存在だった。キースにしか出来ないことがあるから、キースがやるしかない。


 そうして目の前に積み重なった仕事を、一切手を抜くことなく全力で対処するのがキースである。


 キース本人からすればやるべきことを一つ一つやっているだけで、今もそれを整理しながらアデルに話しただけのつもりだったが、一方のアデルは少しだけキースから似つかわしくない臭いを感じた。


 ――それは少しの弱気と焦燥。


「しかし生徒を貸せとは……どれだけ優秀でも、あいつらはまだ成長途中で、特に知識と経験が足りていない。不測の事態ではアデルの足をひっぱる可能性だってある」

「そうね。でも今回の作戦はかなり特殊で、求められる能力……魔法の特性がはっきりしているの。そしてうちの騎士よりも、生徒の中に最適な人材がいたという話」

「それがエリステラとサローナか……」


 作戦内容からしてもこの人選に違和感はない。魔物の勢力下を少数精鋭で進むのであれば、エリステラの高精度な魔法アクアレイは周囲に気付かれずに脅威を排除することが出来る。


 そしてサローナは作戦終了後、あるいは失敗時の撤退戦でその高い防御能力が発揮される。


 トールを護衛する上で、アデルに出来ないことを補うための人選だった。


「わかった、エリステラとサローナをアデルに預けよう」

「さっすがキース君、話がわかるー」

「アデルなら無茶はしないだろうし、二人にもいい経験になるからな」


 キースはそう言いながら、すでに頭の中ではエリステラとサローナが抜ける一年A組と三年I組の後方任務の調整について考えていた。


「……ねぇキース君」

「どうした、まだ何かあるのか?」

「そうじゃないけど、君、もう少し周囲に頼った方がいいよ?」

「……? 今でも充分上手くやっていると思うが」

「上手くいっているときは、そうだね。でも本当に大事なのは、上手くいかなくなったときだよ」


 アデルはそんな言葉を残してキースの研究室を後にした。




「ブノワ先生」

「……キース先生、何か?」


 与えられた一室で大量の書類に囲まれたブノワを訪ねたキースは、彼の迷惑そうな表情を気にした素振りもなく、さっさと本題に入る。


「先ほど騎士団からの要請があり、一年A組のエリステラ・グラントリスと、三年I組のサローナ・ネフティスを今日からしばらく出向させることになった。期間は一週間から十日ほど、その間の後方任務のシフトに関して調整をお願いしたい」

「……わかった、対応しよう」


 ブノワは眉間にしわを寄せつつも、騎士団からの要請であれば仕方がないと理解を示す。


 かつてはブノワ自身がその無茶を周囲に押し付けていた側でもあるが、大前提として騎士団の活動は王国の存亡をかけた人類にとって最優先されるべきものであり、国民はその活動を支援する義務があった。


 それが勅令で騎士団の支援に当たっている王立騎士学校の立場であればなおさらである。


「それから」

「まだ何かあるのか」

「……いや、何でもない」


 そう言ってキースはブノワの部屋を立ち去ろうとする。


 本当のことを言えば、実験用にマジカライト加工炉を一台手に入れてもらいたかった。しかしそれが非常に困難であることと、どれほどの効果が得られるかも不明瞭だったことから、現時点では「あれば嬉しい」程度の優先度でしかない。


 ブノワは物資補給の面から王立騎士学校を支え、食事などの変化は生徒たちからも好評だった。そういった後方からの改善はブノワにこのまま任せておけば間違いない。


 そんな状況でブノワに余計な負担をかけるのか、キースは損得の観点で考えて、口に出すことを止めた。


 現在必要な際には賢者エルダの工場に外注しており、少し時間がかかる上にエルダに借りを作ることにはなるが、それで我慢できないわけではないのだから。


「キース・ブランドン、儂は今でもお前と、お前のやり方を認めていない」

「俺も、あんたに認めてもらうために活動しているわけじゃない」

「ふんっ。だがお前に貫き通すべき信念があることは分かってきたつもりだ」


 不機嫌そうな態度で、不本意ながらも、それでもキースの活動を同じ教師という立場で間近で見ながら、ブノワはキースが教師として何を為そうとしているのかを少しだけ理解し始めていた。


 もちろん理解はしても、共感も納得も出来るとはブノワも思っていないのだが。


「何が言いたいんだ?」

「なりふり構うな、ということだ。要望があるんだろう、言ってみろ」

「……マジカライト加工炉を一台手に入れられないか? 小型のものでいいんだが」

「なるほど、そう来たか」


 マジカライトは魔力伝導率が高い鉱石で、現在では騎士剣や魔道具など幅広く使われているが、その加工の難しさに関する逸話は数多く存在している。かつて人間同士で戦争をしていた時代には、「マジカライトを加工できる鍛冶師の人数が戦争の勝敗を決める」などと語られたことすらあった。


 現在はマジカライト加工炉というものが開発されているが、これは魔道具の普及や騎士剣の供給ラインの確保などが原因で、常に王国中で需要過多の状態になっている。


 そんな取り合い状態の加工炉を確保する困難さを理解しているからこそ、キースは言葉を飲み込んだのだと今になって知るブノワ。


 とはいえ偉そうに要望を聞いておいて、やっぱり無理とは言えないプライドがブノワにはあった。


「……伝手の候補はいくつかある」

「本当か」

「平民上がりのお前よりは顔が広いからな。時間は少しかかるが……だがそれ以上に資金面が問題だ。学校の予算は――」

「それなら問題ない、俺に請求書を回してくれ」

「……賢者予算か。そんなものもあったな」


 国王が自ら所有物として管理する賢者には多大な予算が割り当てられている。その予算がどれほどの規模で、どのように扱われているのかは広く知られておらず、ただ「国益のため」という漠然とした用途だけが伝わっていた。


 賢者の研究費としての面が強いが、その他の活動にも自由に扱えるなど制約はなく、実質的に賢者の報酬として与えられている多額の資金。


 だがそれで贅沢をするような人間は一人もいない。ただ自分の目的のためにのみ活動し、その活動が国益と一致しているからこその賢者だった。


「他にはもう無いか?」

「ああ」


 親切心というよりは、キースの顔を見る回数は少ないほど良いといった雰囲気でそう尋ねるブノワに、キースはそっけなく返事をするのだった。


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