騎士団の作戦会議
――時間さえあれば、きっと上手くいく。
キースは最初から、生徒たちを三年かけて育て上げるつもりで計画を立てていた。
今は六月末。生徒たちが入学して半年、キースは着任がひと月遅れているので五か月。
想定より優秀な生徒たちは、キースの計画より順調に成長していた。しかし六月に入ってからの一か月は、その成長に陰りが見えていた。正確に言えば生徒によって一気に成長した者もいれば停滞している者もいて、個人で大きくばらつきが出ている。
それは学校がマグノリア領に転移し、生徒たちが騎士団の後方任務を任されるようになったからだ。
原因は環境の変化への戸惑いが大きかった。見知らぬ土地、騎士との関係、未経験の任務、そして本物の戦場。
これまではただまっすぐに前だけを見て成長することが出来た。しかし今は足元に転がる石ころが気になるようになった。つまずいたら命の危険がある、そんな石ころがあちこちに転がっているのが戦場だった。
――将来を見据えて地道に訓練するより、今すぐ強くなって安心したい。
そんな風に思う生徒の心を、誰が否定出来るだろうか。
少なくともキースには出来なかった。俺が守ってやるから安心しろと、そんな確証のない約束は出来ないのがキースという人間だった。
きっとアランにはそれが出来た。その人が望む言葉を、他人を安心させる嘘を、的確に選び取ることが出来る。それが人を導く立場にある彼とキースの違いである。
それでも少しずつ、確実に、時間さえあれば――。
そう思っていた六月が終わりを迎えようとする頃、魔物に動きがあったとの報告が上がる。
南方最前線陣地にて徹底的な破壊活動を行っていた魔物たちが、二手に分かれて北方と南方の二方面から東進を開始した。
魔物の進行経路には小規模な陣地とも呼べないような、騎士たちが即席の土魔法で作った建物がいくつもあったが、それを破壊しようとする魔物もいれば、無視して進行を続ける魔物もいた。
魔物の研究は長年続けられているが、今なお不明な点が多い。建物に興味を示すかどうかも、魔物の種類とは関係ないということだけが分かっていた。
騎士団長代理のアルドロスは、北方陣地および南方陣地の二方面で連携を取りながら、その両陣地の前方の戦場となる地点に戦闘特化の防御陣地を構築した。
南方最前線陣地を放棄して前線を下げた甲斐があり、守りやすく大部隊の連携も取りやすい理想の防御陣地を構築することが出来た。
アルドロスは会議室に主要な騎士を集め、斥候部隊を取りまとめる百人長の報告を聞く。
「狂信者はどうなっている?」
「現在も南方最前線陣地跡地にて待機中です。なお情報収集中の斥候一名との連絡が途絶いたしました」
アルドロスの問いかけに、騎士の一人が即座に報告する。なお斥候の連絡途絶は十中八九戦死を意味していた。
「斥候は一小隊補充だ。この戦いは狂信者が動くか否か、動くならば北方と南方のどちらなのかが鍵を握っている。情報収集と連絡を徹底させろ」
「はっ!」
アルドロスの指示を聞き、騎士は即座に会議室を出て連絡に走る。
その背中を見送ると、アルドロスはため息をつきながら口を開く。
「狂信者の動きは要注意だが、そうでなくても魔物たちの攻勢は始まってしまった。アデル、復帰早々大きな戦いになるが、万全に戦えそうか?」
アルドロスの質問は、アデルが本来の能力を完全に発揮できる前提で作戦を任せていいかの確認だった。
「はい、問題ありません。不安であれば、後方任務時の戦闘記録を見てください」
「いや、その言葉を信用するよ……トール、斥候からの報告で、次の戦闘はヴァースキが確認されている」
「それはまた面倒な――」
ヴァースキはB級の大型魔物で、空を泳ぐ巨大な蛇のような魔物だった。その口から放たれる一筋の光線のようなブレスは、超遠距離から陣地を焼き払う威力を誇っていた。
術士を集めて魔法障壁で防ぐこと自体は可能だが、反撃の出来ない距離からの攻撃で防戦一方となり、騎士団全体の攻撃力が削がれ続けることも問題だった。何より空から一方的に狙われ続けるストレスは、前線で戦う騎士たちにとって目に見えない消耗を与える。
アルドロスはヴァースキの特徴を話し、戦い方について続ける。
「じっくり前線を押し上げてヴァースキが撤退するならよし、そうでないなら戦術級魔法の射程距離内に捉えて総攻撃で撃ち落とす……というのがセオリーだが」
「狂信者がどう動くか分からない段階で、消耗戦を強いられるのは得策ではないですね」
「そこで以前キースがやっていたことの真似をしようと思う」
「キース君のって……まさか暗殺ですか?」
キース単独での危険度の高い魔物の排除、通称「暗殺」。
多くの魔物の警戒網を潜り抜け、目的の魔物を排除し、そして安全に帰還する。
魔力容量に関しては特別多いわけではないキースが、効率良く戦況を有利にするために隠れて行っていた命令違反行動の一つだった。
「さすがにあんなのキースにしか出来ませんよ」
「もちろん斥候と護衛はつける。その作戦の根幹となるヴァースキを撃ち落とす役目をトールに頼みたい」
「確かにトールなら適任ですけど」
トールは威力が高い反面魔力の消耗が激しいという特徴がある。どうせなら最も戦果が期待できるポジションで魔法を使わせたいというアルドロスの考えはアデルにも理解できた。
「そしてトールの護衛はアデル、君に頼む」
「……私一人?」
自分の顔を指さして、小首をかしげるアデル。
「ヴァースキ以外との戦闘もあって、あまり戦力は割けない。それに魔物の警戒網を掻い潜る以上、人数を増やすのも得策ではない」
「だからこその少数精鋭というわけですか……」
「不安か、アデル?」
「そうですね、私も一人で対応できる範囲には限界があります。トールの魔力は温存しなければなりませんし、私の魔法の特徴からしても得手不得手ははっきり出てしまいます」
「そうだな……ではキースに相談してみるのはどうだろう。優秀な生徒を二、三人借りられれば――」
「私におもりをしながら戦えと?」
「王立の生徒なら一人や二人くらいは天才がいるだろう。何も将来の賢者クラスとは言わない、この作戦に適した能力でアデルの不得手を補える生徒でいい」
「……わかりました、交渉してみます」
相手が上官であっても一切引かず自分の意見をはっきりと言うアデルと、そのアデルをどうにか言いくるめるアルドロス。
風通しが良いとは言えるが、絶対的な指揮官が不在と見ることも出来る状況。アルドロス自身も自分が優れた指揮官だとは思っていない。自分の本来の適正は前線指揮官で、数百人規模の騎士を指揮することが一番向いていると自覚していた。
だがそれでもやるしかない。他にやれる人間がいないのだから。指揮官には能力だけでなく、実績や格も求められる。突然誰かが急成長して自分と入れ替わってくれることは期待できない。今はまだ騎士団長代理だが、遠からず正式に騎士団長への就任が貴族院から通達されることは覚悟していた。
(ブノワ前騎士団長も、もしかしたらこんな気持ちだったんだろうか)
アルドロスはそんなことを思いながら、他の議題がないかを全員に確認し終えると、どこか疲れた顔で会議を解散させるのだった。