静かな時間
ユミールが去った後、医務室に二人残されたキースとアクリス。
「…………」
「…………」
ふと静かな時間が流れるが、その沈黙を破ったのはアクリスだった。
「……このまま、みんな無事で終わればいいですね」
どこか寂し気に目線を落とすアクリス。医務室を預かるアクリスからすれば、生徒たちが戦場に立つようになってからは精神をすり減らす日々だった。
いつ生徒が重大な負傷を負ったという報告が入ってくるのか。そして、取り返しのつかない死――。
だから良くないとは思いつつも、訓練で昏倒した生徒が運ばれてくると、アクリスはどこか安心してしまっていた。
「……すまないな。アクリスに騎士になるなと言っておきながら、結局はこんな場所に連れてきてしまった」
「あはは、それはキース先輩のせいじゃないですって。全部アラン王子のせいですよ」
「なあアクリス……もし生徒に重大なことが起きたとして、まだ間に合うとしたら、お前はどうするつもりだ?」
「どうするって、それは……」
アクリスの「聖女の祝福」と呼ばれる癒しの力はその他の術士の治癒魔法とは一線を画する。それこそ、経過時間次第では死者すらも生き返らせることが出来るとさえ言われていた。
もちろんアクリスに試した経験があるわけではないが、フォルクローレ家の伝承とアクリスに継承された力の強さからすれば充分に可能で、アクリス自身も出来るという実感があった。
しかしアクリスは体質が弱く、強大な力を使えばその反動による影響は計り知れない。
心優しいアクリスが騎士になれば、きっと戦場で誰も見捨てることが出来ず、その力を使い続けるだろう。その結果アクリスがどうなるのか――それが分かっていたから、キースはアクリスに騎士となることを諦めさせた。
その事実はキースとアクリス、双方が正しく認識している。
「先輩は、私にどうして欲しいですか?」
「……それはお前が――」
「私が決めること、ですよね。先輩がそう言うことは知っています……それでも、教えてください。先輩のせいになんて、しませんから」
「…………」
アクリスの静かな言葉。どこか儚げで、ここで何かを間違えたら、そのまま消えてしまいそうな錯覚。
そんなことはあるはずがない。あるはずはないのだけれど、その不思議な感覚はキースに自分の正直な気持ちを話させるには充分だった。
「アクリスが誰かを見捨てられるような人間だったら、俺はここまでお前に関わってはいなかっただろう」
「…………」
捻くれた子供でしかなかった学生時代のキースはセレーネに目をかけられ、王子のアランのお気に入りという噂も広まっていた。普通であれば関わらない方が賢明だと考えるはずだった。
しかしアクリスは当時、キースにそんな態度ではいけないと注意し、幾度となく激しい口論となっていた。
キースからすれば余計なお世話でしかないアクリスからの干渉。しかし、だからこそそこには損得の勘定がない。アクリスは放っておけないから放っておかない。ただそれだけだった。
「俺は、お前に死んでほしくない」
それはキースの本音だった。
死んでほしくない。でも騎士は名誉のために、人類のために死ぬものだから。だったら、俺は――。
キースは家族を失った。突然理不尽に奪われて、それで終わることを許せなかったから立ち上がった。もう何も失いたくない――その心にだけは、嘘をつかないと決めた。
そんなキースの言葉を聞いたアクリスは優しい笑みを浮かべて、口を開く。
「……ありがとうございます、先輩」
まっすぐな感謝の言葉。
そうしてまたしばらく静かな時間が流れるが、そのうち生徒が医務室を訪ねてきたので、キースは邪魔にならないように静かに立ち去るのだった。




