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ユミールの敗北と成長

 キースの元にアクリスが来た翌日、またユミールが医務室に運ばれていた。軽度の魔力欠乏状態からすぐに目を覚ましたユミールは、アクリスの簡単な診察を受けながら、その隣に立つキースのことを気にしていた。


「キース先生がどうしてここにいるんだ?」

「教師が生徒の心配をしたらおかしいか?」


 キースが冗談めかして笑うと、ユミールはいたずらを見とがめられた子供のように、気まずそうな表情を浮かべた。


「別に変なことはしてないって」

「まだ何も言っていないが……ユミールほどの実力者がこう何度も医務室に運ばれている時点で、説得力に欠けるな」

「ぐっ……」


 キースにそう指摘されたことで、ユミールはキース相手に言葉でやりあっても勝ち目がないと早々に諦めた。子供の頃からそういうことはラウルの役割であり、そのラウルであってもキースが相手では分が悪いことも知っていた。


 アクリスが同情するような苦笑いを浮かべながら、気を遣って席を外す。


「別に叱るつもりはない。実際の戦場を経験して、生徒たちが様々な動きを見せていることは把握している。ラウルが変わろうとしているから、自分も何かやってみようと思ったといったところか」

「まあそうなんだけどさ……先生、戦場で実際に魔物と戦った奴ってどれくらいいるんだ?」

「Aグループのおよそ七割といったところだ」

「七割……やっぱりさ、魔物との実戦を経験しないと強くなるのって難しいかな?」


 ユミールは特に深刻そうではなく、ただ単純に疑問に思ったからそう口に出したという雰囲気だった。


 ユミールは後方任務に従事していた間に、魔物との戦闘を一度も経験していなかった。それがラウルとの明確な違いであり、ラウルが戦場で何を感じたのか、今一つ理解しきれない感覚に繋がっている。


「人によるだろうな。初陣から大きな戦果を挙げる騎士は珍しくないが、その後に成長を続けたかは人それぞれだ」

「その経験を活かせるかどうかは、単純な強さとは関係ない、か……」


 頭では理解しているが、自分の感覚とは一致しないユミールは少し考えるように沈黙する。


「それでユミール、お前を医務室送りにしたのはラウルか? それともルカか?」

「いや、どっちでもない。今日はレイラで、昨日はハリド……いや、ベルナールだったっけ? 最近負けも増えてるし、気を失った前後は記憶が混乱するからはっきり覚えてないな」


 挙がったのはどれも一年A組のクラスメイトの名前だった。そのこと自体は別におかしくはない。親交の深いクラスメイトの方が訓練に誘いやすいし、お互いのことも普段から見ているから意見も交わしやすいだろう。


 しかしレイラ、ハリド、ベルナール。名前の挙がった三人は、実力的に言えばユミールがそうそう負けるとは思えない相手だった――王立騎士学校が戦場に転移するまでは。


「俺が負けてるのは戦場で実際に魔物と戦った奴らだ。それも魔物を自分の手で撃破している奴……俺はそいつらに声をかけて回ってる。もちろん勝つことの方が多いんだけどさ、それでも時々、思いがけない負け方をすることがあるんだ」

「だから強くなるのに魔物との実戦経験が必要かと訊いたのか」

「ああ。さっき先生は初陣の後に成長を続けるかは人それぞれって言ったけど、たぶんさ……俺たちは全員、成長し続ける側の人間だ」


 自信を持って、自分たちは全てを糧にして成長できる人間だと言い切るユミール。そこには仲間たちへの強い信頼も感じられた。


「もちろん俺が勝てた奴と負けた奴がいるみたいに、成長度合いに個人差はあるんだろうけど……そういう意味だと今日戦ったレイラが一番凄かったな」

「レイラか――」


 レイラは長い黒髪が特徴のクールな女子生徒。彼女は出身地がマグノリア領のフラムスティードであり、それは王立騎士学校が移転した場所から最も近い都市だった。


 だがレイラについてキースの助手であるティアが調べた情報ではサイリス領で生まれており、当時赤ん坊だった彼女は統国暦293年八月の魔物の大攻勢によりサイリス領が滅びた際に父を亡くし、母と二人でフラムスティードに移り住んだことが分かっている。


 当初は決して楽ではない暮らしをしていたが、レイラが成長して魔法の才能があると発覚したことでマグノリア領主家より支援を受けて道場に通い、王立騎士学校への入学を果たした。


 口数が少なくミステリアスな雰囲気からは想像しづらいが、レイラは母親に楽をさせたいという動機で騎士を目指している心優しい少女だ、とティアは調査によって結論付けていた。


 生徒たちの中での実力は決して高くない――いや、高くなかった。


 そんな彼女もキースの指導を受け、学内大会の優勝を経て、戦場を経験したことで化けた。


隣を走るラウルと高め合うだけで全てが上手くいっていたユミールにとって、追い越されていく経験は初めてのことだったのかも知れない。


「焦らなくても、このまま行けば立派な騎士になれるという実感はあるんだ。でも、周りの奴らが強くなって、どんどん追い越されてるのに何もしないなんて……俺はそれを我慢できるほど物分かりは良くない」

「そうだな。そこまで分かっているなら、俺は何も言わない。アクリス先生には俺から頭を下げておこう」

「……キース先生って、本当に放任主義だよな。今なら信頼されてるって分かるけど、最初は期待されてないのかって思ってたよ」

「期待していなかったら、一から十までこうしろと型にはめていただろうな。期待していないのに放任していたら、それは指導者としての能力の欠如だ」


 能力がない人間を見放すのはただの責任放棄であって、期待しないのであれば十全のフォローを行わなければならない。少なくともキースはそう思っており、そうあろうとしている。


 それは賢者エルダが集めた子供たちへの興味を次々に失っていく姿を見て育ったからこその、反面教師としての思想だった。


「さて……体調も良くなったし、レイラに今日のダメ出しをしてもらわないとな……アクリス先生―!」

「はーい……よし、顔色も問題ないし、立ち上がってめまいとかもないなら戻っても大丈夫です。ただ激しい魔力消費なんかは、今日は禁止ですよ」

「分かってるって、いつも通りだろ? それじゃあ……ああ、そうだキース先生」

「ん、どうした?」

「ベルナールって、本気を出すときは眼鏡をしまうんだ」

「……ああ、知っている」

「だよな……それじゃあ、失礼しました」


 そういってユミールは医務室を後にした。


「キース先輩、今のって……?」

「あいつはまだまだ成長するという話だ」

「あの、全然分からないんですけど――」


 ユミールとラウルは二人がコンビで戦うときが一番活躍する。それはお互いの短所を補い合っているからという意味であり、言い換えれば二人にはそれぞれ短所がある。


ユミールは今まで、広い視野で戦況を分析し、より良い選択を選び取るというマクロな視点の戦術眼に関してはラウルに頼り切っていた。


 しかしユミールは視野の狭さという一つの弱点を克服しつつある。今までのユミールは、ベルナールの眼鏡になど注意を払っていなかったが、ユミール自身が誰に言われるでもなくそれを自覚していた。


 長所を伸ばすか、短所を克服するか――ユミールは現時点で短所を克服することを選んだ。


 その結果としてユミールがどう成長するのか、それはキースにも分からない。だからこそ結果が楽しみであり、つまりそれこそがキースにとっての期待するということなのだった。


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