魔器の試作品
キースの研究室には異様な数の木箱が運び込まれており、キースはその中に入っている物を一つ一つ点検していた。
「賢者エルダの工場だけあって、さすがの精度だな」
それはキースが長年研究していた魔道具であり、対魔物用の兵器である「魔器」の試作品だった。キース自ら一つ一つ点検しているのは、それが騎士や生徒たちの命に係わるものである以上当然だと言える。
まだ正式に戦場で利用するかは決まっていないが、いつでも使えるように準備しておくに越したことはない。
そうしてキースが黙々と魔器を点検していると、静かに研究室のドアがノックされる。
「どうぞ」
「キース先……輩、今いいですか?」
「ああ、構わない」
そこにいたのはアクリスだった。部屋の中に他の誰もいないことを確認してから、アクリスはキースの呼び方を二人きりのときのそれに切り替えた。
「先輩、それってもしかして、前に言っていた魔器ですか?」
「ああ、試作品だが実用できる出力は確保できている。あとは実戦で運用してみて調整していきたいところだな」
「へぇ……これってどう使うんですか?」
アクリスが興味深そうに魔器を見る。少し厚い二枚の板が可動部で繋がっており、開いた状態から閉じると固定される単純な機構が付いているだけだった。おそらく秘密があるのは板の方だろうと、目星をつける。
「騎士剣のガードの部分に取り付けて、起動用に微弱な魔力を流す。するとあらかじめ刻んでいる術式の魔法が発動できる」
「それって、誰でも同じ魔法が使えるってことですよね」
「ああ。少人数の部隊だとその場面に必要な魔法を使える人材がいないなど、魔法の属人性の高さが問題となる場面は少なくない。これはそれを解決するための物だ。といっても現時点で作れるのは火属性の単発魔法用の魔器だけだが」
「それでも凄いですよ! これって何回でも使えるんですか?」
「いや、発動できるのは十回だな」
「十回使ったら?」
「使い捨てて新しいものに取り換える。カートリッジ式にすることで出力不足の問題を解決できたのが今回最大の発見だ」
「これ、材料はマジカライトですよね。騎士剣とか魔道具に使われる……使い捨てて大丈夫ですか?」
「王国全土で産出される鉱石だ、全体の消費量からすれば微々たる量でしかない。むしろ術式を刻む技術の方が――」
そんな風にキースが魔器についてアクリスに解説していたが、キースはそれが本題ではないことに気付き話題を変える。
「それで、アクリスは何の用だったんだ?」
「ああそうでした、キース先輩のクラスのユミール君が訓練中に昏倒して医務室に運ばれてきたんです」
「いつものことだろう。戦場で何かあったわけじゃないなら、問題ない」
「それはそうですけど、少し様子がおかしくて」
「そうか」
「そうか……じゃなくて!」
「いや、アクリスがわざわざそう言うなら、何かあるんだろう。後で話をしておこう」
「……まあそれならいいですけど」
アクリスはそれだけを言うと、顔を赤くして足早に研究室を出ていった。キースはアクリスを怒らせてしまったかと思うが、心当たりがなかった。
「長話をし過ぎたか? だが訊いてきたのはアクリスの方だ――」
生徒たちが戦場に立つようになり、幸いにも生徒たちに重大な怪我が発生したことはないが、それでもアクリスは以前よりも忙しくなっている。魔器について長々と解説したのは確かに良くなかったかも知れない。
次はもう少し簡潔に要点だけを話すようにしよう。そんな風に的外れな反省をしながら、キースは魔器の点検に戻るのだった。