眠り姫のまくら
現代の学園ものです。
PCやデジカメはあるけど、スマホ等の携帯連絡機器はない設定です。
私が通う高校には、眠り姫と呼ばれる美少女がいる。
お昼休みも放課後も、気づけばいつでも寝ている眠り姫。
私は、そんな眠り姫のひざまくら。
ほら、今日も眠り姫がまくらを呼んでいる…
「彩ちゃーん。」
愛用の小さい子ども用タオルケットを握りしめながら、眠り姫が走ってくる。
私は、読んでいた本をパタンと閉じた。
「舞子、図書室ではしずかに。」
「そんな事いいから早く、まくら、まくら。」
私はため息をつきながら本を机に置き、まくらの準備を整えた。
「うふふ、今日もしつれいしまーす♪」
私が座っているソファーに寝転がりながら、ひざまくらに顔を埋めてくる眠り姫。
タオルケットをかけたら、すぐに眠りの中。
ほら、もう寝息が聞こえてくる。
「本当に、寝ている時は美少女なのにね。」
私は舞子の髪を撫でながら、そう呟いた。
舞子が寝ている間に、少し思い出話をする事にしよう。
私が眠り姫のまくらになったのは1年半前、中等部3年生の秋の事だった。
あの日も、私は図書室で本を読んでいた。
教室や中庭、テラスや学食は騒がしい。
私は静かな場所で本を読むのを好んだ。
中等部の図書室は日当たりはよくなかったけど、利用者数も多くなかったのでとても気に入っていた。
いつも通りお気に入りの席。奥まった窓際の席で、入り口からは見えないベストポジションで読んでいた。
そうしたら、そこに舞子がやってきたのだ。
私はとても驚いた。
舞子はとても有名人だから。
眠り姫としてだけではなく、文武両道成績優秀な美少女。
友人も多く、誰からも好かれている。
私とは正反対の女の子。
そんな子が発した言葉に、私は呆気に取られた。
「加藤さん、お願いがあるの。ひざまくらしてもらえないかな。」
「…え?」
「今まで保健室で寝ていたんだけど、どうも寝づらいの。加藤さんの柔らかそうな雰囲気とひざがどうしても気になるの。」
その時の私は、なんて答えていいか解らなかった。
同じクラスになった事もなければ、話した事すらない子にひざまくらを要求されたんだもの。
むしろ、舞子が地味な私の名前を知っていた事にビックリした。
「や、やっぱりイヤ?だよね、ごめんね変な事頼んで。」
「わ、私で良ければいいよ!」
あの時は、一生分の勇気を振り絞ったと思う。
せっかく話しかけてくれた舞子にガッカリしてほしくなくて、このまま別れたくなくて、私に出来ることならと受け入れた。
私のひざまくらで眠る舞子の横顔がとてもキレイで、ひざに感じる重みや吐息がくすぐったくてでも嬉しくて。
長い睫毛やサラサラの黒髪に触れてみたくて。
私は、あの時からずっと舞子に恋をしている…
ぐっすり眠る舞子を見ていたら起こしたくなくて、ずっとこの時間が続いてほしくて、結局授業をサボってしまった。
舞子が起きたのは、5時間目が終わるまで後10分という時間だった。
「え?もうこんな時間?ご、ごめん!加藤さんまで授業サボらせちゃって!でも、すごい気持ちいいひざまくらでした!久しぶりに熟睡できて気持ちよかったです。できればまたお願いしたいです。」
焦りながらもひざまくらを要求する舞子がおかしくて、願ってもないその申し出に私は快くOKを出した。
またお願いしたいのは私の方だった。
こうして、舞子と私のひざまくらな関係は始まった。
昼食を食べた後の約15分間。
放課後の約30分。
これが、約1年半続いている私と舞子の二人きりの関係。
あと2年で終わってしまう関係だけど、願わくは少しでも長く続きますように…
高校2年 春。
大学受験の進路が本格化し始めた頃、二人の関係に変化が生じた。
舞子が、臨時生徒会役員に任命されたのだ。
期間は約半年。
任命したのは生徒会長。
男子バスケ部の部長でエース。
学年トップクラスの成績優秀者なイケメン男子生徒。
多少独断専行で横暴なところがあるらしいけれど、強いリーダーシップで部や生徒会をひっぱり、実力も確かな人気が高い生徒だ。
舞子を任命した理由は色々噂されている。
舞子が好きだから、舞子が帰宅部で有能だから。
生徒会役員になったら、昼と放課後にお昼寝する時間なんてなくなるだろう。
クラスも違うので、お昼寝時間がなくなったら私と舞子に接点はない。
私と舞子の時間を奪う、生徒会長が憎かった。
私と舞子のお昼寝時間は、高等部にあがった頃から第3図書室だった。
高等部の敷地にある第3図書室は、昔の蔵書を保管してあるところでほぼ人の出入りがなかった。
本、とりわけ古書が大好きな私は、中等部のころから図書委員として信用を得て、第3図書室の鍵を預けてもらった事があった。
その時に隠れて複製を2つ作成した。
1つは私の。
1つは舞子の。
全ては舞子とのお昼寝時間の為。
敷地内の外れにあり、人の出入りがほぼなく静か。
昔は何か別の事に使っていたのか小さな個室があり、古いながらもソファーや冷暖房が完備されているそこは、二人の内緒の秘密基地だった。
ミニ冷蔵庫を持ち込み、古めのソファーにカバーをかけ、可愛いラグを敷く。
舞子と隠れながら少しずつ部屋を整えている時は、とても楽しかった。
任命されたその日、舞子は来なかった。
その翌日も、そのまた翌日も。
解っていた事とはいえ、とても寂しい。
かと言って、大勢の友人に囲まれている舞子に話しかける事はできない。
舞子も話しかけてくる事はない。
それは、二人の約束だった。
『お昼寝時間以外で接点を持たない。』
私と舞子が初めてお昼寝時間をともにした後、お昼を一緒に食べたり放課後に遊んだり私達は普通の友人のように遊んでいた。
そうしたら、舞子に憧れていたり好意を持っている男子生徒や女子生徒に、私が嫌がらせを受けるという事件が起こった。
「お前みたいなのが舞子に近づくな。」という警告文で、すぐに嫉妬されているという事に気づいた。
けれども、私は舞子から離れなかった。
舞子にも何も言わなかった。
失いたくなかったから。
彼等の不満はすぐに怒りに変わり、私は直接的ないじめを受けるようになった。
すぐに舞子にもばれた。
黙っていた事を怒られ、謝られ心配された。
「私のせいだ。」と泣く舞子。
ああ、だから言わなかったのに。
舞子は泣き顔もとてもキレイだけど、笑顔の方がもっとキレイだから。
そんな事があって、私達は離れた。
舞子は彼らに抗議をしたけれど、全てを押さえられなかった。
舞子は彼らを切って私を選ぶとまで言ってくれたけど、それは私の方から断った。
舞子を独り占めできたらとても嬉しい。
だけど、舞子は皆に囲まれてこそ輝く花だから。
私は、舞子がそう言ってくれただけで、十分満足だった。
そのかわり、お昼寝時間だけはこのまま続けてほしいと頼んだ。
舞子も渋々了承してくれた。
舞子とのお昼寝時間がなくなってから1週間。
舞子は、お昼寝できなくて大丈夫なんだろうか。
あんなに毎日お昼寝してたのに。
夜眠れない、というわけではないみたいだけど、舞子はよく眠る子だった。
私が起こさないとずっと眠っている。
安心して身を預けてくれるのは嬉しいのだけれど、その信頼を時々裏切りたくなって困る。
髪に、まぶたに、頬に、唇に触れたい。
昔は大変だった。
お尻のところに何もかけないで眠るものだから、真っ白な太ももがさらけ出されて、身動ぎしたら下着が見えそうだった。
自制心をフル導引して私は耐えた。
あの頃はまだ名字呼びだった。
「三住さん、お昼寝する時何かかけないの?風邪ひきそうだし下着が見えちゃうよ?」
「加藤さんだったら見てもいいよ?見る?」
スカートを持ちながら私を挑発する舞子。
私が野獣だったら、あの時絶対押し倒してた。
「三住さん!」
「わかったって、ごめんごめん。今度から何か持ってくるよ。」
そう言って、以後羊柄の小さいタオルケットを持ってきた。
「羊柄だから、これでさらによく眠れる。」と言って笑っていた。
そのタオルケットは、今でもこのお昼寝場所に置いてある。
タオルケットを持ち上げ、抱き締める。
この前洗ったばかりだから、舞子の匂いがしない。
「舞子……」
私は、切な気に呟いた。
「彩ちゃーーーん!!!!!」
お昼寝時間がなくなってから2週間後の放課後。
舞子がお昼寝部屋に飛び込んできた。
まさか来るとは思わず+とてつもない大声だった為、私は読んでいた本を落としてしまった。
飛び込んできた舞子は半泣きだ。
「ど、どうしたの?舞子。生徒会のお手伝いは?」
「あんなのもうどうでもいいよ!あの、俺様生徒会長!私からお昼寝時間と彩ちゃんを奪い取って!私は手伝うなんて一言も言ってないのに!むしろ断ったのに!お昼休みや放課後が来る度に生徒会室に連行するんだよ!?酷くない!?逃げようとしても、監視がトイレまでついてくるし!」
…喜んで手伝いをしていると思えば、無理矢理だったらしい。
しかも、お昼寝時間がなくなって大丈夫かと心配してたけど、やはり無理だったらしい。
「お昼寝も彩ちゃん成分も足りない!ふかふかのお布団でもまくらでも座布団でもクッションでも無理!彩ちゃんのひざまくらじゃないと寝れない!」
そんなに欲してくれていたとは、まくら冥利につきるというもの。
「私も、舞子がいなくて寂しかったよ。」
本を片付けて、舞子にひざを差し出す。
「おいで。」
「うわ~い、彩ちゃんまくらだー♪」
ひざに飛び込んできた舞子に、タオルケットをかける。
「あ~、久しぶりの彩ちゃんひざ。やっぱりいい匂い、柔らかい。」
私のお腹側を向きながら、ひざまくらを満喫する舞子。
腰に腕をまわし、私のお腹に顔をうずめながらグリグリしてくる。
とても嬉しいのですが、久しぶりなため理性がとても厳しいです。
そんな舞子の頭を撫でながら、久しぶりにお昼寝時間を満喫する。
すぐに、スースーと寝息が聞こえてきた。
「おやすみ、舞子。」
久しぶりのお昼寝時間をすごした翌日、二人の関係にまたしても変化が生じた。
舞子が、お昼寝時間以外でも私とすごすようになった。
「この2週間で改めて実感した。私には彩ちゃんがいないと無理。他の人いらない。悪いけど、今回は彩ちゃんのお願いでも無理。」
私といる事を非難する人には、「なんで私の友人関係をあなたに指図されないといけないの?」とバッサリ切り捨てていた。
連れ戻しに来た生徒会長とは舌戦を繰り広げていた。
「お前に相応しいのはこの俺だ!そんな女の隣にいないで俺の隣に戻れ!」
「私の彩ちゃんをそんな女!?私の彩ちゃんになんて事を言うの!あんたみたいな傲慢男、お断りよ!」
「その女の何がいいんだ!?ひざか?ひざまくらなのか?ひざなら、俺のひざを使えばいいだろう!お前の為に高級店のオーダーメイドまくらを仕立ててやる!」
「いらないわよ、そんなの!あんたのひざまくらなんてそんな気色悪いもの誰が使うか!彩ちゃんのひざまくらはいい匂いがして柔らかくてちょうどいい高さで、私にとって最高のまくらよ!」
「そんなにいいまくらなのか…くっ!女!俺にもお前のひざまくらを貸せ!」
「あんたなんかに彩ちゃんのひざまくらを使わせるか!清純な彩ちゃんが汚れる!彩ちゃんは私だけのものなんだから!」
こんな、穴を掘って隠れたい舌戦を全校集会の場で繰り広げてくれた。
全校生徒、全教師の前で。
しかも、舞子はがっしりと私の腕に絡み付いていた。
全校生徒、全教師が、彩ちゃんと呼ばれているのは私だという事を認識した。
私のひざまくらがいかに最高かという話を存分にしてくれたおかげで、全校生徒の間で私のひざまくらがトレンド入りした。
ぜひ一度味わってみたいという人が列をなし、「彩ちゃんのひざまくらは私の!」と舞子が嫉妬全開で激怒しつつ追い返していた。
そんな事があったからか、近頃のお昼寝時間は大分長くなっていた。
前は昼休みの15分間、放課後の30分間だけだったけど、暇さえあれば舞子はひざまくらを要求するようになっていた。
授業の合間の10分間でも、1分でも30秒だけでもいいから。とひざまくらをねだりにやってくる。
その場合はいつものお昼寝場所に行く時間はないので教室のすみで。
そのうちに、私と舞子は単なる友人ではなく恋人同士だと噂されるようになった。
…そりゃ、されるよね。
そういう噂がたたないように、私は舞子を諌めていたのに。
生徒会事件があってから、舞子は私のお願いを聞いてくれない。
細かく言うと、私と舞子が離れるようなお願いを聞いてくれない。
私は舞子が好きだから、恋人同士だという噂は嬉しいけれど、舞子は染められちゃいけないのに…
舞子はいつも私のひざまくらに寝転んだらすぐに寝ていたが、すぐに眠らずに私を見上げるようになった。
今も、私の頬を撫でながら私を見上げている。
「私ねー、この角度で彩ちゃん見るのすごい好きなんだよね。すごいキレイ。それに、この角度からの彩ちゃんを知ってるのは私だけだから、私だけの彩ちゃんっていうのをすごい実感する。」
私も、ひざまくらされている舞子を見下ろすのは好きだ。
まつげの長さや鼻の形、唇の形を存分に愛でる事ができる。
「ねえ、舞子。少しは自重しない?せめて、前のようにお昼休みと放課後だけに戻すとか。」
「なんで?彩ちゃんは私が嫌い?迷惑?」
起き上がり、悲しそうな瞳でこっちを見つめてくる。
その顔には弱い…何でもお願いをききたくなる。
でも、今日は負けられない。
舞子のためなのだ。
「嫌いでも迷惑でもないよ。私は舞子が大好きだし、いつもそばにいたい。でも、それじゃ舞子のためにならないの。知っているでしょう?恋人同士なんじゃないかって噂されている事。」
「知ってるけど、それの何がダメなの?」
「舞子…」
「彩ちゃんも私が好きで、私も彩ちゃんが好き。そばにいたい。誰にも渡したくない。自重する必要なんてどこにもない。」
それは、舞子は友情としてだから…
私の『好き。』は舞子とは違う。
言いたくない、嫌われたくない。
気持ち悪いと思われたら…
「言って、彩ちゃんの気持ちを。きっと、私と彩ちゃんの気持ちは同じだよ?私の『好き。』も友情の意味なんかじゃないよ。」
「…え?」
「私の『好き。』は、こういう意味。」
舞子の唇が、私に軽く触れる。
「好きだよ、彩ちゃん。私の『好き。』はこういう意味。彩ちゃんは?」
「わ、私。私…も!」
私は舞子の首もとにすがりつき、キスをかわした。
「嬉しいよ、彩ちゃん。私達、両思いだね。恋人同士。」
恋人同士?
私と舞子が?
「恋人同士が事実になったから噂は訂正しなくていいし、自重しなくていいよね♪」
…あれ?なんか違うような。
すごい丸め込まれた感がある。
「嬉しいなー。これで、彩ちゃんともっとずっと一緒にいられるんだね。」
舞子が私の肩にもたれかかってくる。
その重みが心地いい。
「ねえ、彩ちゃん。大学どこ行くの?これは、できれば嬉しいなっていう私の希望なんだけど…大学生になったら、ルームシェアしない?」
「ルームシェア?私と舞子が?」
「そう。まあ、言ってしまえば同棲。そうしたら、もっとずっと一緒にいられるもん。」
私の手に指を絡めてくる。
なんだか、開けてはいけない扉をあけてしまったような気もするけど、私は舞子が大好きで誰よりも大切だから、あけて良かったんだと思う。
可愛い恋人のお願いは、なんでも叶えてあげたいから。
私は、『YES』の言葉を口にした。