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輪廻の扉  作者: ゑ兎
第1章
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第6話 束の間の空白




-郊外・二子山山腹-




 暗闇を駆ける一つの影があった。

 鬱蒼と生い茂る木々の間を縫うようにして進む。

 長時間動き続けているのか、聞こえてくる呼吸の間隔が早いが、その姿を捉えることは出来ない。


 人影に向かって鋼鉄の弾が飛ぶ。

 人影は前進を寸前で止め、被弾を回避する。

 遅れてパンッという音が遠くから上がった。


 人影は近くの巨木の影に身を隠して呼吸を整える。

 人影の男は大きくため息をついた。

 その呼吸音は通常の人間には聞き取れないほど小さいが、それを聞き取った者がいた。


 影と同化した男の隠れる木にどこからか紙が貼り付けられる。

 赤い文字で書き連ねられているその紙は、貼り付けられると木の周りに六角形の星型を浮かび上がらせる。

 男はそれに気付くが、その時にはすでに星型は地面に没していた。

 星型の光の輪が消えた地面から円形に光の柱が伸びはじめた。

 男がそれに触れる。


 バチィという電撃のような音と共に男の手が弾け飛ぶ。

 男は悔しそうに舌打ちを漏らす。


「その程度の力で俺らから逃げられるとでも思ったか?」

 男の舌打ちに答えるように、声が頭上から響いた。

 木の枝に止まっていた人物は音も無く地面に飛び降りると、男を見つめた。

 双眼は金色に輝いている。


「何故、、、何故俺の居場所が分かる、、、?」

 男の問い掛けに、降りてきた男は答える。

「あまりネクストを舐めるんじゃねぇ。お前が隠れていようと『神の眼』にはハッキリと見えてるんだよ」

 そう言ってネクストを名乗る男は、自分が張った結界の中にいる男の頭のあるであろう空間を掴んだ。


「なぁお前、『アストレア』って知ってるか?」


 周りの空気が(よど)む。

 男の顔はよく見えなかったが、それでも影の男は殺意を感じて戦いた。


「い、いや、、知らない、、、」

 それを聞くと、男は掴んでいた手を離した。

「そうか、残念だ。お前のような使える駒が手に入らないのは」

 そう言って男はフードを被る。


 右腕を横に出すと、手首から下に振った。


 後ろで潰れるような醜い音が響いた。


「...Judgement Punishment code:void...」




 山の尾根伝いを進む男の後ろに足音が一つ。

 男は振り返らずに声を上げた。

「外したな、クリス」


「すまないリディ。神の眼だと視界がぼやける」

 そう答えた女は背中に吊っていたライフルに手を触れた。

 カチャリという金属の当たる音がする。


「だが、あの距離で誤差2ミリ以内というのは、流石狙撃の名手と言ったところか」

 それを聞いたクリスはフッと笑った。

「そんな称賛を貰うようなほどでもきっとセイメイは呆れるんだろうな」

「仕方ないさ。あいつは完璧を目指す。全てはセンセイのためだ」


「センセイの為に私は必ずアストレアを討つ」


 2人の姿は濃霧に消えた。





-a.m.-



 聞き慣れた目覚ましの音で僕は目を開けた。

 枕元に置いてあった目覚ましを止め、上身を起こす。

 薄暗い部屋の中に一筋の光の帯が走っている。

 その先に目を移すと、壁に貼ってあるアニメのポスターのキャラクターと目が合う。

 一瞬ドキリとするが、見慣れたポスターでここが自分の部屋ということに気がつく。

 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。


 ふと背中に風の流れを感じて後ろを振り返ると、カーテンがゆっくりと揺れていた。


 ベッドから起き上がってカーテンに近づくと、窓がほんの少し開いていた。

 欠伸混じりに窓を閉めると、カーテンを開いた。


 高校の制服に袖を通しながら歯を磨く。

 1年以上着倒した制服は丈が短くなってシワがあちらこちらに寄っている。


 家の階段を下ってリビングに入ると、テーブルに座って食パンを片手にテレビを見ている妹の姿があった。

「あ、お兄ちゃんおはよー」


「うん、おはよう。相変わらず早起きだね」

「私が早いんじゃなくてお兄ちゃんが遅いんだよ」

 僕が感心したように言うと、陽菜乃は呆れたように溜息を吐いた。

 そのまま陽菜乃はテレビの方に向き直るとパンをかじり始めた。

 僕はキッチンへ向かい、陽菜乃がいつも作ってくれている朝食を取ってくる。


 僕の親は両親とも朝早くから仕事に行くため、朝は妹の陽菜乃と2人で過ごす。

 昔は一週間交代で朝ご飯を作ろうなどと言っていたのだが、僕は朝が駄目な体質だったため成り行きで今は妹が作っている。


 僕は陽菜乃の隣に座ると、食パンをかじり始めた。

 どちらも何も話さない。しばらくの沈黙の中、テレビの向こうのアナウンサーが淡々と抑揚なく過去の出来事を並べていく。


 どこかの市道でトラックが横転したとかどこかの村が地域おこしでギネスに挑戦したとか、近所の山でまた死体が発見されたとか。


「そういえば、お兄ちゃん昨日遅かったみたいだけど、どこか行ってたの?」

 陽菜乃に不意に質問されて何気なく答えようとする。

 しかし、昨日のことを思い出そうとするが、思い出せない。


 昨日、光祐とレストランで待ち合わせしてから────どこへ行った???


 昨日の朝ご飯だってちゃんと覚えている。


味噌汁の味噌が濃くて少し塩辛かったのだって思い出せる。


 でも光祐に会ってから朝起きるまでの間の記憶だけは抜け落ちてしまっている。

 無理に思い出そうとすると頭痛が走る。


 僕がなかなか答えないので、陽菜乃が心配そうにこちらを伺ってくる。

「、、ごめん、覚えてない」

「え、、、覚えてないって、記憶に無いってこと?」


「うん。昨日の午後が無かったかのように思い出せない。光祐とあった所までは覚えているんだけど、その先はさっぱり」


「そう。じゃあ病院行く?」

 味噌汁を啜ってそれを置く間を考える時間にあてた後、僕は首を振る。

「いや、いいや。多分疲れていたんだと思う。」

「ならいいけど、、、、。お兄ちゃん倒れたりしないでね」


「大丈夫だよ」

 そう言って妹の頭をポンと叩く。

 僕は立ち上がると空いた皿をキッチンの脇に置く。

「ごちそうさま。学校行ってくる」

「行ってらっしゃい。午後から雨だから傘持って行った方がいいよ」

「ん、分かった」

 リビングの扉を閉めると、2階に上がって自室に戻る。

 時間割を確認して忘れ物が無いかを確かめてから家を出た。




 家の最寄り駅で光祐と待ち合わせをいつもしているので、光祐が来るまで駅の壁に寄りかかって待つ。


 ここ柳市は、開発が進められていて交通整備や土地開発が目まぐるしい。

 市外から引っ越してくる人も増えて人口増加が目立つ。

 通勤時間ともなると各駅からは山のように人が流れ出てくる。

 改札を潜る人の流れに飲み込まれないように少し離れたところで光祐の姿を探す。

 しかし、光祐はいつも乗る電車の到着時間になっても現れなかった。

 すでに僕が来るよりも先に学校に行ってしまったのではないかという考えが頭をよぎる。

 すると、駅前の横断歩道を渡って改札へと向かってくるセーラー服と目があった。


 僕は人と目を合わせるのが苦手だ。というより嫌いだ。

 1対1で話をしているのならまだいいが、知らない人と偶然目が合ってしまうと気恥ずかしさに襲われる。

 僕はセーラー服の少女から目を外すと、スマホに向き合った。

 しかし、少女は僕の目の前まで歩み寄ると「あの、」と声を掛けてきた。

 仕方なく目線をあげて話を聞く。


「光祐先輩なら先に行きましたよ」


「え?あ、うん。ありがとう」

 その短いやりとりだけだった。

 少女は僕に一言告げ終わると改札をくぐっていった。

 僕はそれを聞き、空を仰ぐ。


 いつも水曜日は光祐は先に行くんだった。


 日頃のストレスからか、すっかり忘れていた。

 頭を掻きながら僕は改札に向かって歩き出す──1歩を踏み出したところでやっと脳が疑問を発した。


「あの子、誰だ?」


 その呟き声は駅の喧騒に紛れて消えた。




Judgement(ジャッジメント)・・・審判、裁く

Punishment(パニッシュメント)・・・処罰、刑罰

void(ヴォイド)・・・虚無


とても痛い英単語です

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