第5話 新入り
「これが私達、ネクストを討ち輪廻の世界の均衡を保つ者、"アストレア"!」
目の前に立つ女性が両腕を広げてみせた。
「ようこそ、新入りのお二人さん!歓迎するよ!」
そう言って女性は朗らかに笑った。
-祠・内部-
コンクリートの壁で六方向を囲まれた、決して広いとは言えない部屋に女性の声が響いた。
誰も何も言わない。
女性──ソラさんの言葉が当たり前のことかのように、部屋の中にいた人達は肯定的な顔をしている。
「あの、新入りって、、、?」
言葉の意味を確かめようと沈黙を破るが、ソラさんは足音と障子を閉める音で受け流す。
閉められた障子は再びシャランと鈴の音を響かせると、周りと同じコンクリートの壁に変わった。
「みんなを紹介するね、ハルキ、コウスケ」
僕達に投げられたその言葉が、僕ら二人が新入りだという先の言葉を確実なものにした。
「アストレアには2人ずつのグループがあって、それぞれのグループで種が違うんだけど、まず私と同じ鳥類から」
ソラさんはさっき自分がいた輪の端を指す。
指された男性は前に出ると、ふわっとした柔らかい声で自己紹介を始めた。
「ボクはタクト。君達と同じ高校に通ってます。来世はツバメで、聴覚関係の能力を使ったり出来るんだ~」
どこか中性的でほんわかとした口調が特徴的だった。来世のツバメの俊敏さとは程遠い性格という印象をもつ。
次に話し出したのはミナトさんだった。
部屋の中央にあるクリーム色のソファの背もたれに着ていた黒い着物のような服を脱いで掛けた。
横に置いてある灰色のTシャツを着てこちらに歩いてきた。
「さっきも話したが、ミナトだ。忍者服を着てはいるがアサシン、暗殺者だ」
今度はさっきと打って変わっていかにも無口そうな口振りで、孤高の戦士という雰囲気を醸し出している。
ミナトさんが服を置いたのを見たセーラー服の少女がパタパタとソファの方に駆けていき、声を荒らげた。
「ミナト!服は畳んで下さいっていつも言っています!」
言われたミナトさんは若干肩をビクッと震わせた。
少女はミナトさんが脱ぎ捨てた服を畳んでソファの座面に置くとこちらに、今度は歩いてきて僕達の前で止まった。
「はじめましてコウスケさん、ハルキさん!スミハです!私は高一なのでお二人は先輩ですね!来世は探偵で、ミナトさんとチームを組んでます」
そう言うと、少女・スミハはポケットからメガネを取り出すと、それを掛けてニヤッと笑った。
「探偵とは思えない服装だと思ってます?残念、探偵に服装などは関係無いのです!」
スミハはメガネを指で軽く押すと、僕達の顔を順々に見た。メガネ越しに目の奥を覗かれる気持ちにおちいる。
数秒後、ハッと目を見開くと後ろに下がった。
下がり際、ぼそっと何かつぶやくのが聞こえた。聞き返そうとするが、続くスミハの言葉に遮られる。
「こっちの着物は私の妹のマナハ!」
スミハは、戻ったところの隣にいた、短い着物を着た少女の肩に手を置いた。
マナハと呼ばれた少女は頭から獣の耳、後ろの腰からはフサフサとした尾がのびている。
少女はスミハの後ろに若干隠れる
「えと、マナハ、です、、。来世はイヌで、えっと、嗅覚に強い、です、、」
マナハは姉と違って物静かな感じだろうか。
初対面だからか、スミハと違って壁を感じる。
ソラさんは「人見知りなだけだから。すぐに仲良くなれるよ」と言っているが、、、、。
「次は私の番ですね」
さっきから分厚い本を読んでいた少年が本をパタンと閉じると、メガネを掛け直してこちらを見据えた。
「私はのことはアマセと呼んでください。来世はモグラ。空間を作ることが出来ます。この部屋も私が作りました」
どうぞよろしく、とアマセは頭を下げた。
頭を下げた際、アマセの持っていた本の表紙が見える。
「ニュートン、、、?」
そう呟くと、アマセは若干上ずった声で反応を示した。
「ニュートンは私にとって尊敬すべき人物です。彼は今の世界の基盤を築いた偉大な人ですから」
そう言うと彼は近くの机に寄り掛かると本を開き、再び読書にふけり始めた。
皆の並ぶ列の後方からズルズルという何かが這う様な音が聞こえてきた。
アマセが目線だけ上げると誰かに向かって「うるさいです」と呟いた。
それに対して音の主が「すまないっす」と謝った。
謝っていた少年が七人の壁を迂回して前に出てきた。
「はじめまして、ヨシナギと言いますっす。来世はヤドリギっす。能力では主に皆さんの体力管理関係っすね」
そう言ってヨシナギは僕達に握手を求めて両手を差し出した。
その右手を握る。ヨシナギは二人が手を握るのを確認すると、目を瞑った。
どこからか風が吹く。その風はヨシナギの元へと吹いていく。
その風に呼応してヨシナギの身体がほのかに黄緑色に輝き始めた。
やがて、ヨシナギの足元から植物が芽を出し始めると、彼の手からも植物が生え始めた。
その芽は僕達の手にも絡みつくと、花を咲かせた。
僕は不思議な感覚に陥った。さっきまでの戦闘による疲労や日々の生活でのストレスが徐々に和らいでいく、ふわふわとした安らぎを感じる。
少年が再び目を開いたときには疲労感はほぼ無くなっていた。
「こんな感じっす」
そしてヨシナギはグッドと指を立ててみせた。
身長は僕らとそう変わらない、爽やかな感じの印象を持つ好青年だった。
「最後はうちやな」
最後まで沈黙を保っていた少女が口を開いた。
マナハとはまた違った、裾の長い着物を着ている。
どこかの旅館の看板娘とでもいうような見た目で、若干京都方面のなまりがきいている。
「うちはユキ。来世は竹で、能力で分身出来たり剛腕だったりする。どうぞよろしゅう」
ユキはペコリと頭を下げ、ニコッと笑った。
「あの、ソラさん、、」
「これで全員紹介し終わったかな。そしたら──」
「ソラさん!」
三度目に流石に声を荒らげる。
「え、、?」
「あの、さっき僕達を新入りって、、。僕達ここに入るとは言ってませんよ?」
ソラさんは何も言わない。他のメンバーの間にも沈黙が流れる。
短い静寂に少女の声が響く。
「いえ、先輩方はアストレアに入るしかありません」
スミハがぽつりと、しかしハッキリとそう告げた。
メガネを掛けて俯いているためその表情は分からない。
「入らなければいけないって、どうして、、?俺ら来世なんて無いぜ?」
「先輩達は2人とも来世を持ってます。自分の左手を見て下さい」
そう言われて僕と光祐は左手を見る。
その手の甲には黒い幾何学的な模様が浮き上がっていた。
かなり目立つはずなのに今まで全く気が付かなかった。
「その印が浮かぶのは来世を得た人のなかでも稀なケースです。その模様はいずれ消えて見えなくなるので安心して下さい」
「来世を持っているということはネクストに襲われる可能性も格段に上がる。それならここに入った方がいい」
ミナトさんがそう付け加える。
たしかに、来世を持っていても僕らはまだ使いこなすどころか使い方さえ分からない。 アストレアに居ればしばらくは護ってもらえる。
「でも──」
「それに、あなた達は呪われている。白の女王にね」
僕の言葉を遮ってソラさんが言う。
スミハは少し考えて、言葉を選んでいるような難しい顔をした。
「恐らく先輩はネクストを討つために白の女王が連れてきたんでしょう。いつか誰かと来世の話をしませんでしたか?」
今度は僕らが悩む側になった。
誰かと来世の話をした記憶。さっき光祐の話を聞いたくらいしか、、、
光祐が声を上げた。
「前に小学校の卒業アルバムに自分の来世を書く欄があったからそこに書いたくらいかな」
「ハルキ先輩もですか?」
僕は覚えていないが、卒業したときは光祐と同じクラスだったからおそらく書いているだろう。
「そうですか。でもそれだと候補が沢山いることになりますね。何か他に理由が、、」
僕はさっき光祐とした話のことを話した。
それを聞くと途端、スミハの瞳が輝いた。
「いいですね、先輩!やっと全てのピースが揃いましたよ!」
「全てのピース?」
「はい!先輩達の情報はほぼ全て頭にあります。何の来世かまでは分かりませんけど」
「そう、か。結局俺らはアストレアに入らないといけないんだな?」
光祐が聞くと、ソラさんが申し訳なさそうに頷いた。光祐はこちらを向いた。
僕も頷く。
「そうみたい、だね」
ソラさんはそれを聞くと、うんうんと頷いた。
「じゃあ、これからよろしくね!」
少女は暗い部屋に佇む。
部屋の扉に寄りかかって溜め息をつくと、歩き出した。
机の上に置かれた1冊の白いノート。
そこに少女は文字を書き込んだ。
『今日、新しく二人新入りが入ったんだ
どんどん仲間が集まってくるよ
これだけいればあいつを倒せるから
だから
もう少し待っていてね
きっと
いつか 』