第61話 覚醒と分裂
「はあぁぁぁぁああ!!」
僕は腰を落としてイザナミの懐に飛び込んだ。右腕を振り払ってイザナミの腹へ拳を殴り入れた。
イザナミはそれを半身で避けた。僕の体は前方へ大きく崩れた。
僕は足を前に大きく踏み出して、倒れる自分の体を支えた。
さっきよりも2人の間の距離は縮まっていた。
「あれだけ挑発しておいて、あんたは避けるだけしか出来ないのか?」
イザナミに聞いた。
イザナミは見下すような目でこちらを見据えた。
「お前も堕ちた力を使わずに素手とは大した余裕だな」
「あんたには関係無いだろ」
「それは私も同じだ」
「、、、、」
少しの間沈黙が流れた。
僕が新しい力を使わない理由は、使えないからだ。使い方は分かっている。ただ、前世の能力であっても制限というものはあるようで、この能力の場合、自傷しないと発動出来ない様だった。ただ、今自分を傷つけられる物を持っていなかった。
だから、わざと相手の懐に飛び込んだり、今もこうしてイザナミの近くに構えることで傷を作ってもらおうとしていた。なのに、イザナミはただ避けるだけで何も攻撃してこなかった。
「まぁいい。そこまで言うならちゃんと潰してあげよう」
瞬間、イザナミの両手に炎が灯った。服の隙間から覗いていた炎もさっきまでより強く燃えだした。
人類最大の天敵が目の前で牙を向いた。
命の危険を感じた僕は慌てて後ろへ飛び下がった。
『絡め 火柱』
距離を取ろうとする僕を捕まえるように、イザナミから炎の渦が迫ってきた。炎は僕の足首に絡みつくと、螺旋を描きながら心臓の方へ上ってきた。
来世の能力は発動しなかった。
『お別れだ、いい夢を。春輝』
ハルキが言っていた言葉を思い出した。なるほど、お別れとはこういう事だったのか。
そう考えているうちに僕の体は炎に完全に包まれた。
生身で炎に焼かれるのはとてつもなく痛かった。強烈すぎる痛みに声を出すことも出来なかった。
「っ、、ぁ、、、、、、、、!!!!」
口を開くと熱い空気が喉の奥へなだれ込んできた。口の中の水分がどんどん枯れていった。
炎に焼かれながら、片目を少しだけ開けてイザナミを見た。
イザナミは燃える僕を見て勝ち誇ったように目を細めて笑っていた。
それを見た僕は、ため息を漏らした。
*****
(この程度か、、、、)
突如、春輝を取り巻いていた炎が消えた。イザナミが消したかのように思えたが、そのイザナミ当人もさっきまでの細目を見開いて明らかに驚いていた。
「何が起こって、、、、?」
離れていたところから二人を見ていたアストレアのメンバーが誰ともなしに呟いた。
少し近くから燃え盛る炎に焼かれる春輝を見ていた雨瀬は、炎の中、春輝の姿が変化していくのに気付いた。
春輝の身体中の火傷している部分から血液が勢いよく溢れ出た。体の外に出された春輝の血液は、地面に落ちることなく空中に留まり続け、やがて大きな2つの塊になった。
その2つの塊は形を変えて獣の口のようになった。鮮やかな赤色だった血液は、姿を変えるとともに赤黒く変色していき、金属のような光沢を放ち出した。
深い紺色だった髪色は、所々に赤い髪の混ざったものになった。
1度、春輝が地面を真下に強く蹴った。すると、浮遊していた血液の塊は大きく顎を開いた。そして、周りを取り巻く炎を喰らい始めた。炎は見る間に顎の中に吸い込まれていき、ものの数秒で全て消えた。
「バカな、、、、!」
イザナミは明らかな動揺を見せた。
「イザナミ。お前の敗因は僕に傷をつけたことだ」
舞い散る火の粉の中から春輝が出てきた。いつの間にか黒いマントを羽織っていた。後ろ姿だとネクストとそう変わりない。
「フン。それだけの事で私が負けるとでも思っているとは、安易だな」
「この程度なら、な」
春輝は軽く笑った。
雨瀬は春輝の足元が少し揺らいだような気がした。よく見てみるとさっき消えたはずの火の粉が春輝の足元で舞っていた。
「あんたにそのまま返してやるよ。受け取れ」
春輝の足元から炎が上がった。浮遊する顎からも炎が少し漏れている。
「なるほど、コピーか。、、、、面白い」
イザナミも自分の腕に炎を灯して春輝の挑発に乗った。
このまま2人がぶつかれば辺り一帯は炎の海に包まれるだろう。この2人はきっとどちらかが倒れるまでこの戦いを止めるつもりはないようだった。
春輝が腰を低く構えた。イザナミも足を少し開いて、腕を前に構えた。
そして、春輝は再びイザナミに向かって走り出した。
「来い!!」
しかし、春輝とイザナミがぶつかることは無かった。
2人の炎が衝突するまさにその時、雨瀬が2人の間に割り込んだ。
そして、バチンという音と共にイザナミと春輝を別々の透明な空間に閉じ込めた。
「雨瀬、、、、これを解け」
「フック、何のつもりだ?」
邪魔をされた2人の矛先は当然雨瀬へ向いた。
「これ以上ここで争うのは辞めてください。ここは輪廻の世界じゃない」
「だからなんだって言うんだ」
「あなた達がここでぶつかればこの街が消えてしまいます!だからその炎を消してください」
2人はしばらく無言のまま雨瀬を睨んでいたが、2人とも炎を消した。
「、、、、帰ってください」
雨瀬がイザナミに向かって言った。
「私はフックを連れ帰る命令を受けている」
「私は、私は帰りません。それにフックじゃない」
「アストレアを裏切っておいてネクストに帰らないって、あんたはどっちの味方なんだ」
春輝が聞いた。雨瀬は答えようとして、言葉を詰まらせた。そのまま口を2、3回開いたり閉じたりしてから答えた。
「私はアストレアです」
「、、、、そうか」
それを聞いたイザナミは一言だけそう言った。
イザナミはアストレアに背を向けると、炎に包まれてその場からいなくなった。
あとには壊れた春輝の家とボロボロのアスファルト、ぐしゃぐしゃのアストレアが残された。




