第59話 霧が晴れる
『この力を君にあげるよ。名前を呼ぶといい』
僕は音も無くウィルに近付くと、ウィルの腹に静かに拳を突き入れた。
『才智万華』
「消えろ、夢幻の霧!」
ハルキが呟いたのとウィルが叫んだのは同時だった。僕の拳はウィルの腹の中に消えていった。
僕の能力ではウィル自身の霧化は無効には出来ない。
失敗した。そう思った。
ウィルは顔を苦悶に歪めた。
「何で、、能力が使えない、、、、の、よ!!」
ウィルが血を吐き出した。
「何で、、よりによって今なのよ、、、、!」
『シェイクスピアのコアは半分欠けていたよ。コアが欠けたりしてると能力が使えなかったりするみたい』
「嫌だ!嫌だいやだ!まだ死にたくない!私はまだ、、、、!」
「まだ生きていたい!!」
ウィルの目には涙が溢れていた。悔しさ、恐怖、憎しみ、色々な感情が混ざりあった表情だった。
僕が穿った腹部を中心に、ウィルの体が霧になっていく。ウィルは消えていく自分の体をかき集めるようにして腕を振り回した。
「先輩!?何が、、いや、何をしたんですか」
ちょうど今現れた純葉が問い詰めるような口調で聞いてきた。
僕が答えるよりも先にウィルの手が動いた。霧になったウィルの体が純葉達アストレアのメンバーに襲いかかる。しかし、その霧は純葉達に近付く度に根元の方が消えていく。
ついにウィルはアストレアメンバーを包むことなく、悲鳴にも似た咆哮を上げて消滅した。
それと同時に光祐と雨瀬が戻ってきた。
「何がどうなってんだよ、、」
光祐が呟いた。僕はさっき約束したので説明をしようとした、その時、突然両足に力が入らなくなった。
「うっ、、、、」
僕は膝をついて地面に倒れた。
頭を金槌で殴られているような鈍い痛みが何回も襲ってくる。頭を押さえつけようとしたが片手しかないため痛みが和らぐことは無かった。
視界が黒く塗りつぶされていき、どんどん見えなくなる。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。このまま破裂するのではないかというほど心臓は全身に血液を送り出している。
ふいにハルキの声が聞こえてきた。
『僕はここまでしか一緒に居られない。後は君自身がどうするか、だよ。君の心の灯が消えるわけじゃない。君の願い、魂の叫びはきっと届くはずだから。だから、それまでは、おやすみ』
黒く染まっていく自分自身を間接的に感じながら、僕は静かに目を閉じた。
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陽菜乃は声を出すことが出来なかった。それは、陽菜乃だけでなく他のアストレアのメンバーも同じだった。
春輝がウィルに殴りかかって2人が消えてから陽菜乃はしばらく部屋に留まっていた。
今外に出たら他のネクストに襲われるんじゃないかと怖くなった。陽菜乃の能力は戦いに全くと言っていいほど適していない。応用のしようによっては戦えるのかもしれないが、すぐには思いつかなかったから止めた。
しばらくして春輝とウィルが戻ってきた。戦いに参加出来ない陽菜乃は家の窓からただ見守っていることしか出来なかった。
春輝が吹き飛ばされたときも、片腕を失ったときも、春輝がウィルを殺したときも。
春輝が地面に倒れる中、駆けつけたアストレアの誰かが呟いた。
「始まった、、、、」
「何のこと?」「終わったんじゃないの?」
そんな疑問が頭の中を駆け巡った。その答えはもう既に知っていた。だけど知らないふりをしたかった。「嘘」で自分の心の弱い所を塗り固めようとした。
でも、ヒナノはそれを許さなかった。現実から背けて造った「嘘」を全て剥がし取って「事実」を突きつけてきた。
『春輝は殺人者だ。もうお前の兄はいない』
春輝が自分の血液に飲み込まれていく様を、陽菜乃はただ立ち尽くして見ていた。




