第58話 狼狽と覚悟
霧を抜けるとそこは僕の家の前だった。僕の少し先にウィルが立ってこちらを見ていた。
「何でいつもお前なのよ、、、、!いつもいつも私の邪魔ばかりしてきて!」
「お前らネクストが何もしなければ僕らが関わることは何もないんだよ!」
「私達が何をしようとお前達には関係無いでしょ!」
「お前達のことを放っておいたら輪廻の世界が崩れるんだよ!!」
僕の言葉を聞いたウィルはハッと鼻で笑った。
「来たばっかりのお前がそんなことを言うとは笑わせる。何も知らないくせに」
「命令の通りに動いているだけよりは自分で正義感を感じて行動する方がよっぽどマシだと思うけどな」
ウィルは歯を強く噛み合わせて僕を睨んできた。
「うるさいうるさいうるさい!!お前なんか消えてしまえ!!!」
ウィルがこちらに向かって走ってきた。両腕は霧に隠れている。
「無駄だ!僕には効かない!」
「そんなこと!知ってるに決まってるでしょ!!飛ばせ、夢幻の霧!!」
「!?」
ウィルは僕に接近しながら腕を振った。腕に纏っていた霧が僕の周囲に広がった。僕を消すための霧かと思った瞬間、僕は霧の中から押し出され、近くの塀に叩きつけられた。
「うぐっ、、!」
「まさかその程度とは言わないでしょうね!」
ウィルはさらにもう片腕の霧も振った。さっきよりも近距離からの攻撃を、四つん這いのまま這って逃げてかわした。
低い姿勢の状態から地面を強く蹴った。加速しながらウィルの腹に拳を突き込んだ。ウィルはそれを当たり前に手のひらで受け止める。
「バカにしているの!?」
「まさか」
僕は踏み込んでいた片脚を支点にして回った。そしてもう片足のかかとをウィルの脇腹に蹴り入れた。硬いものが折れた音がした。
「い゛っ、、、、!!」
ウィルは腹部を抑えて数歩、後ろへ後ずさりした。
「カハッ、、、、!」
ウィルが口に当てた手を離すと、その手には赤い血がべっとりと着いていた。
「クソがっ、、、、!」
血で真っ赤に染まっている手を伸ばして僕に掴みかかろうとした。僕はその弱々しい手を軽く振り払った。
「お前の負けだ。諦めろ」
その僕の言葉にウィルは顔を上げて吠えた。
「これくらいで終わるわけないでしょ!!」
今度はウィルの手が僕の腕をしっかりと掴んだ。ボサボサに伸びたウィルの前髪が大きく揺れて、隠れていた右目が露わになった。
「う、、」
その右目は全体が赤く染まってどこか虚空を見つめていた。全体的に大きく歪んでいる。光の反射は無く、輝きを失っていた。
僕が潰した右目だった。
『春輝、春輝!ハル──!』
体が重くなった。それまでどこかに置き忘れていたモノが戻ってきたように、失くしていた"心の重み"が帰ってきた。
そして、僕の左腕がウィルの掴んでいた所を境にして引きちぎれた。
繋がりを失くした左腕は重力に従って地面に音を立てて落ちた。
「あ、ああ、、ああぁぁぁぁぁあ!!!!」
溢れ出た鮮血が落ちた左腕にかかる。
一瞬のことだった。ウィルの右目を見てしまったことで能力が切れた。そして、腕が落ちた。たったそれだけの事がきっかけで僕の能力は途切れてしまった。
痛い
痛いいたい
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
忘れていた痛みがドッと襲いかかってきた。全て投げ出して走り出したくなった。何もかも忘れてしまいたくなった。
そして、目の前の存在を消してしまいたくなった。
残った右手を強く握った。能力が使えなかったのはさっきのあの一瞬だけのようで、今はしっかりと力がこもっている感覚があった。
『止めた方がいいよ。それをしてしまったらもう戻れなくなる』
もう1人の自分が僕に話し掛ける。
「もう何をしても後には引けない。もう元には戻らないんだよ」
「アンタ何でそんなになってまだ立ち上がるのよ、、!」
ウィルは狼狽えていた。
『もうこんなに黒くなってる、、。僕だけでは対処出来ないよ』
「いいよ、それで。もうそれでいい。僕は疲れた」
来世のハルキは溜め息を吐いた。
『、、、、分かったよ。それならこの力を君にあげるよ。呼ぶといい』
ハルキの声は聞こえなくなった。その代わり、右手に温かいものを感じた。
僕は音も無くウィルに近付くと、ウィルの腹に静かに拳を突き入れた。




