第15話 初陣の先へ
扉を開けたものの、そこには誰もいなかった。
その光景に崩れ落ちるハルキにクローはフォローを入れる。
しかし、そこに新たな人物が現れた。
「なぁ、お前ら『アストレア』って知ってるか?」
何故かは分からないけれど、この男に本当のことを話してはいけない気がした。
「いや、知らないな。初めて聞いた」
そう言うと、男はまるでこちらの嘘を見透かすかのように目を細めて笑った。
「へー。その割にはお前らの会話の中で『アストレア』だとか『僕らの仲間』だとか煩かったなぁ?」
身体中の筋肉に緊張が走る。
「な、、!?」
「俺の領域に入っておいてそんなに無警戒に自分らの話した奴は初めてだぜ?」
男は声を上げて笑った。
「お前は、ネクストか?」
「はっ!能力も使えないやつと猫のように引っ掻くだけの嬲りがいの無い雑魚に教えるような馬鹿はいねぇよ」
僕らの会話の内容を盗み聞きし、それを使って嘲笑ってくる。
僕は自分の頭に血が上っていくのが分かった。
「おい!お前──」
「止めろ、戦っても勝てない。逃げるぞ」
「でも、、、、!」
「いいぜ、来いよ!少しくらいなら遊んでやるぜ!!」
男は両腕を広げた。
すると、男の体を取り巻いている黒い霧のようなものは男の周りに薄く広がっていき、横に並んだ3本の輪を作り出した。
男は両手を勢いよく合わせた。
パンという音と共に黒い輪はそれぞれ12等分され、その一つ一つが紙の札に変わった。
「『 Punishment code:Blizzard』」
男が呪文のようにそう呟くと、男の周りにあった紙札がこちらに向かって飛んできた。
紙札は男と僕の間を最短距離で向かってくる。
僕が横に逃げると紙札も向きを変えて追ってくる。
能力も何も無い僕にそれを防ぐ術は無かった。
「もう止めろ」
僕と紙札の間にクローが割って入った。
クローは僕らに向かってくる紙札を爪で全て引き裂いた。
「お前に対抗することが出来ないのは分かっただろう。もう逃げるぞ」
クローにそう凄まれて僕は返す言葉も見つからなかった。
事実、今の攻撃でさえ自分で止められない僕に勝ち目など皆無だ。
「、、、、はい」
僕は闇に巻かれた男を1度見ると、向きを変えて少し先にいるクローへ向かって走り出した。
しかし次の瞬間、クローは立っていたところから2mほど横にある木に体を打ち付けられていた。
「ぐっ、、!!」
「お前は邪魔だ」
「クローさん!?」
クローが立っていたところにはさっきの男がいる。
男は片足を前に伸ばして立っていた。
その立ち姿からクローがその男に横から回し蹴りを入れられ吹っ飛ばされていたことが分かった。
僕は走ってここまで来たのだから、少なくとも5m以上は離れているはずだ。
それに、この男は送電所の前で立っていたからさらに距離はあった。
まさか今の一瞬でこの距離を詰めたというのか?
何も動くことの出来なかった僕を、男は僕の髪の毛を掴んで引き寄せた。
「俺の結界内では俺が一番強い。お前らが逃げられるわけないだろう」
至近距離で見下ろすような目でそう言われた。
「、、、、さい」
「あ?」
「うるさい、、!お前みたいなやつにアストレアが負けるわけないだろ!」
これは賭けだ。
男がここでどう出るかで僕らの生存は決まる。
このまま僕が刺されれば動けないクローも死ぬ。
僕を離せば僕らは生きられる。
普通ならこのまま刺されて終わりだろう。
だか、こいつは恐らく感情で動くタイプの人間だ。
僕の挑発に流されれば離すはずだ。
それにもう1つ、確証はないがこのままでは僕を殺すことは出来ないという予想もあった。
果たして、男は僕の髪の毛から指を解いた。
男の腕に掛けていた全体重が重力に従って地面に吸われる。
尻もちをついた僕に向かって男は言い放った。
「そこまで言うなら俺より強い『アストレア』のお前を殺してお前の言葉をすべて否定してやるよ!!」
もちろん僕に戦う気は無い。
クローにも言われ、僕自身勝てないことは分かっているからだ。
僕は木にもたれ掛かって倒れているクローの元へ走り、立ち上がるための手を貸した。
「お前、殺されるぞ、、?」
「そんなことより、早く」
僕らの所には再び紙札が迫っていた。
さっきより明らかに数が多い。
「俺らの拠点はこの尾根の先にある。今の体ではそんなに走れない、先に行くんだ」
「させるかよ!」
クローの指差した方向に紙札が回り込んでこられ、僕らは進路も退路も断たれたかに見えた。
しかし、クローが能力で破りすてようとしたとき、その大量の紙札は白い煙に巻かれたように、白い霧状になって消失した。
何が起こったのか分からなかった。
僕らを切り裂こうとしていた紙札が1枚も1片も残さずその場から消えたのだ。
まるで元からその存在が無かったかの様に。
最初に叫んだのはクローだった。
「今のうちだ、走れ!」
遅れて男の声が響く。
「ウィル!てめぇ!!」
僕らにではなく、どこか宙に向かって叫んでいる。
僕にはそこに何がいるのかは分からなかった。
男の見る先を探そうとしたとき僕らと男の間に白い霧がかかる。
その霧はとても濃く、霧の向こうを見ることは出来なかった。
【貴方は少し頭を冷やしなさい、リガルディ】
それは声というよりも振動だった。
耳を経由して入る音ではなく、脳を直接振動させる波。
この声も僕らに当てられたものでは無いのだろう。
「攻撃が止んでいる今しかない!早く!」
もう1度クローに言われ、僕は走り出した。
「そのままずっと尾根を辿ればいずれ着──」
クローの声が聞こえなくなった。
振り返るとクローの姿はどこにもなく、ただ白い霧が辺りを覆っていた。
僕は言われた通り、二子山の山頂から横にのびる尾根を駆けていった。
Blizzard・・・吹雪