第13話 罠
朝でも暗い山の中を走り抜ける。
鳥の声は聞こえない。
木々の葉を揺らし落とす風も吹かない森の中は、まるで山の服中にでも収まったかのような気味の悪さを醸し出している。
自分の息を吐き出す音と枯葉を踏む音を立てながら笹薮を駆ける。
一緒にここまで来た仲間はどこにいるのかもう分からない。
生きているか逃げているか戦っているか、死んでいる。
「くそッ、、、、!」
苛立つ僕の声に反応して近くの笹が揺れる。
「、、、っ!?」
先のことを思い出して咄嗟に身構えるが、草むらから出てきたのは野ウサギだった。
あいつらではないと分かって胸を撫で下ろしかける。
しかし、さっきアマセの言っていたことが脳裏に蘇り、ウサギから慌てて距離をとる。
『結界内の生き物、動物には近づかないでください。それらは生きていませんから』
案の定、そのウサギの姿をしたモノは僕に向かって走ってきた。
さっきまで逃げていたため、まだ呼吸が整わず再び逃げ出すことが出来なかったので、向かってくるウサギを蹴り返すことでしか自分を守ることが出来なかった。
飛んで行ったウサギは木に強打し、砂の山となって地面に落ちた。
このウサギもアイツらが作り出したものなのだろうか。
その場から少しでも離れようと麓の方へと下りながら歩いて行くと、ちょっとした窪みを見つけた。
周りから1mほど下がっているため、しゃがんでいれば隠れることは出来る。
襲われたときに逃げられないことを覚悟でその窪地で体力回復をすることを決めた。
一体何故こんなことになったのだろうか。
-2時間前-
「ちょっと、、!皆速いから!待って!」
自分で「行こう!」とか宣言しておいて、周りから大幅に遅れている。
僕も全力で走っているつもりなのに全然追いつけない。
それどころか差が開いていく一方だ。
地味に文系ぽい探偵にも、明らかに文系な偏読書家にも先を行かれる始末だ。
普段ろくな運動をしていないうえに、その久しぶりの運動でこの傾斜疾走は無理があると思う。
そんなことを言っても誰も待ってくれないだろうし、運命も待ってはくれない。
ブツブツ考えていても脳に酸素が行って余計に疲れるだけだ。
何も考えず、今はただ走ろう。
山頂はやはり前に来たときよりも荒廃していた。
とは言ってもそこまで無残ではなく、ただ枯れ葉で地面が埋め尽くされている程度だ。
空は麓では晴れ渡っていたのだが、ここでは、というより結界に入ってからずっと黒い雲に覆われている。
陽の差し込む隙間のないほどの空模様と、それに比例して僕の気分も下がる。
山頂では先に到着して僕のことを待っていた皆が円になって何かを見ていた。
呼吸を整えてからその輪に加わる。
「何を見てるの?」
スミハが横目でこちらを確認すると、簡潔に答えた。
「二子山の地図です」
確かに、その紙には山の名前といくつもの曲線が引かれている。
「ミナトは送電所は山頂にあると言ってましたけど、実際には少し離れてますね。もう少し進みましょう。先輩、大丈夫ですか?」
スミハは心配そうな、そしてどこかで笑っているような顔で聞いてきた。
「もう休んだし大丈夫だから、急ごう」
「そうっすね!」
ヨシナギが腕をまくりながら同意した。
到着した送電所は辺りよりも一層死んでいる空間だった。
送電するための鉄塔や変電のための電線が入り乱れている。
その設備の横にそこまで大きくない建物があった。
2階は無く、床面積もそこまで広くはなさそうだ。
「なんか、不気味だね」
ここに来世保有者がいるにしては静かすぎる。
とてもではないが人が生活している様な雰囲気はない。
「中入って確認してくるよ」
送電所の周りを囲うフェンスが1箇所だけ途切れている所があった。
そこから中に入って建物の扉に手を掛ける。
鍵は、かかっていなかった。
ノブを回して扉を引くと、中から冷たい風が溢れ出した。
後ろから足音がしたので振り返ると、皆もこちらに歩いて来ていた。
「中には居ないみたい」
部屋の中はガラス瓶の破片や無数の書類が床に散乱していたり、天井の壁が剥がれかけたり壁紙が焦げて黒くなったりしている。
とてもではないがここで生活などできようもない。
二子山の管理が行き届いていないのか、ネクストの仕業なのかは分からない。
左手の方向にもう1つ部屋があったのでもう少し奥まで行こうとしたその時、突然マナハが叫んだ。
「危ない!!」
その声を合図にしたように、建物内で物音がした。
一瞬遅れて外から足音が聞こえる。
マナハがこちらに手を伸ばして駆け出そうとしていた。
だか、その場所から僕のところへは5mほどある。
何かが起こったときにはどうすることも出来ない距離だ。
さらに、その姿を掻き消すように扉が閉まった。
部屋の中の方に向き直ると、男の姿をした泥人形が銃を片手に構えていた。
息を呑むのと銃声が辺りに響くのは同時だった。