第10話 ハルキの決意
朝5時ー
爽やかな青空。
思わず「夏だ、、」と声が漏れるような澄み切った空、高いところに雲が浮いている。
いつもより早く目を覚ました僕は1階のキッチンでトーストを温める。
トースターが上がるのを待ちながら洗面で顔を洗って寝癖を整える。
欠伸混じりに整えた髪の毛をワシャワシャと掻くと、遠くでトースターがチンと音を立てた。
パンの飛び上がる音も聞こえてくる。
トーストを齧りつつ、今日今後のことについて考える。
今後から、1年以上休むことなくこなしてきた高校への登校をしないことが増えるだろう。
その第1日目が今日だ。
皆勤賞を逃すという悔しさが残るが、世界を変えるという使命があると自分に言いねじ伏せる。
そう、僕は、僕らは"世界を変える"。
世界を救うのだ。
今僕らが生活している世界の裏にあるもう一つの地球。
その世界を掌握しようとしているネクストを追い払わなくてはいけない。
いけないのだが、
「、、、、なんだこれは」
昨日帰るときに純葉に渡された黒い袋。明日の戦いで学校の制服は動きづらいし汚れるからと言って渡されたその袋を開けると、何やらフリルのついた全体的にピンクと形容できる服が出てきた。
大目に見ても戦闘服とは言い難く、どちらかと言えば魔法少女のコスプレと言った方がしっくりとくる見た目だった。
純葉への軽い怒りを覚えつつ、クローゼットから無難な黒いパーカーと膝よりは長い半ズボン──服にこだわりはないから何という種類なのかは分からないが──を取り出す。 適当なTシャツを着てパーカーを羽織る。
服のチョイスに時間は掛からない。
何も飾らない服装は静かな性分の僕にはしっくりとくる。
陽菜乃が起きてくる前に家を出る。
学校に行かないと聞けばきっと癇癪を起こすからだ。
そうなっては面倒なので今は出くわさないようにしなくてはいけない。
古く黒くなった木目調の扉のノブに手をかける。
手を置いたところでふと思い立って自分の部屋へ引き返す。
部屋の真ん中に鎮座している黒い袋、もといコスプレ服を引っ掴み肩に背負う。
リビングのダイニングテーブルに、今日は遅くなる旨を書いたメモが置いてあるのを確認してから再度玄関に立つ。
今日で見るのが最後になるかもしれない家を改めて見回す。
僕が生まれたときから住んでいた家は自然をコンセプトにした木を沢山に使ったデザインで、20年弱を経過した装飾壁は手跡や傷で古びていた。その跡一つ一つに僕の思い出が詰まっている。
扉に走った大きな傷跡を撫でた時、2階で扉の開く音が聞こえた。
陽菜乃が起きてきたのだ。
僕は慌てて玄関の鍵を開ける。
「お兄ちゃん、、?」
鍵の音に反応した陽菜乃が寝起き声で僕を呼んだ。
陽菜乃が階段から顔を覗かせる前に僕は玄関から飛び出ると、走れる限りの勢いで住宅路を、駆け抜けた。
いつもより早い時間の電車内は、普段と違って制服を着た高校生の姿はほぼ無い。車内の高校生は勉強好きか、学校好きか、どっちかは知らないけれどホームルームの始まる1時間前から教室にいる人達くらいだろう。もしくは学校をサボって出掛ける不良、、、、。
サボりを否定するつもりは無いが、別にサボりたい訳ではない。ただ、休まないといけない大きなコトがあるからだ。その場所にもう着く。
家からさほど遠くない所にある高校を選んで通うことにした。だから、高校生になっても中学生のときの行動範囲から大きく広がったりすることは無かった。
駅の改札を抜けて南口に回る。北口は大きなバスターミナルと、ターミナルを挟んだ向かい側に家電量販店が建っている。線路と十字に交差している幹線道路は夜でも車通りの多い片道二車線になっている。幹線道路から西側に線路と平行に進む道は、車の通りを1通に制限して左右に商店街が立ち並んでいる。八百屋も百円均一も駄菓子屋も、下町に残る店たちは再開発に伴って全てそこに押しやられた形だ。駅ビルにも食品は売っているが、はっきり言って路地を入って八百屋で買ったほうが安い。光祐がバイトをしている間に野菜やらを家に買って帰ることもたまにある。
一方の南口、は何も無い。駐輪場とコインランドリーとロッカーくらいしかない。あとは全部住宅街と小さな森に囲まれた小さな神社。北口側の発展具合からしてこっちも開発されるだろうと思っていたのだが、そんなことは無かった。住宅地にポッカリとできた森と神社も無くなって民家になると思っていたが、どうやら土地神様が眠っているらしく壊せないらしい。
そんな神社へと僕は朝っぱらから足を伸ばす。光祐はまだ来ていないようだったので近くの木に寄りかかってスマホをいじる。
しかし、光祐は待ち合わせの時間になっても現れなかった。一抹の不安とデジャヴを感じてスマホを持つ手には自然と汗をかいていた。
20分程経っても光祐は来なかった。これ以上待っていても来る気配がない。光祐には悪いが、先に中に入って待っていることにする。
一昨日と昨日はここに入るのに星海さんや純葉が繋ぐ扉を開いてくれたから入れたが、果たしてまだ何の能力も無い僕でも入ることが出来るだろうか。
そんな心配をしながら神社の障子戸に手を掛ける。扉はびくとも開かない。引っ掛かりを感じるというよりは、ただのコンクリートの壁のヒビ割れに手を掛けて横に引こうとしているみたいな感覚だ。どこかに仕掛けがあるのかと、扉に軽く手のひらを当てて触ってみる。すると、前回にも聞いた鈴の音が鳴った。続いてピーっという電子音の後に女性の声。
「生体認証。島野春輝ー能力未発現。認証完了。使用許諾します。ロックを解除」
星海さんと似た声だが、星海さんよりも落ち着いた雰囲気でより透き通った声だった。
その声で僕の使用許可が降りたことを理解する。再び扉に手を掛けると今度は抵抗無くすんなりと開いた。少し温かい空気に体が包まれる。扉を勢いよく閉める。木枠同士がぶつかる音の後に再び鈴の音が鳴り響く。障子越しに入ってくる光が明るくなる。扉を開くと、ソファに座ったソラ、タクト、スミハ、その背もたれに半分隠れたマナハ、壁に寄り掛かるミナト、丸椅子に座って机に向かうアマセとその横に立つヨシナギがいた。