第8話 おかえり、そして
放課後になると学校はより一層騒がしくなる。
部活をする声や家に帰れることへの喜びの声、特に何かあるわけでもないのに教室に残ってただ騒ぐ声。
僕らはどれにも属さず学校が終わると駅に向かう。
自宅のある最寄り駅の手前で電車を降りると光祐はバイト先のレストラン、僕はそれが終わるまでの時間潰しに書店や家電量販店をうろつく。
そうして光祐のバイトが終わるとまた電車に乗り、家に帰る。
そんな生活を日々繰り返していた。
だが、そんな日常は昨日を境に終わった。
僕らは授業後、教室に残って純葉が来るのを待っていた。
「光祐は来なくてもいいのに」
「俺だって昨日何があったかは知りたいんだよ」
「バイトはいいの?」
「今日は休むってさっき店長に連絡した」
光祐は自分のギターを買うためにバイトをしている。
高1の半ばで陸上部を辞めてまで行くようにしていたバイトを休むということは、光祐にとってもよほど重要な事なのだろう。
光祐は自分の意思は固く、そうそう自分の意見は変えない。行くなと言ったところで光祐はついてくるだろう。
純葉が教室にやって来るまでに30分経った。
今日これから会う予定の人達と連絡を取るのに時間がかかったらしい。
外は雨が降っていた。
土砂降りという程では無いが、校庭を使う運動系の部活が休みになるには十分な雨量だ。
雨が傘を叩く音を聴きながら前を行く純葉の後ろを追う。
駅に近づくほど雨は激しく降るようになった。
視界はだんだんと白くなっていく。
電車内はそこまで混んでいなかった。
各車両にいくつか席が空いているという感じだ。
時刻はまだ4時を少し過ぎたくらいだ。
会社員が帰宅するにはまだ早すぎる時間だ。
僕はドアに寄りかかると、後ろに流れていく景色をボーッと眺めた。
窓ガラスを雨が強く叩く。
誰も何も喋らない。まるで、嵐の前の一時の静けさの様に。
昨日も降りた光祐のバイト先のある駅で今日も電車を降りた。
純葉は改札を出ると、線路を挟んでいつもと逆側に僕らを案内した。
いつもは商店街がある方へ行くためこっち側はあまり来たことがない。
純葉は住宅街の開けたところに建つ神社の敷地に入っていく。
こんな場所に会わせたい人というのがいるのだろうか。
社殿の階段を上ると、純葉は入口の閉まっている障子扉を開けた。
生暖かい空気が外に漏れ出てくる。
外の肌寒い空気と混ざりあって僕の体を包んでいく。
「入って」
純葉は僕らを中に案内する。
部屋はそこまで広くはなく入口の反対の壁際に小さな仏像が置いてありその手前にはちょっとした供物が供えられてある。
純葉は入ってきた襖を勢いよく閉めた。
障子の木枠同士がぶつかってピシャという気持ちの良い音が鳴り響く。
どこからともなく鈴の音が聴こえてくるかと思うと、社屋の外が雨の降る音から人の話し声へと変わる。
障子に近づくと外の話し声が一層大きく聞こえるようになる。
純葉が外に出てと言うので扉に手を掛ける。
障子を開けると眩しい光が目に飛び込む。
外の話し声が途切れる。思い切って外に足を踏み出す。
木造の階段の軋む音はしない。
明るい光に目が慣れると、そこには4人がその"空間"にあるソファに座っていた。
一番右に座っていた女の人が僕と、光祐を順に見る。
そして幸せそうな笑顔をした。
「おかえり」
その笑顔と、声と、優しさを見た途端、僕の目に涙が溢れた。
「だ、大丈夫?!」
女の人、いや、ソラさんが心配そうにこちらを見つめる。
「すみません先輩。いきなりこんなところに連れてきたりして、、」
純葉も申し訳なさそうに頭を垂れる。
僕はその頭に手をポンと置いてあげる。
「大丈夫、思い出したから。あなたの、ソラさんの声が懐かしいような気がして。そしたら昨日の記憶が1度に押し寄せてきて」
気が付いたら涙が出ていた。
「俺も、完全にではないけど思い出しました」
それと、「男がそんなんで泣くんじゃねぇ」
そう言って光祐が僕の背中を叩いた。
叩かれた背中をさすりながら言葉を紡ぐ。
「でも、すいませんでした。大切なことなのに忘れたりしてしまって」
そう謝ると、ソラさんは両手を横に振ってフォローに入った。
「気にしなくていいよ。今までもみんな同じ状況になったことあるから。ここの世界は空気が向こうと少し違うから、その狂気に当てられたり脳に1度に負荷がかかって記憶が飛んでるだけだから。」
フォローをしてくれたのはありがたかったが正直、言葉の内容が身体的なもので、恐怖を感じた。
改めてアマセが創ったという部屋をぐるりと見回す。昨日はあまり気にはしていなかったが、僕らが通ってきた出入口の障子が出現する壁の反対側の壁、その左端にクリーム色をした扉が1つとその左右の壁にも扉が1つずつ付いている。
「あの、あそこの扉は何ですか?」
入口の反対の壁の扉を指さす。
「そこはトイレ。その左は部屋の扉。右の扉は超空間への出口。そこだけは開けるな」
「何でですか?」
「アマセが言うにはこの部屋は元の世界とも輪廻の世界とも違う、異次元空間に創られているらしい。だから、迂闊にその空間に足を踏み入れればお前の意識諸共戻ってこれなくなる」
ミナトさんは諭すように僕に教えた。
右端の扉に近づかなければ問題ないだろう。
「さて、2人の記憶が戻ったところで1つ報告があります」
スミハが部屋の端に歩いて行き、部屋の電気を消した。窓の無い部屋は真っ暗になる。何が始まるのだろうと見えない周囲を見回す。
間もなく部屋の一辺が明るく光った。どこからか光が当てられてプロジェクターの様に映像が流れる。それは、今朝家で見たニュースの一部分の録画のように見えた。しかし、映像の端に番組の見出しや字幕などはなく、ニュースでは放送されていない部分の映像もあった。
「これは?」
光祐が聞くと、ソラさんが頷きながらそれに応えた。
「うん。今朝のニュースで見たやつだね。たしか近所の山で死体が見つかったとかの」
その言葉に補足するようにスミハが話し始める。
「ソラ以外の皆も見たかもしれませんが今朝、二子山で死体が見つかりました。そのニュースを聞いてからマナハと現場に行ってみた結果、ネクストの犯行と分かりました。今見てもらったものは、現場から見つかった手がかりを元に私が推理した事件の状況を映像化したものです」
「そんなことも出来るのか」
「映像化してくれたのはアマセです。この空間はアマセの支配下なのでそれ位のことはたやすいと言ってました」
そう言われて改めて部屋を見回す。映像を投影するような装置は見当たらず、本当に壁がテレビになったかの様だった。
流れている映像はかなりリアルで、事件の一部始終を録画していたと言っても疑われないほどの出来栄えだった。
2周目にはいったその映像を見たとき、あることに気が付いた。
「これ、殺したのってあの土の人形ではないんですね?」
「はい。犯行現場からは大量の魔術霊力が検知されました」
「気持ち、、悪かった」
マナハが口を抑えてそう呻いた。マナハの腰から生える尻尾がぱたぱたと弱々しく動く。
「魔術霊力ってなんだ?」
光祐が尋ねる。
「魔術霊力は、名前の通り魔術を使用した際に発生する、簡単に言えば鱗粉の様なものです。ネクストの組織の者は"神の眼"という特殊な力を保持しています。どのようなものかは不明ですが、恐らく潜伏系の来世の力は無効だと思われます」
「あの土人形はその眼を持っていないの?」
「土人形はネクストのメンバーの誰かが生成していると思うんだけど、昨日君達が襲われた付近に魔術霊力の反応は無かったから多分持ってないんじゃないかな」
ソラさんはさっきまでの優しい声とは違って真剣な顔で答えた。
「ソラさんも魔術霊力が分かるんですか?」
「私はハヤブサだからね。空気の淀みとか汚れには敏感だよ。それと、敬語は要らないよ。ソラ、ミナトでいいから」
「分かり、、、了解」
了解と言い直してみたが、僕の性格的に内向的な面が多いため、歳上に敬語ナシはキツイかもしれない。それでも少しは努力してみようと決めた。
「スミハは僕達に敬語だけど?」
「私はー、癖というか性格です」
「じゃあ僕も敬語でいいや、、」
「男のくせに内気ですねー」
スミハが口元に手を当てて僕をせせら笑う。
「、、、、分かったよ、タメ口で話せばいいんだろ」
さよなら僕の静かな性格、、
敬語の話をしていたら本線から話が脱線してしまった。
「結局のところ、僕らはこれから何をするの?映像に出てきたネクストの敵を倒すの?」
「倒す、、けど命までは取らないよ」
ソラの言葉にはどこか話の内容をはしょる癖があるみたいだ。その度に説明を求める必要がでてくる。
「私達アストレアは輪廻の世界と白の女王の平和を護るための組織。平和を保つためにはネクストという敵対組織は排除しなくてはならないけれど、別に命をとる必要まではないの。ネクストの武力を0に出来ればそれで充分」
「瀕死状態にするってこと?」
「いいや、敵の能力を失わせる」
「そんな事が、、?」
「あぁ、出来る。だが今その説明はしなくていいだろう。また後で話す」
そう言ってミナトは部屋を出ていった。戻ってくる気配はない。
「あの、ミナトは?」
「寝たよ」
真面目な顔でソラが答える。
「寝た、、、?」
「うん。"go to bed."」
「いや、それは分かるけど、、」
「私とミナトは交代でここで寝泊まりしてるの。何かあったときにすぐ動けるようにね」
「なるほど」
さて、とソラが手をポンと叩く。
「ネクストとの戦いは明日で、今日は特にすることも無いからもう帰って大丈夫だよ。あ、でもその前に」
ソラがスミハの前まで歩いていくと、頭に手を乗せた。
「2人の能力を解放しようか」
「そうですね。ハルキ先輩、コウスケ先輩、手を出してください」
スミハが両手を差し出す。
「ちょっと待って。そんな簡単に来世の力は使えるようになるの?」
正直胡散臭い。
「それは君達次第だよ。ゲームで例えると所持スキルの欄に設定はしてあげられるけど、発動できるかは自分次第ってこと」
「なるほど。それなら頼む」
光祐がスミハの手に自分の手を置いた。
こういうとき光祐は先に行動に移すなぁと苦笑しながら僕も手を置いた。
「じゃあ目を閉じてください。目を閉じたら後は自分との闘いです」
「え、、?──」
どういうこと、と聞き返そうとしたとこで僕の意識はアマセの空間から消えた。