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カーテン  作者: 大枝健志
正文学会編
9/66

泰彦 対 吉原

小学校六年生の泰彦は弟亮治を守る為、そして宗教からいつかの母を取り返す為、戦うことを決意する。

 己の登場にさえも微動だにしない能面のような佐伯兄弟に吉原は心底怒りを覚え、動物霊による不幸を佐伯家へ土産として持たせようと画策したものの、泰彦に出鼻を挫かれた上に信者達の間に動揺を生んでしまった。


 しかし、佐伯兄弟は前世で維新が進んでおらず、残念ながら彼らには前世の記憶が無いとし、半ば強引に説法をした吉原は結果的に佐伯兄弟を辱める事に成功する。


 そんな状況にあっても表情すら微動だにせず、泰彦は冷静に大源の話を分析していた。

 残念ながら的中したという自分達兄弟の前世記憶が無いという話。


 それ程までに吉原の霊性が高いならば、何故わざわざ動物の話に触れたのか。犬だと分かっていたのなら、犬を飼った事はないか?と聞くはずだ。

 それをはぐらかすように動物を、と聞いて来た。

 それに記憶が無いのが的中したという割に、子供は霊性が高いからピンと来るかと思ったとも話していた。

 前世の記憶が無いのが前提の話なのに、何故ピンと来る事を期待したのか。

 この辺りできっと、何か本来の話と前世がなんたら、という話を差し替えているはずだ。


 そして最終的にははぐらかすように維新の話に繋げた。

 手品と一緒だ。手元に注目させておいて、その間にタネを隠したもう片手で術を行う。

 それが話術に変わっただけで、こいつはやっぱりインチキだ。


 母さんはそれがインチキだとも思わず、完全に信じ切ってしまっている。

 これが父さんの言う「洗脳」だ。


 母さんは頭を抱えている。この人はもう、僕らが知っている母さんでは無い。正文、いや、恐らく吉原大源に「考える力」を乗っ取られてしまってる。

 このまま家に帰れば母さんは怒り狂うかもしれない。怒りの矛先は亮治にも向かうはずだ。母さんを嘘でも良いからこの場で安心させる方法、そして亮治を守りながら吉原大源の嘘を確かめる方法は無いだろうか…。


 泰彦が思考を巡らす間、吉原は満面の笑みで説法を続けている。


「ここにいる皆さんの中で、何度か夢でお会いした方々もいる。さぁ、恥ずかしがらず手を挙げて。ははは、いいんですいいんです。なんとなく、私を見た、というのでも構わない。」


 少年部の信者達は隣同士顔を見合わせながら、何人かが恥ずかしそうに小さく手を挙げ始めた。


 吉原は徐々に突っ張り始めた頬の筋肉の疲弊を感じ始めていた。


 餓鬼相手だからといってニコニコせんといかんとは。私は疲れてるんだ。すぐにでも鯵鍋が食いたくて仕方ない。大体こんなクソ餓鬼共がテストで零点取ろうが、事故って死のうが私には何ら関係無い話なのだ。しかし、さっきの能面のような餓鬼共は仏罰でも落ちて死ねば良い。きっと生きててもロクな大人にはならんだろう。

 さぁ、何人か手を挙げたか。欠伸が出そうだ。


「うん。ありがとうありがとう。君、そう、赤いシャツが可愛い、そこの女の子。」


 やれそこの不細工だ、やれそこの鼻潰れ、などと言えば親が煩くてかなわんからな。あの女の子はそうだな、歯っ欠け出っ歯、と私は心の中で呼ぶ事にしよう。歯っ欠けなのに出っ歯、いかん。噴き出してしまいそうだ。


 吉原に指名された前歯の欠けた小学校四年生程の女子が、緊張の面持ちで渡されたマイクを握る。


「今日は、ようこそ。こんにちは。」

「こ…こんにちは…。は、はじめまして。き、緊張してます。」

「ははは、リラックスして。大丈夫だよ。」


 この歯っ欠け出っ歯め。聞いてもない事喋りくさって。


「夢でお会いして以来だね。もう、怖い夢は見てないかな?」


 女の子は驚いた表情になり、マイクを持つ手が震えてしまう。


 泰彦はこの質問を考察している。人間誰しも、一度は怖い夢くらいは見る。吉原がそれを指摘した事により、それを見抜いたと錯覚させる。

 夢で会った以来、と言われた事であの女の子は吉原に対して安心感を覚えて、すっかり信用しきっているはずだ。


 怖い夢がもし、未だに続いているという答えなら、吉原はきっと


「知っていた。だから質問した。それ

 は君の維新が足りないからだ。」


 という話に持っていくはずだ。


 女の子はもじもじしながら答える。


「もう、見てないです。当てられて、ビックリしました。先生の、おかげです。」

「はっはっはっ。礼なんていらないよ。また怖い夢を見るんじゃないか、と思ったら中々眠れないだろう。そしたら学校の勉強や、維新の勉強に響く。少年部の皆の事はね、私が守る。だから安心して良いんです。」


 吉原はそう力強く宣言すると、会場を見回した。

 感激の拍手が巻き起こる。


 泰彦はジッと見詰めたままだ。


 礼なんていらないよ、と否定しないのは怖い夢を見なくて済んだ=吉原(私)がそうさせた、という事だろう。

 下手に謙虚さを出したり言い訳をしたりせず、堂々と感謝の言葉を受け入れる事により、信者達からの信用を得る。なるほど。


 泰彦はそっと項垂れると、息子の前世のおかげで頭を抱えたままいる隣の母ではなく、宗教にのめり込む前の、優しかったいつかの母へ向けて心の中で語り掛けた。


 分かった、母さん。僕はね、分かったよ。吉原の事が分かったんじゃなく、これから先、僕がどうしたら良いか。今の母さんはもう、僕らの言葉が通じないんだ。家にも遅くまで帰って来ない。

 亮治はさ、まだ小さい。母さんに甘えたいんだと思う。毎日毎日、母さんを見て怯えてるよ。だから僕が守ってやらないと。亮治は絶対に宗教や洗脳なんか、させてはならない。だってそうだろ?まだ小さいんだもん。絶対に洗脳されない、なんて事は無い。

 何年掛かっても、絶対に母さんを迎えに行くから。父さんと相談して、いっぱい頑張るから。だから、絶対に待ってて。

 吉原はさ、あいつ、相当なインチキなんだ。でも凄く詐欺の才能はある。

 母さんはきっと、お金が無くなっていく家の事で悩んでたからハマるのも仕方無かったのかもしれない。

 僕が私立中学受験するんだってお金掛かる事だもん。

 ごめんね。

 亮治の事は任せて。僕はさ、こいつの兄貴なんだ。

 学校で守ってあげてって母さんいつも言ってたろ?

 吉原なんかに守られなくたって、亮治は僕、いや、俺が守る。


 あいつがインチキだっていうの、見ててよ。

 母さん、絶対に待っててね。


 この時、泰彦は命を賭けた誓いを立てた。

 それは誰の口にも伝えられる事なく、泰彦の胸の内で熱く、燃え盛り始めた。


 泰彦は静かに頭を上げると、真正面を見据え、手を挙げた。

 驚いた亮治が首を振りながら泰彦の肩を掴む。

 泰彦は亮治の耳元で小さく囁く。


「今から嘘っこするから。亮治は大丈夫だよ。」


 亮治は手を離すと不安げに泰彦を見つめる。


 手を挙げる泰彦に吉原が気付く。


 なんだ!?今更あの腐れ能面が動きよった!これはビックリだ!大仏のように動かんもんだとばかり思っていたが!動くではないか!なんだなんだ!?


 吉原はすぐさま泰彦を指差し、声を掛ける。


「どうした!?藤吉!おまえは夢で会ったどころか、一緒に遊んだ仲じゃないか!はっはっはっ!思い出しおったか!?」


 吉原が話し掛けた事で、郁恵は自分の息子が手を挙げていた事に気付きハッとする。

 泰彦が微笑みながら答える。


「いえ、先生。」

「ではなんだと言うのだ?」


 なんだあの餓鬼、気持ち悪い。急に動いたと思ったら今度は口をききおった。一体、何の用事があるというんだ。


 母さん、今の母さんを安心させる事で亮治を守るんだ。だけどあいつは詐欺師だ。俺は正文も吉原も信じてない。大嫌いだ。吉原もデブの智久も、地獄に落ちればいい。

 その俺がもしこう言ったら、吉原は何て言うと思う?きっと俺に騙されるよ。


「先生!」

「どうした藤吉!言ってみろ!」


 目に情熱を込め、しかし口元はニヤけたまま泰彦は吉原に告げる。


「僕、維新頑張ります!来世でも先生を覚えていられるように!」


 なんとおおおおおおお!?あの糞餓鬼!やるではないか!これは美味しい!これは美味いぞ!!あの餓鬼!なんという演出家だ!いや、演出ではないな!私がすっかり改心させたんじゃないか!?

 デタラメ説法数射ちゃ当たる!

 これは、これは良い流れじゃないか!!


 会場のあちこちから感心するかの様に拍手が起こる。


「皆さん!藤吉に拍手を。ご婦人、この子は成長しますよ。」


 吉原がそう言うと郁恵はまたも狂喜乱舞し、滅茶苦茶に泰彦を抱擁し、喜びの声を上げた。


 吉原、来世でも覚えてる程の思いをさせてやる。

 何が拍手を、だ。

 本物なら説教の一つでもしてみろ。


 係員にマイクを渡すと泰彦は再び元の表情に戻る。

 その後も吉原の説法は続き、皆真剣に聞き入っている。


 今日から始まりだ。

 泰彦の戦いの火蓋は切って落とされた。

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