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カーテン  作者: 大枝健志
正文学会編
7/66

腐れ能面少年

日本最大級の宗教団体・正文学会

少年部の集いへサプライズ登場する会長・吉原大源は、そこで衝撃の光景を目にし、憤怒する。

正文会館の控え室で吉原は昼寝と呼ぶには長過ぎる惰眠を貪り、そして目覚めた。


世話係の信者達に囲まれながら、吉原はふらつく足取りでサプライズとして登場する予定の会場へと向かう。

まだ眠気と欠伸が収まらず、脳の思考回路が上手く繋がらない。


新人秘書浅見が興奮気味に世話係の信者一人に伝えた


「控え室での瞑想中、大源先生はどうやら黄泉の国へ行き、そこの住人達と何やら話し合いをしていたらしい。」


という話は、瞬く間に世話係の信者達へと伝わっていた。

信者達は音速に打たれたような衝撃が走った。


吉原の遅い足取りに合わせ、信者達は吉原を囲みながら、ちょこちょこと足を小刻みに動かしながら移動する。


中には黄泉へ行って来たという吉原の霊性の高さに感激のあまり、泣きながら小刻みに移動しつつ、念仏を唱えながら吉原を拝むという器用な信者も居る。


当の吉原は黄泉の国など行った事はおろか見たこともさえも無く、爆睡しながら夢の中向かったのは水族館。


そこで水族館の係員の美女に指導されながら、美味い魚を巨大な網で一気に生け捕りにしたのだった。

いつだったかその魚を小田原で食べた記憶はあるのだが、極々当たり前に食卓に並ぶその魚の名前が思い出せないが為に、吉原はかなり渋い顔をしていた。


「んん…。んんんんん…。」


神妙な面持ちで呻き続ける吉原大源。


浅見はその横顔を眺めながら、吉原が話し合いをして来たという黄泉の国を昔読んだホラー漫画のイメージを基に思い浮かべ、そこの住人達の言ったという事を浅見なりに真剣に考えていた。


「人間一人の価値は昔に比べると百分の一にしかならないのか…その事実に維新を完遂された先生がこんなにお悩みになるという事は…やはり人間には早急な維新が必要なのだ…。

先生はそれを誰よりもお分かりでいらっしゃるが故に、こんなに重たい表情を浮かべているのだろう…ひょっとして、信者達は愚か、人類そのものが共有を通じ、先生に甘え過ぎているのが原因か…。」


実は吉原が夢で獲った魚の名前を思い出せずに悶々としてるだけ、などと浅見が知るはずもなく、感染する欠伸のように、浅見と世話係の信者達は吉原と同じような表情になる。


その時、吉原の表情が曇天を貫く日射しのようにパッと明るく輝いた。

吉原は心中で絶叫した。


鯵だ!そうだ!なんで思い出せなかったのだ!鯵ではないか!あれはそう、鯵の鍋だ!小田原で鯵鍋を食ったのだった!あれは美味かった!

寝る前にクソしょうもないクソ仕出し弁当の、クソしょうもないどこぞのクズ輩の作った、クソしょうもない不味いゴミ昆布巻きなぞ食ったから!あんな夢を見たのだ。

うう、猛烈に鯵鍋が食いたい。次の講演は小田原にするか。いや、今夜にでも食いたい。よし、食おう。宿も取るぞ。馬鹿の浅野に言いつけて早速予定を立てさせよう。


頭の中の靄が晴れ、全てが解決した吉原は急に満面の笑みを浮かべ、うむ、と大きく頷いた。


その様子を小刻みに歩きながら見ていた世話係の信者達、秘書浅見に一瞬にして動揺が走る。


浅見は再び考え出した。


まさか!今まで苦悶の表情を浮かべておられたのに、先生はこの人類の難題をもう、解決してしまったのか!?

しかも!歩きながら!

これは、問い掛けても良いのだろうか…どう解決したのか…いや、解決したのかどうか…先生を疑う事になるだろうか。しかし、きっと人類の行く末を一瞬で解決してしまわれたのは間違いないはず…


「せ、先生…」


吉原は軽く鼻を鳴らし、答える


「ん?解決したよ。何もかもがな。」

「何もかも!?この一瞬でですか!?」

「あぁ。問題点が分かったのでな。今歩いてる間に私の意識のみ、黄泉の国へ行って来た。」

「歩いてる間に!?」

「何を驚いてるんだ?おまえは私の書いた本を読んでるんだろ?肉体は意識の容れ物に過ぎない。歩くだけの意識を肉体に残せば、本質的な意識はある程度どこへでも自由に行き来出来る。そんなの当たり前じゃないか。」

「し、失礼しましたぁ!」


浅見はそう叫ぶと同時にその場で土下座した。

それにつられ、周りの信者達も一斉に土下座をする。

立ち止まる事なく進む吉原。


美味い鯵鍋だ。あれが私には必要だ。


あ?なんだ。金魚の糞どもはついて来んのか。あ?あれ、土下座してやがる。

どれ、馬鹿どもに一発かましてやるか。


「おい、おまえら。」

「はい!」


土下座したままの信者達の返事は気持ち良い程に、一斉に吉原の背中を打つ。

吉原は歩みを止め、ゆっくりと振り返る。そして微笑む。


「まだ、世話はいらんよ。人を先導するのが、私の仕事だ。おまえらがついて来なさい。」


「はい!」


信者達は立ち上がると満面の笑みを浮かべ、喜びの涙を流し、無意識の鼻水を垂らし、真っ直ぐに吉原大源の背中を見つめながら、夜道で灯りに縋るように、再び小刻みに歩き始めた。


会場では五百人程の信者達が真正面の巨大スクリーンへ熱心な眼差しを送っていた。

会場ではサプライズで登場する予定だった吉原が黄泉の国へ行っていた為、もとい時間を過ぎても昼寝していた為、急遽吉原による過去のメッセージビデオを繋ぎで流していた。

しかし、ここには文句を言う者など誰一人として居ない。


吉原はスクリーンのある舞台の端からチラリ、と会場の様子を伺う。

皆熱心にスクリーンを眺めている。その様子に安堵を覚え、そして支配欲がジワジワと満たされていくのを感じる。

しかし、この程度の欲求解消は吉原にとって噛んだガムが味を失くすまでのそれと何ら変わりはない。

すぐにまた乾いた欲求が心の底で産声を上げ、満たしてくれと喚き、叫び出す。


スピーカーはビデオメッセージで信者達へ語り掛ける、吉原の地面から這い出て来たような野太い声を出力し続けている。


「えー、みなさんのような少年時代というのは、スポンジのようなものです。どんどん吸収し、乾く間も無くどんどん育つ。それは神の国から送り出されて間もない霊質だから出来る事です。いつかはまたそこへ帰る。その間に人は、維新を果たす学びを行います。学校の勉強ももちろん大事ですが、それ以上に大切なのは人としての勉強です。おっと、別に私が小学校の時に成績が悪かったからって、言ってるわけじゃありません。まぁ、私の成績は…成績の話は置いておきましょう。」


すると、会場からドッと笑いが起きる。

中には大げさに手を叩いて笑う小学生、参った、という表情を浮かべる中学生、口を大きく開けて笑うその保護者達の姿が見える。


それを見ながら吉原は欲求に餌を与える「ゾクゾクするもの」を感じ、弄るように無意識のうちに股間へ手を伸ばす。しかし、何も変化の無い事に一瞬気落ちする。

だが、すぐに気持ちだけは立ち上がりビデオメッセージの中の自分を自画自賛し始める。


私はなんて良い声なのだろうか。これこそがバリ、トン、ボイスというヤツだろう。バリッとしていて、トンでいるではないか。波長も良い。普段は演歌しか聴かないが、これはオーケストラで言う所のベース部分に当て嵌まるのだろう。

うむ。この声を聴けば死に損ないの年寄り共も天国に居る気分になれるのは間違いない。そう思うには仕方のない、余りにも良い声だからな。

そして笑いの才能もある。成績の話題に触れた途端、自分からその話をひっくり返す。これは愉快だ。あいつら、手を叩いて大笑いしおって。普段よっぽどつまらん生活をしているのか?いや、あんな楽しそうな人間を、私は私の笑いで受ける人間の他は一切、見た事が無い。喋れば客が下を向くような下手な芸人より私の方が面白いのは明白だ。これは奴らの生活がつまらん、うんぬんではないな。まぁどうせつまらん生活だろうが、これは私の笑いのセンスによるものだ。よし、そろそろか。


吉原は心の中で僅かばかりの気合いを入れ、思い切り放屁をする。

すかさず腰を屈め反転し、その匂いを嗅ぐ。


臭い事は臭いが、いまいち悪臭味が足りない。


吉原は体調管理の一環として自分の放屁の匂いを分析している。

余りに悪臭味が強い場合は次の食事をさっぱり目にする。

あっさりした匂いの場合は肉や脂が足りていないと結論付けている。


したがって、次の食事は肉がメインになる。

しかし、頭には鯵鍋が過ぎる。今にも涎が出そうだ。


舞台裏の少し離れた、段差のある暗く低い位置で待機している世話係の信者達が屁の匂いを嗅ぐ為に急に反転した吉原と目が合い、一斉に姿勢を正す。


吉原はそれを気にもせず、元の位置に戻り登場する間合いを計り出す。

世話係の信者達は今の反転の意味を憶測し、互いに囁き始めた。


「しっかりと見届けよ、という事だろう。」

「いや、後で何かお話があるのかもしれん。」

「待て、腰を屈めておられた。同じ目線で話をしよう、という事では?」

「しかし、我々に先生と同じ目線に立つ資格は無いだろう…。」

「いや、先生は優しいお方だから…。」

「とにかく、しっかりとこの瞬間を見届けよう!」

「おう!」


浅見は暗い空間の中で漂う異臭をいち早く察知していた。


この匂い、屁だな!先生の御前でこいつらの誰か、屁をこきやがったな!と怒りを覚えつつも、発臭元が吉原だとは思うはずもなく、浅見にとっては人類の父である吉原の背中から一瞬足りとも目が離せなかった。


いよいよビデオメッセージが終盤に差し掛かる。


さぁ、この私の登場に心底驚き、歓喜し、我を忘れ涙を流し、そして今日という日を遺伝子に刻み、残りの人生全てを私に捧げるのだ。

他人の命に興味など無い。生活が破綻する程に努力して捧げる財産、自己が破綻する程に覚える熱狂のみを私は受け入れ、選別する。


私が貴様らを生かすのでは無い。

貴様らが私を生かし、永遠にするのだ。


鼻を大きく拡げ思い切り深呼吸をすると、吉原はスクリーンを真剣に見つめる信者達の姿を眺め回す。


うむ。何の疑念も持たぬ、素直な豚以下の連中だ。素晴らしい出来具合いだ。

よしよし。小便以下のガキ共、私の説法を分かってるのか分かっておらんのか、真剣な眼で見ておるな。もっとも、説法してる私自身が説法の意味なぞ全く頭に無ければ出まかせで喋ってるだけだがな。

うむ、皆取り憑かれたように良い顔をしてお…お?おお!?



信者達を眺め回す吉原の目に飛び込んで来たのはスクリーンの光に照らされた、能面のような青白い顔の少年二人であった。

目は阿片をやってるが如く虚ろで、生気というものをまるで感じない。表情という表情がまるで死んでいる。


この私のメッセージが響かぬというのか!?


吉原は底知れぬ怒りを覚え、目を見開き、血眼になって少年二人に表情の芽が生まれる瞬間を待った。


「それでは皆さん、学校の勉強。そして人生の勉強に励んで下さい。学校での弁当も大事ですが、人生での勉強はもっと大事です。では、心の中でお会いしましょう。さようなら。」


学校給食制度を一切無視した、洒落にもならぬ洒落を最後に添えた少年部向けメッセージが終わると、会場は一気に明かりに包まれた。


たちまち、爆発のような拍手が巻き起こる。数人ではあるが立って拍手する者、感極まって涙を流す者も居た。


吉原は少年二人を凝視していたが表情の芽は生まれる事なく、虚ろな目は投影の終わった真白なスクリーンに向けられたままだった。


あんなに微動だにせんということは、ほほう、そうか。二人共々、障害か白痴か、何かあるのか。親はどいつだ。

後で呼びつけ、子供が治るとか何とか言って根こそぎふんだくってやらんと気が済まん。


その母と思わしき人物は、少年二人のすぐ側に居た。痩せ気味で色が白く、やや彫りの深い顔立ち。化粧気はさほどない。艶のない黒髪は肩まであるか無いか。眉が細く唇は薄い。

やや垂れ目の大きな二重幅が印象に残る。


美人といえば美人だ、化粧をもっとすればもっと綺麗になるな。


吉原は先程の怒りを一瞬忘れ、自分のペニスをその女の後背部から思い切り根元まで突き刺す様子を想像する。

ペニスに変化はないが、吉原は小さく腰を振る。


しかし、くすんだピンク色のカーディガンが女を酷く老け込んだ印象にさせていた。

いかにも生活に疲れ果てていそうで、心労がカーディガンをくすんだ色に染め上げたように思えて来る。

良く見れば目には隈があり、髪もあまり手入れされていなさそうだ。


その女は立ち上がり涙を流し、そしてその細い手が折れてしまうのでないか、という勢いで拍手をしている。


貧乏そうだし、何だか臭そうだな。


吉原は途端に少年二人の母と思わしき女への興味を失くし、少年二人に目を戻す。

その母の大振りに拍手する手が時折兄と思わしき少年の頭にぶつかるが、表情も含め微動だにしない。


あの腐れ能面をぶち割ってやる!


吉原は再び怒りのアクセルを目一杯に踏み込んだ。

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