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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
62/66

仏罰方便、瓦解の餌食

ついに姿の片鱗を見せ始めた吉原の新たな野望。何も知らないシャイニーズ事務所の翼 レンはある雑居ビルに案内され…。

 熱湯風呂に突き落とされる吉原 大源の姿を、郁恵はまるでアルツハイマーになったかのような表情でぼんやりと眺めている。

 芸能界の「ドン」と呼ばれる木山は「熱い!」と飛び出た吉原の頭を押さえつけ、再び熱湯風呂に沈める。

 客席からドッと流れる笑い声。無邪気な表情を浮かべ、笑う木山。死んだ郁恵の目。

 熱湯風呂から出ると吉原は若手芸人に「人間を超えた存在では…」と突っ込まれる。

 しかし、吉原は怯まない。


「いやいや、私はあくまでも熱湯は「危ないんですよ」という事を視聴者の皆様に敢えて伝えているだけでして…本来であればこの湯が冷め切るまで入っていられます。」


 スタジオにはドッともう一笑い生まれる。吉原の強気な言葉に安堵したのか、郁恵は涎を垂らしながら微かに微笑む。

 泰彦はそんな母の姿を眺めながら、目の前のレトルトカレーを弟の亮治にそっと差し出した。


 収録が終わると吉原はスタッフ一同を呼びつけ激怒していた。怒りの為か、よほど我慢していたのか、火の点いたセブンスターを二本咥えている。


「今日の風呂は何なんだ!貴様ら…私を何だと思ってるんだ!」


 ディレクターが平謝りすると共に謝罪していた無関係の女性アナウンサーの尻を掴みながら、吉原は吼えた。


「何故熱湯風呂が温いのだ!あれでは上手く「オイシイ」リアックションが取れないではないか!この私に三文芝居なぞさせおって!このウスノロ妨害電波垂れ流し集団めが!次やったら仏罰を下すぞ!いいな!」


 憤怒した吉原が楽屋へ戻ると、そこには木山の姿があった。ガウン姿の吉原に深々と頭を下げる。


「あの…先生…スタッフが半端な事をしたみたいで…すいませんでした。」

「いや…いいんだ。君は頭を上げなさい。君のせいではない。」

「はい…。それで…あの…。」

「うむ?何だ?」

「この前のお話ですが…私なんかでよければ…協力されてはいただけないでしょうか?」

「何だと!!」


 吉原は喜びのあまり勢い良く立ち上がる。すると下着を着けていないガウンがはだけて全身が丸見えになる。力なくしなびたイチモツを晒した事に吉原は恥を感じ、聞かれてもいない事を口のする。


「私の魔加まか棒だがな…今は生命神が休んでいる時間なので力が降臨しておらんのだ。いいか!勘違いするな!」

「えっ…いや…何のことでしょうか…。」

「うむ。霊性の違いなのか…話が通じなくて安心した。いや!いや、失望した。」

「それは…失礼致しました!先生の為に尽力致しますので…何卒お許しを…。」

「ふん。許すかどうかは結果次第だ。いいか、しっかり頼んだぞ。」

「はい。その辺り、おまかせ下さい。」


 それから数日後、都内のとある雑居ビルの一室に机や椅子やパーテーションが大量に運び込まれた。照明は最低限に、しかし効果的に、との指示を基にインテリアデザイナーがその装飾に立ち会う。


 看板も何も出さないその一室には著名な有名人が多数集まるとその界隈ではすぐに有名になった。

 ある日の番組終わり、とある芸能コメンテータに木山が話し掛けた。


「お疲れさん。なんだか今日、調子悪かったんじゃないの?」


「ドン」に話し掛けられたその日出演していたオカマ双子のコメンテータの片割れ「コースケ」が首をすくめて恐縮する。


「あら…やだ。すいません…。そんなに歯切れ悪かったかしら…?」

「オイラ聞いてて腰抜かしそうになったよ。しかし、歯切れ悪かったなぁ。ボロボロの刃は交換しなきゃなんねーなぁ…。」

「そんなっ!ちょっと待ってよ!私、まだまだイケるわよ!」


 すると、木山がその耳元で喋り出す。


「あんた…最近若い子達囲ってるんだって?」

「ちょっ…人聞き悪い事言わないでよ…何?ゆする気なの…?」

「違うよ。オイラがそんな事する訳ないじゃないの。その中で光りそうなコは居るかい?」

「光るも何も、シャイニーズ事務所の子だって居るわよ。私、こう見えてテクは凄いんだから…。」

「へへっ。そりゃ若い奴にとっちゃたまんねぇんだろうな。それで…あんたよ…。」

「何よ…。」

「ボロボロになったあんたの歯…交換してみねぇかい?」

「あたし降ろすって事でしょ?違うの…?」

「バカヤロー。自分自身の才能をよ、パパッと発揮させるんだよ。そういう場所があるんだ。」

「そんな事…出来るの?」

「あぁ…変な宗教じゃないぜ?立派なもんだよ。その若い子達連れて今度行って来いよ。後で住所教えてやるからよ。」

「いいの…?危ない場所じゃないんでしょうね…?」

「オイラからの紹介だって言えばいいさ。安心しな。」


 木山はコメンテータの肩を叩くと楽屋へ戻って行った。

 後日、業界内でコメンテータの「子飼い」と噂されるシャイニーズ事務所所属・翼 レンが渡された住所を元にその雑居ビルの三階へ辿り着いた。

 何の看板もない質素なドアの前に立つと、インターフォンすらない事に気付く。

 どうしたらコンタクトが取れるのか迷ったが、行かなかった場合にはコースケに何をされるか分からなかったので恐怖の為にそのドアをノックした。

 しばらくすると中から鍵を廻す音がして、柔和な笑顔の中年男性が姿を見せた。灰色のジャケットにブルーのネクタイ。身なりはキチンとして見えた。

 翼は馬鹿丁寧にお辞儀をすると薄暗い室内に通された。真っ黒な天井には小さな間接照明が幾つか灯っていた。意外な程広く思えるスペースは紫色のパーテーションで区切られていて、実際の広さがどれくらいあるのかは想像しにくかった。

 入り口に入って正面すぐの場所に白い小さなテーブルと椅子が二脚あり、そこへ座るよう指示される。

 柔和に微笑む中年男性は笑顔を崩すことなく、翼に言った。


「木山さんからのご紹介と聞いております。翼 レンさんでお間違いないでしょうか?」

「は…はい。あの…ここは一体…。」

「警戒しなくても大丈夫ですよ。まぁ、私も何も知らずにここへ連れて来られたなら当然、怖いです。失礼しました。私、タレント・ディスプレイ研究所所長の「大塚」と申します。」


 そう言うと大塚は翼に名刺を差しながら言う。


「娘があなたの大ファンなんですよ。お会い出来て光栄です。「ガラスのサマーヴィーナス」。あれは名曲ですね。」

「あ…ありがとうございます!」

「何と言ってもエネルギッシュなサビが良い。「夏を~忘れさせないで~」…ですか。」

「はい…その通りです。」

「幾らお若いとは言え…あれから三年ですかね…。あの頃の艶のある声はどうです?出ますか?」

「艶…まぁ…二十歳も越えたので少年といった声ではなくなりました…。」


 ここはボーカルスクールなのだろうか?翼は一瞬そう考えたがボーカル用の機材もブースも、見渡す限りどこにも見当たらなかった。パーテーションの向こう側に隠れているのだろうか?


「その「艶」をまた取り戻せたらどうですか…?実は、自分自身の今のポジションに甘んじていて…ご自身の足場が崩れる事などないと…心の何処かでそう感じてしまう自分が嫌になったり…しているんじゃないですか?」

「それは…努力はしていますが…昔のようにがむしゃらには…すいません…。」

「いえいえ。謝る必要などありません。ここには売れている有名人の皆さんしかいらっしゃいませんから。」

「そうなんですか…?」

「まぁ…早速ここでどんな事が行われているのか、体感してもらいましょうか。かえる頃にはきっと昔のような想いを手にしている事をお約束します。では、別の者がご案内しますので奥へとお進み下さい。」


 翼がパーテーションの並ぶ通路に目を向けると、白い作務衣を着たまだ若そうなスタッフが手招いているのが見えた。

 扉の奥で着替えるように指示をされ、扉の中へと翼が消える。

 それと入れ替わるようにパーテーションの陰から男がふらふらと、姿を現した。

 垂れ目の甘いマスクで有名な歌手兼俳優の福井田 雅治だった。


「お…大塚先生…。僕はやはりダメ人間です…。自分の愚かさ、小ささをまた一つ知りました…。井の中の蛙に過ぎなかったんです…分かりますか…この気持ち…。」

「うんうん…そうだな。ブラウン管の中にいる自分がいかに恥ずかしくて惨めな道化か…これで分かったかな…?」

「はい…だから…もっとカッコよく自分で自分が観られるように頑張りたいです…。その…次の予約はいつ取れるんですか…?先生…次は…早く…。」


 大塚は柔和な笑顔から急に死んだような真顔に変わると福井田に耳打ちした。


「おい…クソ田舎の「愛情持って育てました」しか言える事のねぇ貧乏人のクズ親に育てられたようなゴロツキのガキがよ…俺にナメた事抜かしてんじゃねーよ…何が分かっただクソ野郎…。」

「す…すいませんでした…不安で不安で…。」

「うん…。よーく、よぉく分かるよ。痛いね。痛くて怖いんだね…。大丈夫。次はそんな不安を取り除く段階へ行こう。」

「はい…!では次は…。」

「次は次はうるせぇなぁ…親と心だけじゃなくてテメー、耳まで腐ってんのか。そんな耳で音楽作るなんてなぁ…持ってるギターなんか全部燃やしちまえよ。な?くっだらない歌しか作らないし歌えないもんなぁ…?…テメーの歌なんざ日本でしかどうせ一生聞かれねぇよ…それにいつかみーんな忘れちまう…口ずさむ奴もいつかいなくなる…つまり、おまえの音楽は終わってんだ…俺のオナニー観てくださぁいってピーピー泣きながらのチンポシゴイての、売りつけ商売だ…何が魂の歌だ…汚い精子しか出ないだろう?うん?違うか?否定するか?その権利はおまえにないぞぉ。イイコト、教えてやる。おまえの音楽はな…もう死んでるんだよ。」

「先生!それだけは!」

「しーっ…声が大きいよ。シャーラップだ。おまえ、まだ音楽に生きてて欲しいんだろ?なら…次回予定は事務所に電話してやるから…待ってなさい。」

「はい…。」


 福井田の肩に手を乗せた大塚は再び柔和に微笑んだ。


「それで、支払いはどうする?現金かな…?それとも事務所からかな…?」


 FAXで報告書を受け取った吉原は「獣姦された後に殺された羊肉」をほうばりながら嬉しそうにそれを眺めている。

 侵食、崩壊、処置、蘇生、再生。

 吉原の真の目的は、闇の中から手を伸ばし始めていた。

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