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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
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色物御本尊様

茶の間の「ピエロ」となる事を良しとした吉原。しかし、道化の下に隠された真意はあまりにも孤独な醜くさを纏っていた。

「この角度が私はカッコイイ。まるでシルベスター・スッタローン。こっちの角度はハリソン・フォードそのもの。うむ。どう見てもハリソンだ。」


 テレビに放映される自分の姿を観て、そう自画自賛するのは禿げ上がった頭、醜い顔相、そして酷く弛んだ腹の持ち主であり、元正文学会会長の「吉原 大源」であった。

 そして、常にその横に映るのは脂ぎった顔をした元正文副会長の「谷田部」と禿げた頭に出っ歯と眼鏡が特徴的な元正文本部長の「伊勢」の両名であった。

 伊勢のコミカルな受け答えは思いの外「茶の間」の視聴者達の人気を博し、それが切っ掛けとなりテレビでこの「三聖人」を観ない日は無いと言っても過言ではなかった。


 お笑い芸人で人気司会者の木山タケシが吉原の頭を叩く。


「禿げてんじゃないよ!全く!」

「いやいや、これは修行のし過ぎで…」

「どうしたらですね、この前まで「先生!」だなんて呼ばれてた男がですね、易々と私なんかに頭殴られるようなザマになってしまったんでしょうか。」

「これは「過程」です。木山さんね、今は全て「過程」ですから。」

「そう、カテイね!「これ」ばっかしてたら家庭が無くなった、なんて野郎もいっぱいいます。なんてね、バカ野郎!」

「家庭も皆さん、過程のひとつです。全ては「過程」です。」

「家庭崩壊も過程のひとつなんでしょうか!別れた女房、子供も全て過去形という、はい!という訳でいきましょう!「壁の向こうは!?ハーレムうっふん、溺れてボットン!」」


 空き地に作られたセット。巨大な赤と青のパネルが二枚、並ぶ。

 上半身裸で茶の間の「ピエロ」と化した吉原、谷田部、伊勢の三人が三人四脚で肩を組みながら必死の形相で青のパネルに突進する。

 パネルの先には巨大な和式便所の模型があり、その中には泥が敷き詰められている。

 三人は便器の前で盛大につまづき、そして泥の中へ落ちる。

 画面の向こうのまだ見ぬ視聴者達の嘲り声、嬌声、手を叩く音、そして誤認。

 そんなものが吉原の頭に浮かび、そしてほくそ笑む。


 この男は「実に」簡単だった。救世の舟の羽山の方が何万倍も意固地で面倒も手間も掛かった。こやつは芸能界に踏ん反りかえったテレビの中の井の蛙だとばかり思っていたが…。

 とんだ儲けもんだわい。


 木山との初めての共演。是非番組に出演して欲しいとの木山の要望を、吉原は渋々ながら承知した。

 番組に「元」会長としての自分が面白おかしくされてしまう事に、プライドが抵抗した。そもそも「ドン」と呼ばれる木山という存在そのものが気に食わなかった。

 しかし、初共演の本番前に木山は直々に吉原の楽屋を訪れていたのだった。


「先生…この度は僕なんかの番組に出てくださって…あの、本当にありがとうございます。」


 テレビで観る毒舌を吐き、威勢良さそうに立ち振舞う木山の姿はそこには無かった。深々と頭を下げる木山の頭に、思わず踵を乗せたくなる衝動を堪え、吉原は微笑んだ。


「いえいえ。笑われる立場になる事も…個人的な修行の一環だと思ってますから。」

「実は、これから先…僕自身が宗教ですとか、本当はもっと知りたかった世の中の真実とか、そういったもんに目を向けようと思ってまして。実は先生の本も沢山読んでいたんです。」

「ほう…それはありがたい。」

「いえ、実は先生があの「阪神大震災」を予言していた事…。最初は「なんだこの怪しい親父は」なんて思っていたんですが…あ、つい口が…すいません。」

「いえいえ。どうぞ続けて。」

「実は先が見えるという能力は生まれ持った才能とか、そんなんじゃなくて…あくまでも時間というのは人間の錯覚なだけで過去も未来も自然の中に当たり前に存在しているもんで、そういうのを先生は早くから気付かれたって事なんじゃないかなぁ…なんてですね…。」

「木山さん。」

「は…はい。」

「良くぞ「気付く」という事に、気付かれましたね…。」

「あ!いえいえ…あの、僕なんか…そんな…まだまだ何も…。」

「それで良いんです。何もないんです、本来は。何故私が居て、そして木山さんが気付かれたか?無を認識しなければ、即ち…有も存在しません。」


 吉原は無意識に上方に向かう口角を無理矢理抑えながら心の中で絶叫していた。


 なぁぁぁあにが「ドン」だ!そのドン…実は単なる好奇心に取り憑かれただけのオカルト野郎ではないか!

 ほれ!見ろ!わしのデタラメ説法を真に受けておるではないか!!とことん信奉させてやる。何万人のゴミクズ信者なぞ私にはもう不要だ!!一億人の心を一瞬で動かす男一人、わしの言いなりに出来れば何の苦労もないではないか…目の前で頭を下げるこのザマはなんだ?この「ドン」のザマは…?

 茶の間のバカ共はわしを「見る」事は出来ても、わしを「知る」事はできない。

 わしの居場所は放映中のブラウン管の中ではない。密室の楽屋こそ…わしの新たな布教の場なのだ…。


 茶の間に出る度、木山を通じて吉原へ挨拶に訪れる芸能人の数は増えていった。

 やがて芸能事務所のトップの姿も現れるようになった。

 誇大、誇張、見栄、欲望、その中で生きる者達の寂しさを吉原は高笑いしながら掬い上げて行った。


「はい!それでは本番!5、4…」


 朝方の浜辺に褌一丁の吉原、谷田部、伊勢が腕組みをしたまま仁王立ちしている。

 吉原が鼻の穴を大きく広げ絶叫する。


「焼きそばはぁあ!大っ!!」


 その掛け声の直後に谷田部が「ドン」と一発、大太鼓を鳴らす。

 そして最後に伊勢が


「へっくし!」


 とくしゃみをする。

 今回の撮影はインスタント焼きそばのコマーシャルだった。

 莫大なスポンサー料が彼らには入るが、吉原にとっては「はした金」程度の認識しかなかった。しかし、テレビという茶の間に佇む箱の持つ「影響力」というものには魅了されていた。

 名誉、名声、支配欲

 枯渇していた井戸に注がれるそれらは吉原の細胞を日に日に潤していった。


 幼児虐待とも取れる「富士道場」の一件を追い掛けていたフリージャーナリストの長崎は、番組の数週間後に行方不明となった。その数日後に神奈川のある港で、新宿のレンタカー店で借りた車ごと海に沈んだ状態で長崎は発見された。

 ブレーキ痕は無かった。

 長崎が発見される数週間前から現・正文学会の吉原派の者達が港付近にアジトを作って非合法的な地下活動を行っているという噂があったというが、長崎が発見された後にその噂はピタリと止んだという。

 全ては土地勘のないまま行われた夜間取材中の「事故」として処理された。


 自宅の地下シアターの巨大スクリーンで、吉原は何度も何度も「長崎死亡」のニュースを繰り返し再生しては嬉しそうに眺めている。

「うまい棒」のチーズ味。その穴の中に自らがコマーシャルに出演したインスタント焼きそばを詰め、ゆっくりとほうばる。

 そして溜息まじりに、呟いた。


「うむ。これぞ…美味。」

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