突き刺す眼
テレビ局の生番組「深夜から生討論」に呼ばれた元・正文学会三聖人。
ジャーナリスト長崎の追求に吉原はとんでもないその場凌ぎをやってのけるが、原田はその一部始終を見逃さなかった。
吉原はテレビ局の楽屋に入ると間もなく、伊勢と谷田部と打ち合わせを始めた。浅見は番組スタッフとの打ち合わせの為に外している。
自前で用意した山伏のような衣装に素早く着替えた吉原が腕組みをしたまま、二人を見下ろす。
鼻の穴が大きく広がる。
「おまえら。いいか?口裏はしっかりと合わせろよ。特に伊勢!いいか?まさか、久々のテレビジョン局での収録如きに…緊張など…しておらんだろうな?」
「え!?先生!きききき、きっしんなんて!とんでもない!」
吉原は救いようが無い。とでも言いたげな目で伊勢を眺めた。そして「こいつ、余計な事を喋られる前にとっとと殺しておけば良かった。」と猛省した。
「はぁ…。いいか?私は今の正文を哀れむ。怒りを露にしたならばこちらが負ける。」
谷田部は深く頷き、伊勢は手の平に指でメモを取る真似をしている。
「正々堂々と、維新を続ける意思のみを示すのだ。伊勢。お前は原田に何を聞かれても「先生のお考えに付いて行きます」とか何とか言っておけばいい。」
「はははははい!先生を置いていきます!考え方は、ですね!」
「置いて行ってどうするんだ!」
あまりに酷い伊勢のありさまに、谷田部が浮き出る脂汗をシャツで拭いながら吉原に提案した。
「伊勢はこの通りのありさまですから…先生、ここはひとつ元・副会長の私が代わりに喋りますか。」
「しかしな、あの原田という男はそれを許さない蛇のような執着心を持つ男だ…人がミスするのを待つような姑息で卑しく人間の持つハートフルの欠片も無くサイコパスで脳軟化症で例えハブに噛まれても平然と歩くような糞ったれ司会者だからな…。」
その時、スタッフと浅見が楽屋のドアを叩いた。
「先生、本番です。」
三人は目を見合わせ、緊張を解せないまま収録スタジオへと向かった。
「大源光のマーチ」の盛大な音楽と共に入場する。演出のドライアイスに伊勢が「先生!火事です!」とパニックを起こし、谷田部に尻を抓られた。
三人はアナウンサーの誘導でゲスト席へ案内される。
緊張の面持ちで三人が座ると、司会の原田の目は真っ先に吉原を捉えた。
「正文学会「元」会長の、吉原大源さんです。こんばんわ。本日はようこそ。」
吉原は満面の笑みで言葉を返す。
「呼んで下さりどうも。吉原大源です。」
「早速ですがね、先生。いや、吉原さんでいいのかな。もう正文は関係ないんだもんね。」
「えぇ、あの、何と呼んで下さってもいいんですよ。」
「吉原さん、その山伏のような格好なんですか?コスプレ?」
「これは私が富士樹海の修行へ行った時と同じ物です。元のは擦り切れてしまいました。初心を忘れぬ為に、普段はこの格好で過ごしております。」
「あっそう。」
「まぁ…そうなんですよ。」
余りに薄い原田のリアクションに対して吉原は笑みを崩さず答えたが、既に胸の内では苛立ちを覚え始めていた。
原田が顔の前で指を組み、鋭い眼を吉原に向ける。
「吉原さん。今回の破門騒動についてお尋ねしたい。ズバリ、なぜ現会長から破門されたんです?しかも揃いも揃って三人。」
「やはりそう来たか」と思った吉原はおおげさな溜息を一つつくと、額に手を当て、顔を左右に振った。
そして発した言葉には溜息が混じった。
「真崎先生がね…己の欲に溺れ、負けてしまったんです…。やはり権力と言いますか…どうしても現会長の座を諦め切れなかったんでしょう。私の師でもある真崎会長の行いを、私は悲しんでいる。現在の正文がやった事は「排除」以外、言葉が見当たらない。真崎帝国を築く為に、私達旧勢力が邪魔だったんです。」
原田が首を傾げながら質問を続ける。
「なら、一斉排除すれば良かったんじゃないの?何でアンタ達三人?」
「会長のお考えなので分からない部分もありますが、見せしめです。それ以外の言葉が見当たらない。」
「なるほどね。ジャーナリストの長崎さん。お話しあんじゃないの?」
すると、色黒短髪の長崎というフリージャーナリストがパネルを何枚か手元に置いた。
「こんばんわ。」
長崎が簡単に挨拶をすると、吉原が静かに頭を下げ、目の前のジャーナリストが「抹殺リスト」に名前があったがどうか思い出していた。
「えー、長崎と申します。先程、吉原さんは「排除」と言いましたが、僕は妥当な判断だったんではないか?と思ってるんですよ。」
吉原より先に谷田部が「それは?」と長崎に疑問をぶつけた。
すると長崎ではなく、隣の伊勢が手元のコップを持ち上げ
「水です。」
と答え、スタジオのあちこちから失笑が漏れた。
テレビの前の佐伯郁恵は
「このならず者共めぇ!聖人のご苦労も知らずに!何も知らずに!笑いやがってぇぇええ!伊勢聖人が困ってらっしゃる!困ってらっしゃるわ!!」
とテレビを抱き締めていた。
晴政と泰彦が興奮する郁恵を力任せに引き剥がす。
長崎が笑いながら、とあるパネルを一同に見せた。
暗い通路と、その傍に並んだ檻のような物が映されている。
「これは吉原さんの指示のもとで作られた富士道場の監禁部屋ですよね?覚えありませんか。」
吉原は門外不出のはずのその監禁部屋を目にして、内心焦りを覚えていた。
間違いなく富士道場の監禁部屋で、そこは「躾」の行き届いていない信者を強制的に維新促進させる為の「監獄」であった。
建設の際「徹底的にやれ。」と指導した事もしっかりと覚えていた。
真崎に寝返った瀬川の仕業かもしれないと吉原は考えたが、確証は無かった。
とにかく、この場を何とか凌がなければならない。
吉原は微笑みを浮かべ、ゆっくりと答えた。
「それは…動物園の檻ですね。ゾウかな?はたまた、虎か…。テレビジョンのドッキュメントで見た事があります。」
「本当に、そう思ってます?発言訂正しなくていいんですね?」
「いやー、何のことやら…。なぁ?」
吉原が谷田部に同調を求めると伊勢が「写真はどう見ても虎です!」と答える。
「本当に見覚え、無いんですね?」
長崎がそう問い掛けると司会の原田が口を挟んだ。
「長崎さん。ちょっと、どういう事?」
「この写真を撮ったのは私です、どうやって撮ったのかは言いませんがね。道場の奥にこんな悪意に満ちた部屋があるのをこっちは確かめてるんです!証拠もこうして、ここにある!何に使っていたか?人間を閉じ込める為ですよ!こんな事、あってはならない!」
吉原は押さえられた証拠を前に愕然とした。
これでは、言い逃れが出来ないではないか。
考えろ、いや。大源、感じろ。感じるんだ。何を言えばいい?何を…
その時、大源の閃きが炸裂した。
「こんな事はあってはならない!そうだ!何だこれは!何なんだ!!」
そう言うなり吉原は席を立ち、怒りに満ちた表情で長崎の持つパネルを強引に奪った。
司会者やアナウンサーが席に戻るように促すが大源は意に介せずといった様子で、そのパネルを伊勢と谷田部の前に突き付けた。
「貴様ら!これはどう言う事だ!はっきり言え!私の知らない所で何をしていたんだ!!」
しかし、完全に責任転嫁された伊勢と谷田部は口を開けたまま呆然とするしか無かった。
吉原は続ける。
「瀬川か!?どうなんだ!何とか言ったらどうなんだ!瀬川の計画か!」
谷田部と伊勢が呆然としたまま頷いた。
「彼奴!今すぐにでも問いただし…あぁ…私はもう既に会長では無かったのだった…。パネルはお返しします。失礼。」
吉原は長崎にパネルを戻す。
長崎は呆気に取られ、質問していた事すら忘れてしまっていた。
意気消沈、という様子の吉原だったが内心ではこれでうやむやに出来たと思っていた。
しかし、吉原が席に着いたと同時に原田が言葉を吐いた。
「茶番?」
なぁああああんだとおおおお!?
私の!今演じた、いや、メランコリックな心情表現を理解出来ないだと!?
吉原は憤慨した。
しかし、原田の眼は光を失う事なく、鋭く吉原を突き刺したままだった。




