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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
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民間人「吉原 大源」

真崎への抵抗虚しく破門されてしまった吉原、伊勢、谷田部。

しかし、肩を落とす吉原の顔に再び悪魔的笑みが舞い戻った。

「維新の根拠は?」と羽山に攻め寄られ、突然黙り込んでしまった吉原。しかし、その重たい口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。


「……。私は…釈迦である。この男に託した維新の概念を語らせてもらおう。生命倫理、物質、空間。すべてはいつかひとつの収束点へと終結する。その終結の化身こそがこの男、吉原大源なのである。その昔、この男が富士の樹海で修行をしていた際、私と出会った。」

「富士の樹海ねぇ…。沖縄旅行じゃなくて?」

「ぐぉ!?なぜ…いや、それは何のことか私には分からない。だが、この男の富士の樹海での修行は凄まじかった。その霊性の高さ故に…」


 その時、真崎が瀬川に目配せした。次の瞬間、瀬川が吉原の頭頂部を手加減なしで思い切り引っ叩いた。日頃から道場で信者を殴り飛ばしている瀬川の平手打ちは凄まじい破壊力を持っていた。バチン!という容赦ない音が部屋に鳴り響く。


「いいいいいっだあああああ!!」


 吉原が頭を抱え、その場でのた打ち回る。


「き、き、き、貴様!人が喋っておる時に何をする!!」


 羽山がほくそ笑んだ。


「おいおい。釈迦が降臨してる時は意識を失くしているんじゃ…なかったのかい?」

「あ!しまった!」


 真崎が車椅子を転がし、窓から外を眺める。


「新宿もすっかり変わってしまったな。正文の柱のひとつに「経済の自立」というものがある。間違っても「信者から搾取」なんて柱は無かったはずだがな…。この東京、いや、日本の経済を引っ張っていける人間は今、正文に何人いるかな…。その教えも忘れ、個人崇拝をするようになって、ついに終末予言だなんて下らんカルト教団のような事を言い始めた…。平和を志す団体が滅亡だなんて言い出したらオシマイだよ。私の最後の仕事として、余生の全てを正文の再建に注ぐ。」


 吉原は頭を押さえながら真崎を睨み付けている。

 ここで脳梗塞が再び起これば…!と願うもその兆しすら見られない。


「財産の全てを返還しろ。伊勢、谷田部もだ。」

「へぇぇぇえええええ!?す、すべてぇ!?」

「当たり前だ。全てだ。それならば刑事告訴はしないでおいてやる。あまり騒ぎになって変なイメージを持たれても困るしなぁ。」


 吉原が血相を変えて真崎の足元に飛びついた。


「せ、せ、先生!そんな殺生な…!せめて半分だけでも!この大源!飢え死にしてしまいます!」

「どの大源だ。木の実だけでも生きていけるんじゃなかったか?それともあれか、余生は塀の中で臭い飯でも食って過ごすか?正月には餅も出るらしいぞ。良かったな。」

「そそそそそ、それは嫌です!」

「なら受け入れろ。おい、松下。そろそろか?」

「時刻が…あ、そうですね。」

「おい。おまえら。荷物まとめろ。そろそろ業者が引き取りに来る。」

「へぇっ!?」

「部外者なんだから当たり前だろう。何してる。業者の方々を困らせる気か?」


 その時、本部職員から連絡が入った。


「あのー、引越し業者の方がお見えになってるんですが…」

「あぁ。通して。」


 松下が業者を出向かいに行く間、三人は破門通告書をしぶしぶ受け取った。真崎は吉原に向き合う。


「いいか。これから貴様達が何をしようと、何を言おうとこちらから関わるつもりは一切無い。ただ、同じ過ちを繰り返すならばその時は…。分かったな…?」

「は…はい…。」


 吉原はついに逆らうことが出来なかった。完膚なきまでに打ちのめされ、その座を奪われた。

 そして、彼はこの瞬間から無職の老人に成り下がった。


 業者がトラックに荷物を積み終えると、とりあえず吉原低に全てを送るよう指示を出した。

 放心状態で吉原、伊勢、谷田部の「三聖人」は会館を追い出されるように出た。

 ここに来ることも、あの歓声を浴びることも、もうないのか。


 伊勢と谷田部にとって財産没収は死活問題であったが、裏金や裏口座を多数持つ吉原にとって表向きの財産没収などは痛手でも何でもなかった。

 一番の痛手は心の内から湧き上がる「渇き」に対してそれを潤わす術を失ってしまった事であった。

 盲目的に自分を崇拝し、歓声を上げる信者達。自分の発した言葉に半狂乱で反応する信者達。駒の様に動き、そして自分を神のように崇める幹部連中。金では決して買うことの出来ぬ喜びこそが、今まで吉原の渇きをかろうじて潤していた。その全てを今日、失くしてしまった。


 放心状態で歩いていると背後からクラクションが鳴らされた。振り返ると軽ワゴンがハザートを点けながら路肩に停まった。運転席の男が颯爽と降りてきた。


「先生方!乗って下さい!」

「群馬くん…」


 三人は力ない足取りで軽ワゴンに乗り込んだ。


「先生のお家でよろしいですか?」

「それより、群馬くんが何故ここにいるのだ…。」

「はい!辞めて来ました!」

「やめたぁ!?」

「はい!吉原大源の提唱する維新こそが人類救済への唯一の希望!私はそれを信じて今まで精進して来ました。先生を裏切り、新たな正文に身を置くのは心情的に無理でした。私が全力でフォローします!伊勢先生も谷田部先生も!」


 伊勢がうおー!と急に泣き出した。

 谷田部は感激の余り、涙の代わりに脂汗を沢山流した。


 吉原低に到着後は肩を落としながら荷物を解き、四人はひと息ついた。

 吉原は煙草を揉み消すと呟いた。


「あれか、うどん屋でもやるか。維新うどん。」


 谷田部が首を傾げる。


「先生。うどんて、そんな簡単じゃないですよ。」

「じゃあ、どうするんだ…。こんな無職老人三人に出来ることは何も無いぞ。」

「んー…街路樹の清掃とかやってるじゃないですか。駅の清掃とか。応募しますか…?」

「きっ…貴様!これでも私は元会長だぞ!今は…もう無職だが…」


 その時、電話が鳴り響いた。吉原が重たい腰を上げ、頭をさすりながら電話機に向かう。まだ叩かれた頭が痛むようだ。


「はい。そうですが。はい。え?ええ。明日ですか。あぁ、よろしい。伊勢と谷田部も。うむ。よろしいでしょう。」


 伊勢と谷田部が顔を見合わせる。


「テレビジョン局からだ。明日の生番組に呼ばれた。今回のことはマスコミで大々的に取り上げられるらしい…。呼ばれたのは「深夜から生討論」だ。三人で出るぞ。ギャランテーがもらえるそうだ。これからこういう機会が増えるかもしれんな…。おい、群馬くん。おまえマネジャーやりたまえ。」

「は!はい!是非とも!」

「正文ではなくなったがな…まだ私に対する需要はあるはずだ。とことんやって来たからな。そうだ。そうだ!正文じゃなくていいんだ!そうだ!」


 伊勢がハッとする。谷田部も満面の笑みになる。

 吉原の顔にいつも通りのあくどい輝きを放つ笑みが戻る。


「いいか!正文なんて下らん組織とはオサラバだ!未練も無い!新しい団体を我々が作ればいいのだ!はははははは!!あのイカレ脳梗塞めが!!そうだ!あのイカレ脳梗塞の死に目にとことん悔しい思いをさせてやれば良いじゃないか!!ははははは!やるぞ!!やりまくるぞ!!」


 四人は祝杯を挙げた。


 翌日。祈信新聞一面は「吉原「元」会長。破門。」の記事と「復職!真の指導者真崎会長!」の記事が並べられ信者達に伝えられた。

 そして、各民間のマスコミ、放送局もこぞってこの件をトップで報じた。


 深夜、民間人「吉原 大源」の姿がテレビに映し出された。

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