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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
54/66

真崎、降臨

阪神大震災により吉原予言には的中の可能性が囁かれ始める。

安堵する吉原とは裏腹に、谷田部の表情は翳りを見せる。

あの真崎に近頃動きがあると言う…

「こちら芦屋市、西宮市の間では橋桁が完全に落ちています」

「消防等の救助はまだ到着していないようです」

「バスが、バスが辛うじて墜落を免れています」

「市内では多数の煙が確認されています!」


 崩れた高速道路の橋桁。

 市街地から発生した数々の煙。

 倒壊する木造家屋。

 報道のヘリコプターに救助を求める負傷者の姿。


「嘘…だろ…。」


 晴政は無意識に飲みかけていた珈琲をテーブルの上に戻した。

 郁恵は身体を震わせながら叫んだ。


「だから!だから言ったじゃない!やっぱり…やっぱり先生の言う通りなのよ!!」


 亮治は泰彦に向かい小さく呟いた。


「学校…休みかな?」


 泰彦は爪を噛んだまま、静かに首を横に振った。


 その時、吉原はテレビ画面の前でバンザイを繰り返していた。


「やったぁー!やったぁー!やったぁー!いやぁ!さすが大源!やる時ゃやるんだ!予言成就!!どうだ!これぞ仏罰!大ちゃんパワー炸裂だ!それゆけ!やれゆけ!もっと揺らせ!ガンガン揺らせ!わはははははは!!わーっはっはっはっはっ!!」


 吉原は満面の笑みと共に大音量の屁をテレビ画面に向けて放り出した。


 その日吉原は緊急放送と称し、関西地区へビデオメッセージを送った。

 ハンカチに隠した目薬を器用に駆使し、涙を演出する。


「私は…私は悔しくてたまらない…!関西地区は努力の結晶とも呼ばれている地区だ!全国の鑑だ!それが今…この私が話している瞬間も…凍える信者たちが待っていると思うと…!一刻も早く正文として手を打たなければならない!必ず救いの手を差し伸べる!私は君達を見捨てたりしない!必ずだ!」


 吉原は収録が終わった途端、スタッフ信者の声掛けも無視し、話してる途中で食べたくて仕方が無くなった名店花和のトンカツを浅見に注文させた。


 正文学会による緊急募金も始まった。これでは益々私が潤ってしまう、と吉原はほくそ笑んだ。

 沖縄の離れ小島を購入するか、と思い立ちパンフレットも取り寄せた。


 全国の信者達にはこれは仏罰であり、大源先生の説く「世界終末」の始まりなのだとすぐに噂が広まった。

 地方講話でそう断言する幹部まで現れた。

 信者達は不安のドン底に突き落とされ、混沌が混沌を呼んだ。


 盲目的な信者達は予言を的中させたとされる吉原の霊性の高さを崇め、より盲目的になった。

 逆に迷いの中にある信者は予言が的中したとされる吉原に畏怖を感じ、正文から離れる信者が各地に現れた。


 その混沌の上に胡座をかき、吉原は笑い続けた。

 叫べ、喚け、出せ、絞り出せ。そして、死ね。

 死ぬ際は決して無駄口を叩くな。

 そう思い続け、膨大な命と悲鳴の上で胡座をかき、高笑いを続けた。


 しかし、その混沌の中で一筋の矢が放たれた。


 1995年1月29日。正文本部。会長室。


 吉原、谷田部、伊勢は「三聖人会議」と称して日頃の鬱憤を話し合っている。


 谷田部が脂ぎった肌を拭っている。


「いやぁ、先生!今回はやりましたな!これでついに終末作戦成功ですな!」


 伊勢が甲高い声で吉原を賞賛する。


「滅亡というあんな大風呂敷広げて、大丈夫か!?と思いましたけどね!さすが先生です!立派立派!」


 吉原はソファの上で葉巻をくゆらせている。


「馬鹿者!これでも私は釈迦の生まれ変わりだ。分かるのだ。分かってしまうだけなのだ。」


 すると突然、谷田部の顔から笑顔が消えた。

 吉原はその変化に直ぐに気付いた。心なしか、谷田部名物の顔面脂も勢いを失くしたように見えた。


「せ…先生…あの…。なら…真崎元会長のお話をご存知で…?」


 谷田部が発言した途端にいつもの脂汗が浮かび上がり、吉原はひと息ついた。


「あぁ?あの死にかけのイカレ脳梗塞がどうした?やっと死んだか?」

「いや…それがどうも…何やら動きを見せているようで…」

「はっはっはっはっ!医療の進歩で小指のひとつでも動くようになったかな?ならば痙攣の間違いだろう!第一、オモテに出たとしてもクソ説法のひとつ満足に出来やしないだろうがな!」

「そっ…そうですよね…はは…はは…」

「なーにを怯えておる!ヤツが出てきて喋っても


「おー、あー、うー!おー!」


 程度の事しか喋れんだろうが!ほれ、二十四時間やってるテレビあるだろう?それには打って付けだがな!ははは!それよりどうする!?今回たんまり入って来そうじゃないか。何処か良いクラブでも買収するか?」


 伊勢が手揉みしだしたその時、突然会長室の扉が開かれた。


 数人の影が見えた。その瞬間、吉原の頭に咄嗟に過ったのは先日銀座のクラブ「EVE」に行った時の美千代とのやり取りであった。


「おい、美千代。いつもはな、女子と付けて呼ぶが今日は別だ。私は怒っている。先日は偉い大恥をかかせてくれたな!」

「あら?どういう事ですの?先生、おビールでいいかしら?」

「貴様のションベンでもいいぞ!はははは!」

「あら、お下品ねぇ。」

「……。あのクスリを飲んだがな、サッパリだった。」


 美千代はビールをグラスに注ぎながら不思議そうな顔をした。


「クスリ…?どこか御具合でも崩されたんですか?」

「何をスッとぼけている!あんなデタラメチャイニーズなんか寄越しやがって!」


 ビールを注ぐ美千代の手がピタリと止まった。


「先生。あの…本当に何の事ですの?」

「え……?おまえ、チャイニーズ使って私の所に寄越したろう。チン棒を勃たせるクスリを。」

「あら、いやだわ!何で私がそんな事をしますの!?あらおかしい!あははははは!」

「え、あ?な、何!冗談だ!ジョーックだ!ジョーック!やはり、おまえはアレだな、一流の社交が通じる女だ!ははは!」


 美千代は本当に何の話をされているのか分かっていない様子であった。

 翌日、吉原は自身の身辺を調べている者がいないか「始末」専門の組織・虎狼連に連絡したが「探偵ごっこはしていない。」とアッサリ断られてしまった。


 その後何か調べられているような気配も無かったので、吉原は己のイチモツが勃起しない事以外の一連の出来事を綺麗に忘れ去ってしまっていた。


 吉原の目には、扉が開かれる映像がまるでスローモーションのように映った。

 数人の男達が一斉に入ってくる。


 一人は因縁の相手。元正文幹部で現・救世の舟代表の羽山文昭だ。

 その背後に立つのは富士山道場館主の瀬川。

 その左に立つのは初代秘書、そして現正文大学理事を務める松下。

 背後には現・第一秘書である野村の姿があった。


 谷田部が椅子から飛び上がる姿がスローモーションで目に入る。

 伊勢も同じく、スローモーションで両手を上に挙げた。

 それは銃口を向けられた時と同じポーズだった。


 吉原は体内の底から、急激に身体が緊張し、血管が萎縮するのを感じた。

 胃の血流がおかしくなる音が聞こえた。

 風景の色が色彩を失い掛け、いつもより変わって見えた。

 酸素濃度が一瞬のうちに低下し、脳へ至る血流が滞るのを感じた。

 その途端に目眩を覚え、眼球の内側が微かに痙攣するのを感じた。


 視界が徐々に徐々に、しかしゆっくりと確実に、上方に持っていかれる。

 一体、何が起こった?


 腰の辺りが滑るような感覚を覚えた。

 はて、これは一体どういう事だ?


 あぁ、私は今、ソファから滑り落ちているのか。その最中なのか。


 真上へ向かう視界の下方で、谷田部がお茶をひっくり返す映像が目に入って来る。

 跳ね上がる茶の飛沫のひとつひとつが、何処へ向かうのか吉原にはハッキリと分かった。

 このお茶は伊勢にぶっかかるな、と吉原は悟った。


 この極端に遅く時間が流れる現象を何と名付けたら良いのだろう?

 吉原はスローモーションの中、一瞬の間現実から逃避した。

 しかし、見当たる言葉など何処にも無かった。

 なにせ、体験した事など無いのだから。


 死の瞬間というのは、このスローモーションが永遠のように続くのかもしれない。

 吉原がそのひとつの答えに辿り着くと、視界は完全に天井に支配された。


 ついに真上を向いたのだった。


 背骨が軋む音が骨を伝わり、吉原の鼓膜を震わした。

 波打つ鼓膜に呼応するように、背中から衝撃が伝わって来た。


 滑り落ちた反動で背中が逸れたのだ。

 その衝撃は吉原の顔を歪めさせた。

 目がゆっくりと閉じられ、自ら発した「うっ!」という短い悲鳴は電池の切れかけたカセットプレーヤーのようにスロー再生で聴こえてくる。


 完全に閉じた視界。

 ここひと月の映像が吉原の闇に浮かび上がって来る。


 謎の中国人。

 チン棒を立てるという謎のクスリ。

 それを飲んだ時の水の波紋。

 信者を鼓舞する群馬くん。

 苛立ちを隠せなかった年末の説法。

 スナックEVEの店内に並ぶスツール。そして光を反射する漆黒のカウンター。酔狂の客が歌う、下手な銀座の恋の物語。

 グラスについた指紋。

 それを拭き取り、一瞬だけ微笑んだ美千代女子の真っ赤な唇。


 口角を上げた、あの真っ赤な唇。

 

 そうだ。あの女。あの時、微笑んでいやがった。

 しかも、意味も無く。

 あれはザマァ見ろという微笑みだったのか?

 買われていたのか?

 やはり、あの女。全て知っていたのか。

 全て、仕組まれていたとは。


 誤算だった。こいつらの狙いは、それだったのか。

 私の計算違いを狙っていたのか。


 視界がゆっくりと、開かれてゆく。

 ぼやけた風景が映し出される。

 その男達の真ん中に、見覚えのある姿があった。


 ここには居ないはずの、あの男だ。


 視界に映った風景を脳が即座に分析し、明瞭な情報として吉原に提示した。


 車椅子に乗った老人が見える。

 そして、その老人が声を発した。


「私だ。久しぶりだな。」


 間違いない。

 その人物は、先代の真崎義幸であった。

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