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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
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誤算の清算

我を失い掛けた吉原の口から突如飛び出しだ言葉は「人類滅亡」という究極予言であった。


広げ過ぎた大風呂敷を回収する為、吉原大源は嘘に嘘を重ねる策に出る。

「あと五年で人類は滅亡する!」


 吉原の突然の発表を受け、正文学会会場内の信者達、幹部達は一斉にパニックに陥った。

 口を塞ぎながら泣き出す者、頭を抱えて苦悩する者、呆然と立ち尽くす者。

 信者達は様々な反応を見せている。

 幹部達は慌てふためいた様子で右往左往している。


 秘書の浅見は吉原の背後で口を開けたまま、呆然と立ち尽くしている。


 信者達が徐々に平静を取り戻し始めると、皆が一様に吉原に救いを求めるような眼差しを向ける。


 吉原は信者達の反応が鎮まるのを待つ。そして息を大きく吸い込むと、吉原は事もあろうに先程と全く同じ台詞を吐き出した。


「あと五年で人類は滅亡する!」


 再び同じように信者達が騒ぎ出す。

 そして同じように幹部達が右往左往する。


 このやり取りを三度繰り返した後、ようやく会場が静まり返った。


「いいか。うむ。よろしいな?…これから先の五年で、我々は世界を変えなければならん。その為に必要なのはまず、清財!」


 会場のあちらこちらから「清財だ」という声が呟かれる。中には「清財」と震える手で手帳にメモを取る者もいる。

 会場を見渡した吉原が鼻の穴を大きく拡げ、声高に叫ぶ。


「今よりもっともっともっともっと!!自分自身の為にも惜しむ事なく厳しい道を選び、歩めば必ず功徳が積み上がる!!自己犠牲が何よりも大切だ!!すれば、君達の滅亡は避けられるであろう。ただし!残念ながらそれは正文信者ある、君達を救う手段に過ぎぬ。」


 この馬鹿タレどもめが!功徳だ福徳だなんだ、夢ばかり見おって!

 吉原大源の「究極資金搾取作戦」に気付く者など当然馬鹿の集まりなので気付く者など居ないだろう。

 群馬のベンチャラの所為でうっかり滅亡なんぞと言ってしまったが、丁度良い機会だわ。

 こいつら全員!ケツの毛一本残らず毟り取ってくれるわ!


 出鱈目滅亡発言にひゃー、だの、キャーだの、猿のように騒ぎおって。

 貴様らが死ぬ事などどうでもよい。


 それより…私が偽薬を掴まされ、焼きまんじゅうと糞達磨しか能のない群馬により、この馬鹿タレ共の目の前で大恥をかかされた私の!痛ましく!悲愴で!張り裂けそうで!メランコリィであり!並の心の持ち主ならば自殺する程の!心の傷を読み解ける者など、結局は居ないのだ。

 自分の事ばかり。いっつもここの馬鹿タレ共は自分の事ばっかり考えていやがるではないか!

 何故私の幸せを祈らん!?

 私が!この私が!吉原大源なのに!

 貴様らの幸せなど私の目の前では蠅の羽音ほどの価値もないのに!

 そんな奴らは死ぬまで正文に尽くし、私財を出し尽くし、そして生きながらにして死んで地獄に堕ちれば良いのだ!


 吉原が胸中信者達に罵声を浴びせまくっていたその時である。


 静まり返った会場に一発、突然落雷のような凄まじい放屁音が鳴り響いた。


 会場の信者達、そして吉原の背後に立つ浅井も、その不謹慎な音の出所を一瞬にして耳で探った。

 すると、その場に居た全員の視線がピタリ、と吉原に向けられた。

 浅井の視線は吉原の尻にピントが合った。


 その直後、吉原が真っ赤な顔をしながら叫んだ。


「誰だ!?こんな時に!!不謹慎な!!」


 無論、犯人は吉原である。

 ところが、おまえか!?おまえか!?などと、怒りに塗れた表情で次々と信者に指を指しまくっている。

 会場前例の殆どの者が手を左右に振っている。

 元の立ち位置に戻ると吉原は俯いたまま黙り込む。


 吉原は痛感した。


 今日は駄目な日だ。女共でいうとこの、メンスの日だ。

 早々に退散しなければ下手を打つ可能性がある。

 うむ。退散しよう。


 縋るように次の言葉を待つ信者達。俯く吉原が顔を上げ、マイクを口に近付ける。

 信者達が息を飲む。


 そしてこう言い放った。


「では!よいお年を。」


「えーーーーーーー!?」


 信者達が目を丸くして一斉に叫ぶ。

 颯爽と舞台から消えて行く吉原。

 幹部達と浅井が後を追う。


 佐伯郁恵は「何で!?先生えええええ!!先生えええええ!!見捨てないでええええええ!!」

 と号泣しながら叫んでいる。

 さらには過呼吸を起こして倒れる信者まで現れた。


 会場の様子など気にも止めぬ吉原が足早に控え室に向かいながら叫んだ。


「群馬!!祈信!祈信の記者を呼べ!!控え室に呼べ!!すぐにだ!!」

「は…はい!」


 会場で取材を行なっていた正文学会機関誌である祈信新聞記者・大河内が控え室へ通された。


 大河内はハゲ隠しでもあるトレードマークの緑のハンチングを落ち着きなく被り直す。


「し…失礼します!!」

「入れ。閉めろ。」

「はっ!はいです!」

「おい。大河内、ここへ座れ。」

「はいです!」


 大河内はメモ帳とペンを取り出し、指を差された吉原の目の前に正座する。

 吉原が目を瞑りながら大河内に語り出す。


「ハゲグリーン、いや、大河内。今から語る事を全て、明日の一面トップに掲載しろ。」

「は、はい!何でも然り、です!はい!ど、ど、ど、どうぞ!」


 大河内は震える手で速記を始めた。


「今回、人類はついに黄泉から三下り半を突き付けられた。私も構造世界の違う相手には流石に抗いようもなく、受け入れるしか出来なかった…。会場で信者の皆さんにしっかりと伝え切れなかった事、誠に申し訳無く思う。しかし、おまえ、汚い字だな。」

「しかし…おまえ…汚い字だな、と。」

「と、ではない!貴様の事だ!」

「と、ではない、きさまのこと、だ、と。」

「大河内!おい!貴様の事だ!」

「へぇっ!?はっ!?あぁ、はい!はいです、はい!」

「まぁいい!どうでもいい!いいか?ここからまた書け。」

「は、はいですね!」

「これ以上維新が進まぬ場合には、人類は万物の法則、すなわち真理から見て宇宙の進化にとって足手まといな者と認識され、その存在を淘汰される運命にある。これは神世界の決定事項であり、変えられない。幾多も繰り返した争い、醜い嫉妬心、堕落、憎しみ、怒り……これら負の感情は人類が己の誤ちを認めず、簡単に縋りつくことの出来る責任転嫁先でありながら、ついにそのものを人類は捨て切る事が出来なかった…。

 黄泉の国ではこれを人類が進化を拒んでいるのだと、そう判断した。

 私情に惑わされ続け、真理を無視する人類は残念ながら、いや、当然ながら淘汰されるべきである。


 しかし、我々黄泉界がこの男、吉原大源に託した願いによってこそ人類は滅亡を防げるのである。


 それは己の犠牲を並々ならぬ努力を持って重ねに重ねる事により、成立する。

 人類はそれだけ浅ましい存在であるのだ。

 人間時間で言う所の五年の月日を与える。

 それまでに幾度もの印を我らは人類に与えるだろう。

 人類がこの男に従い、一つになる事以外に助かる術はない。

 最後のチャンスをここに与える。

 助かりたくば、この男に全て

 を委ねよ。

 でなければ、魂諸共消滅し、輪廻の外で地獄という永遠の時を過ごすが良い。


 …………はっ……!黄泉の声を降ろしているうちに意識を失ってしまっていたようだ……大河内、何と、何と言っていたんだ?黄泉の奴らは…」

「……………。え!?へっ!?なんですの!?あっ!?」


 大河内は寝ていた。


「馬鹿野郎!!」


 吉原が思い切り緑のハンチングを引っ叩くと、大河内のハゲが露わになった。

 頭に半分乗った状態のハンチングは大河内の頭頂部の寂しさをより際立たせた。


 ハゲが二人向かい合った控え室にて、先程の話が繰り返された。

 意識を失っていた吉原が順序立てて大河内に黄泉の国の決定事項を伝える。

 しどろもどろに受け答えしつつ、大河内がそれを速記し、纏めてゆく。


 明くる日の朝。


 祈信新聞の一面を飾ったのは


「決定!人類滅亡!!」


 の文字であった。


 この後直ぐに、吉原は誤算の差額を嫌という程に味わう事になる。

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