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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
51/66

維新元年

偽薬を掴まされ激怒した吉原は怒りの矛先を浅見にぶつける。

今、ここで演説してみせろという。

しかし、浅見はその手腕を見事に発揮し、吉原は窮地に立たされる。

そして……

 吉原は心の底からの怒りを体現するかのように肩を怒らせ、大股で大勢の信者が待つ会場へ向かう。


 何が中国四千年だ!何がアキラメロだ!シナチクばかり食ってる中国人の分際でこの私を騙しおって!

 ヤツ、今度見たらタダではおかん。

 殺してやる!一族郎党皆殺しにしてやる!!共産党に頼んで村ごと焼き払ってやってもいい!!

 美代子女子に何と言い訳すればいいのだ!畜生めが!!ああああ!!

 畜生め!!


 吉原の余りの変貌ぶりに浅見も声を掛けられず、黙って後ろを付いて歩く事しか出来ない。

 浅見は吉原が控え室でいつも瞑想に耽っている事を知っている(と思い込んでいる)


 浅見は俯いたまま想う。

 何か、今回の先生のご様子は今までとは違う…。人類の維新に関する大きな啓示を受けられたのかもしれない…

 きっと、それを受け入れ切れずに先生は苦しんでらっしゃるに違いない…

 人類にとって、正文にとって、何か大きな変化が起きるのでないだろうか。

 先生があんなに苦しんでいらっしゃるのに、俺は…俺は霊性が低いばかりに…何と情けない…!


 吉原は肩を怒らせながら思う。


 第一!!私のチンポウが勃たない訳がないじゃないか!!昔は勃っていたのだ!!なぁぁぁぁにがアキラメロだ!偽薬送りつけやがって!!

 中国人は何でもかんでも偽物だらけだ!国家からしてニセ国家ではあるまいか!!

 ハッタリ伝説を作り上げ、指導者だの抜かすツルッパゲを太鼓持ちが持ち上げて恐怖で人民を抑え付けるクソ国家だ!!

 あんなものに騙される人民の気がしれんわ!!


 吉原が中国に対し思った事、それはそっくりそのまま正文にも当てはめられる事であった。

 しかも、当の本人がその会長なのだ。


 この日、吉原はある大きな過ちを犯してしまう。

 それは時が経てば経つ程に取り返しがつかないものになる事も忘れ、その場の思いつきで発言してしまうのだ。

 絞首台の踏板を自ら思い切り蹴破ったのだ。

 自分の首を絞められる事も忘れて。


 会場の舞台袖まで来ると吉原が立ち止まった。

 浅見を振り返る。


「おい、群馬よ。」

「は、はい!?」


 緊張している最中に急に話しかけられて驚いたのか、浅見の声が裏返る。


「おまえ、青年部時代はあちこち演説でならして有名だったんだろ?え?」

「まぁ…あの…はい…。」

「聞かせてこい。」

「は…はい?」

「だから、私の代わりにおまえが出てって話してこい。今、すぐに。」

「え!?いや!話せと言われましても、いやいやいや!私なんかの言葉ではこの会場に居る皆さんの期待に応える事など出来ませんし、その…」

「ほれ!いけ!焼きまんじゅうパワーだ!それ!達磨抱えて飛び込んで来い!」

「あの…本当に…でしょうか?」

「嘘も本当も本当だよ。自己紹介がてら話して来い。五分やる。五分で話して戻って来い。ここで!私は厳しい目で見ておるから!ほれ!」


 五分は意外と長い…しかもこんな多勢の前で……いや、これは先生が与えて下さった試練のチャンスだ。

 ここを乗り越えたらきっと俺の維新が大躍進を遂げるに違いない…

 よし!行くぞ賢太郎!躍進の爆心地はここだー!!


「承知しました。では、行って参ります!」


 そう告げると浅見は舞台へと上がって行く。

 吉原は収まらぬ怒りの矛先を何も知らない浅見にぶつけた。


 群馬に恥をかかせてここで大笑いしてやろうではないか。

 あいつ、田舎者だからしどろもどろになって頭が真っ白になり、慌てふためくに違いない。

 私の怒りを多少なりとも鎮められれば良しとしてやろう。

 どれどれ、これは面白くなりそうではないか。


 吉原の企みも知らず、浅見は舞台へ飛び出した。


 信者達はその姿を見て誰もが司会係と勘違いしている。

 マイクのスイッチを入れると浅見が語り出す。


「えー…皆さま、こんにちは。」


 大きな声でこんにちは!と返事が返って来る。

 さぁ、いよいよ大源先生の登場だ!

 信者の誰もがそう思った矢先である。


「誠に僭越ながら先生よりお話の時間を頂戴しました。私、先生の第二秘書を勤めております、浅見賢太郎と申します。」


「お話…?」「大源先生は…?」「何だよ。案内には大源先生の名前があるのに」「何で秘書が話してるの?」


 信者達はどよめいた。急に出てきて一体あいつは何様なんだ?と。


 そのどよめきを聴き、まるで鎮まるのを祈るように浅見はマイクを置いた。

 仁王立ちのまま無言で信者達を見つめている。

 やがて会場は浅見の熱に抑え付けられたかのように、静まり返る。


 浅見が再びマイクを持つ。


「私が今、ここに居る事が出来るのは、間違いなく先生のおかげです。

 秘書としてでない。ましてや信者としてではない!今!感じているこの悦びは……紛れも無く一人の人間としての悦びである!!」


 高身長とその甘いマスクから振り絞って出てきたその言葉は、まるで拝聴者それぞれの胸の奥を目掛けて飛んで行ったかのように、一瞬にして信者達の心を掴んだ。

 割れんばかりの拍手が巻き起こる。


 しかし、浅見は手刀を斬ってその拍手を沈めた。


「否!我々が正文信者である事は何故か!?信者である事を誇る為か!?それを堅持する為か!?誇りの為か!?


 それは違う!


 一人の人間として未来を考え、そして辿り着いた結果が正文なのでは無いのか!?」


 恥をかかせてやると意気込んでいた吉原もいつの間にか浅見の演説に聞き入っていた。そればかりか

「そうなのか。正文は未来を考えての事なのか、そうだったのか。」

 と感心までしてしまっている。


 浅見は続ける。


「これは残念な事ではあるが、自らの欲望の為に活動をする信者も多いと聞く!実際、何々をすれば叶うとか下らん理由で人を誘い込む信者が多過ぎる!これは一体どういう事か!?真の維新を忘れてしまったのか!一人一人がその魂に正文の血を注ぎ、切磋琢磨して築き上げたこの正文を!我欲の為に!そして「今さえ良ければそれで良い」というなんとも情けない理由の為に先代達が磨いた正文の輝きを曇らせる輩が、余りにも目につく!」


 会場の信者の中には思わず俯く者が見受けられた。

 数珠を取り出し、謝るように浅見に向かい念仏を唱える信者までいる。


「私は学生時代、学年でたった一人の闘いを続けた。無視をされ続けた。親が呼び出された。しかし、私の両親は「ここが広宣の爆心地だ!」と私を励ました!

 私は怯む事なく広宣の為、血反吐が出るまで声を上げた!それは何故か?

 我々の世代が真に現実と向き合い、必死に祈る事で未来に繋がると信じたからだ!正文に未来を託したからだ!!

 今生きている人間の先、これから大人になる子供達の為、そしてその次の子供達の為に我々が成せる事は何か…


 それは真に正しい教えを理解し、精進し、そして次に伝えて行く事ではないか!?

 それが維新へと繋がり、人類の維新が完遂するのではないか!?


 澱むな!正文よ!

 闘え!己の弱さと!

 そして伝えて行こう!

 我々が先人でいてくれて良かったと言ってもらえるよう!未来の子供達の為に!!」


 最後、浅見が拳を振り上げると信者達は総立ちになり、これ以上はないという程の拍手を送ってみせた。


「私は私を恥だと思う日が無いよう、信心致します。皆様と、未来の為に。それでは、この後は吉原大源先生のお話です。ありがとうございました。」


 その生き様の九割は恥から構成されている吉原は呆気に取られ、呆然と浅見を眺めていた。

 なんと力強く、そして説得力のある演説なのだ。

 アーテストってのはあぁいうヤツがなるんだろうなぁ。


 あ!しまった!!恥をかかせるつもりだったのだ…!!


 浅見が舞台を降り、戻ってくる。


「先生……纏まりのない話をしてしまい本当…申し訳ありませんでした…」

「えっ!?あ、ああ!ないない、全然纏まりないな、うん。何伝えたいのか、よ、良く理解出来なかった。話は、わかりやすさが必要だな、うん?肝心だな。ご、五点だな、百点満点中な、五点だ。あと、任せなさい。」

「五点…………大変申し訳ございません……」

「良いよ良いよ、まぁ、ほら、気にしないで。まぁ、見てて。」


 吉原は内心焦りに焦っていた。舞台に上がろうとするが未だに拍手が鳴りやまない。

 出づらい事この上ない。

 仕方なく爪の間を眺めたり、ズボンのチャックを上げたり下げたりしてやり過ごそうとするも、やはり鳴りやまない。

 意味無くシャツのボタンを開け、そして再び締めていると背後から声が掛かる。


「あの……先生、そろそろ……」

「えっ!?あ、あぁ。あの、ボタンがね、ちょっとねぇ。うん、ちょっと、なんだけどね。」

「シャツのボタンに何か不具合がありましたか!?」

「いや、あのねぇ、あ!大丈夫だったねぇ!いやぁ、すまんすまん!ははは!勘違いした!では、ではね、行くわ。」

「はい!勉強させて頂きます!」


 吉原は重たい足取りで舞台へ上がる。

 いつも通り両手を上げながら登場するも笑顔が引き攣っている。


 しまった。一番良い時にベッストタイミングで登場してしまった。

 奴ら、私を見て何かを期待している。

 浅見以上の熱を期待してやがるのが伝わってくる。

 何て……何て図々しくふてぶてしい信者共なんだ!!

 私が偽薬をつかまされ、そして傷ついた事も知らずに!!

 畜生!畜生!畜生!畜生共めが!!


 拍手が鳴り止む。信者達が先程の興奮の熱を帯びたまま、期待の眼差しを全力で吉原に向けている。


「皆さん、こんにちは。」


 浅見の時よりも数段大きな返事が返って来る。

 イカン、こいつら群馬のせいでやおらテンッションが上がっておる…。

 イカン、イカン…何も思い浮かばない……どうした大源!いつものハッタリをかませてやれ!いけいけ大源!ゴーゴー大源!


「えー…ハッタリを、あ、いやいや。あの…………なんだっけな……あ、忘れてました、私、会長です。どうも!えーとね……なんだっけな。」


 信者達の間にはそれが冗談なのか、果たして本気なのか?といった動揺が走る。

 信者達の目は先程の輝かしく熱を帯びたものから一気に暗転し、事故車の前を通り過ぎる時のような心配そうな目つきに変わった。


「あの、師走ですね。風邪なんか引かないようにお願いしわっす、なんてね。あとね、さっきの群馬、いや、浅見君は出身が群馬でね。浅見だけにね、空っ風であーさみぃ、なんてね!広宣の爆心地なんてね、彼の親もあれだな、原爆好きなんですかね。いやー、ねぇ。ねぇ?」


 信者達はついにどよめき始めた。一体、会長はどうしてしまったんだ?何をさっきから言っているんだ?これは異変以外の何者でもない。


 吉原は自分の手が震えている事に気付く。


 あのおおおおおお!クソ群馬めがあああああああ!!

 余計な事ばかり喋り倒してくれたおかげで私が恥をかいておるではないか!!

 なんなんだ!どいつもこいつも!

 私の気分を害し、そして傷つけおってええええ!!

 こいつらもこいつらだ!かわいそう、みたいな目で私を見やがって!

 私は会長だぞ!!貴様らから巻き上げた金で毎晩豪遊し資産も溜め込んで立派な家にも住んでいる!あの!正文の!会長だぞおおおおおおお!


 吉原はマイクを床に叩きつけた。

 信者達に緊張が走る。

 やはり、いつもと違う。

 中にはすっかり怯えきってしまっている少年部の信者もいる。


 マイクを拾うと吉原はその苛立ちを信者達にぶつけた。

 そして、これが取り返しのつかない結果を招いてしまう。


「いいか!!貴様ら!!今日ここへ来る前に啓示を受けた!!全員聞け!スタッフも!!もう良い顔などしていられるか!!さっき浅見が未来の為にと言った!良い言葉だった!!しかし!!」


 その場の全員が息を飲んだ。


「断言する!人類に未来は無い!!」


 全員がえっ!?と声を上げる。

 浅見までもが「えっ!?」と声を上げる。

 会場内はパニックに陥った。


 吉原が吠える。


「聞けー!いいから聞きおれ!静かにしろ!!黙れ!!いいか!?これは貴様らの維新が進まず信心が足らなかった結果が招いた事だ!!」


 信者達が一斉に嘆く。



「あと五年で人類は滅亡する!!」


 今度は悲鳴があちこちから上がる。


「救う手立てはただ!一つ!」


 再び、信者達が息を飲む。


「激烈に信心し!己の全てを正文に捧げ!維新を促進する為に五年以内に全人類の正文化を成す事!よって!ここはもう日本ではなく正文と言える!!平成だぁ!?そんな呑気な事など言っていられない!!

 平和は終わったのだ!!

 年号を改める!!


 今、この時をもって年号を!!


 維新元年とす!!」


 信者達が平伏すと、あちこちから念仏が聞こえ始めた。

 吉原は続きが思い浮かばずぼんやりそれを眺めている。


 念仏を唱える中に佐伯郁恵が混じっている。

 あぁー!あぁー!とウシガエルのようなテンポで叫び、念仏を唱えている。


 その会場の中に二人、冷静な眼差しで吉原を見つめる者がいた。


「そろそろ…ですかね。」

「整いましたね。始めましょうか。」

「いよいよですか。長かった。」

「これでもう、終わりにしましょう。良いタイミングだ。」


 吉原王国は音もなく瓦解する。

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