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カーテン  作者: 大枝健志
吉原の大誤算
50/66

アキラメロ

年内最後の講話を控えた三日前、自宅でつまらなそうに裏ビデオを眺める吉原大源の元へ謎の中国人が訪れる。

大源王国が崩壊する、僅か前の出来事である。

 吉原大源の第二秘書。通称「群馬くん」こと浅見賢太郎は地下鉄の出口へ急ぎ足で向かっていた。電車が運ぶ生温い風、そして外の冷たい風が混ざり合う。必死に髪を押さえたが抵抗虚しく、セットが乱れてしまう。

 外へ出ると師走の街はいつもと違う慌ただしさに包まれていた。


 熱心な正文信者の両親を持つ浅見には、年末行事であるクリスマスも、年明けの初詣も、無縁のものであった。

 あれは小学四年の頃だった。


 浅見の取り巻きの女子達が一緒にクリスマス会をやろうよ、と浅見を誘った。

 クリ、スマス?

 群馬の山奥では聞き慣れないその言葉を家に持ち帰り、浅見は食事中その事を両親に尋ねた。


「父ちゃん、母ちゃん、クリスマスって何なんさ?」

「クリッ!!スマー!?」


 母はそう絶叫すると卒倒してしまった。


「母さん!?おい!多恵子!多恵子ぉ!おい!賢太郎!救急車呼べ!」


 母はその言葉に卒倒し、父と共に救急車に乗り込んだ。

 父は救急車の中で教えてくれた。


「あれは都会に蔓延するキリストウィルスに罹った悪魔達がやる、西洋の呪いの儀式だ…!」


 父の目は真剣そのものだった。

 分かった、俺、参加しない!と誓い、全ての誘いを断った。

 奴らは都会に蝕まれた西洋寄生虫だと父から叩きこまれた。


 神社や寺へ行く事も罰が下るとされた。

 父が嬉しそうな顔で言っていた。


「いいか?賢太郎。神社や寺へ行って願い事をする輩が居るが、絶対に行っちゃイカンぞ。願い事は本柱へ向かってお祈りをすれば、大源先生を通じて必ず、確実に、すぐに、迅速に、宇宙神が叶えてくれる!奴らはそれを知らずに小さい、せっこい低レベルな神達に願い事をしてるだけなんだ。宇宙神にそれが届くまでは時間がかかり過ぎる。」

「どれくらいかかるの?」

「うむ。三歳の時の願い事が届けられる頃、その人はもう百歳になる。つまり、願い事は死んでも叶わない。」

「え!?死ぬの!?」

「え!?あ!?え、そう!つまり、つまりだな、神社や寺へ行けば死ぬ!即死かもしれん!」

「死…死ぬ…」


 浅見は酷く怯えた。それから神社や寺へは一切近づく事はしなかった。

 修学旅行も神社や寺の入り口でひたすら「大源回帰!天命回帰!」と念仏を唱えていた。

 日本人男子トップクラスの容姿を持ちながら、純粋過ぎかつ、熱いその性格故に中身は容姿のそれとは掛け離れて育ってしまったのだ。


 そんな浅見賢太郎は今、吉原大源の第二秘書として慌ただしい日々を過ごしている。


 今日は新宿会館にて年内最後の講話が行われる予定であった。

 浅見は会館の鍵を開けると、準備に取り掛かる。


 吉原大源は世田谷の地上三階地下一階建ての自宅でとあるモノを待っていた。

 その為、浅見による送迎は断り、代わりにタクシーで会館へ向かう旨を伝えていた。

 浅見には講話に向けて霊性を極限まで高める為である、と告げていた。


 それは三日前の寒い深夜の出来事であった。

 獣姦モノの裏ビデオを入手した吉原は、うまい棒サラミ味を食べながらさもつまらなそうに巨大スクリーンに映し出される馬の性器が女性器を行ったり来たりしている映像を眺めていた。

 待てど暮らせど反応しない己の性器に怒りを覚えた、その時である。

 深夜にも関わらずインターフォンが鳴らされた。

 吉原は苛立ちを覚えた。

 こんな時間に、しかもこんな時に、どこの非常識クソ馬鹿たれだ!

 コールガールにしてもこんな時間に押し掛けて来るなぞ、いくらズベ公だろうと流石に頭がパンスケ過ぎる!!

 立ちんぼは凍えて死ね!

 どんなツラ構えの奴か見てやろう、と監視モニターのスイッチを入れる。キャップにサングラス、マスクという強盗犯のような出で立ちの男が玄関に立っていた。

 大源はインターフォン越しにストレートに聞く。


「おい。貴様。強盗か?」


 すると、中国訛りの言葉でチガウチガウと返事が返って来た。


「アナタ、偉いセンセ。チガウカ?」

「そうだ!私はかの吉原大源である!毛沢東も江沢民も私の後輩だ!何の用だ!」

「アイヤー!そら、ビックリね。センセ、ショージキ言う。アナタ、チンポ勃たないネ?違ウカ?」


 吉原は顔を真っ赤にすると通話を切った。

 このおおおおおおおおお!何故それををををををををを!!!!


 ふいに心の底の底を突かれた吉原は怒りの為に少ない頭髪を掻き毟り、玄関用の爆破ボタンを思わず探し出す。

 しかし、そんなものは元から無い事に気付くとその場にしゃがみ込んで床を叩きまくった。


 するとセンセー!センセー!と大声を出しながら玄関を叩く音が聞こえてくる。

 もう一度インターフォンを通話モードにする。


「何だ!?この不法滞在者め!貴様にさせる労働は無い!!」

「違ウヨ。アナタ、チンポ勃つクスリ、イラナイカ?」


 勃つ、クスリ…?

 その言葉は文学青年達が感じる「死」よりも耽美な響きとして吉原の耳には届いた。


「そ…そんなものが…あるのか!?」

「アルヨ。センセ、中国四千年。」

「しかし、何故貴様がそれを知っているんだ!訳を聞かせてもらおう。」

「アイヤー。コレバカは、ナイショネ。」

「では通話を切る!」

「コレ、ナイショ!銀座ママサン、スナックイヴのママサンから頼マレタヨ。ママ、センセ、勃たせてクレだよ。」

「何ぃ!?あの、あの!美千代女子から頼まれただと!?」


 美千代とは吉原が近頃激しく熱を入れ込んで口説きに口説いてる銀座のスナック「EVE」のママである。

 吉原曰く、説法の五億倍の情熱を掛けても一切靡く素ぶりすらない、幸薄そうな美人ママなのだった。


 ママ+勃つクスリ=セックス


 という分かりやすい計算をした吉原は突然の訪問者に一縷の望みを託す。


「そそそそそそそそそそその!クスリをすぐに、寄越せ!!今!ナウ!」

「アイヤー、今、ナイネ。三日後、宅配便スルヨ。センセ、待ってるシロ。」

「いや!その日は年内最後のクソ虫共が群がるニセ説法、あ、いや!真摯で熱心な信者諸君が集まり崇高なる私のお話を聞く会がある!」

「じゃ、ゴゼンチュ届ける。イイカ?」

「い、イイアル!それでいい!絶対だな!?絶対なんだな!?」

「当たり前ダヨ。ゴゼンチュ、待てシロ。ソレチャアネ。」


 そう告げると突然の訪問者はモニターから颯爽と消え去った。

 吉原は心の底から喜びが溢れ出てくる感覚を久々に感じていた。

 思わず性器を取り出すと指先でそれを摘み、自分の顔の方へ向ける。


「おまえ。待ってろよぉ〜?」


 そう語り掛けると吉原は朝方まで飽きる事なく自分の性器と対話していた。


 そして当日。まだか、まだか、と苛立ちながら部屋をウロウロしているとインターフォンが鳴らされた。

 小学校の短距離競争以来の全力疾走で玄関を開け、宅配業者から小包を受け取る。

 無我夢中で袋を開けると小さな箱の中には白いラムネのような粒が十程入っている。

 添えられた手紙にはヘタクソな日本語で


「センセ、のむ。一回一つ。必ず、する30分前のこと。30分たって、きかない時は、もうアキラメロ。」


 その手紙と箱をブリーフケースに入れる。

 そしてタクシーを呼ぶと意気揚々と乗り込み会館へと向かった。


 控え室に入る前、廊下で浅見が吉原の到着を待っていた。

 申し訳無さそうな顔をしている。

 吉原が近づくなり土下座をした。


「先生!準備に手間取り駐車場へお迎え上がれず申し訳ございませんでした!!」


 しかし、吉原は笑顔のままだ。


「はっはっはっ!群馬君よ、オモテを上げ給え。」

「は…はい…」

「本来であれば銃殺、良くて銃殺、と言ったところであるが今日は霊性が非常〜〜〜〜〜〜に!高まっておる!私に構わず、準備に戻りなさい。」


 そう言うと浅見の肩をポン、と叩き控え室に入って行った。


 先生の霊性が、高まっている!?

 これは今回、少しの失態も許されない!よし!気合いを入れてこの講話を無事終了させなければ!

 浅見は髪が乱れるのも構わず、準備へ戻る為廊下を走り去って行った。


 吉原は控え室に鍵を掛けるとテーブルの上に小箱を置いた。

 腕を組み、実に真面目な顔でそれを眺めている。


 必ず、する30分前のこと。


 する30分前。講演開始まであと一時間と少し…。

 吉原はその時、閃いた。


 これを飲んで舞台に立ち!信者共を煽るだけ煽り、嬌声を浴び続け、そして称賛の渦の中に私が勃ったまま立ったならば!

 物凄い快感に包まれるかもしれん!

 性交より崇高な、他人には真似出来ぬ人智を越えた体験が出来るかもしれぬ。

 せっかくの勃起再開記念がセックスなぞというモノの為にあるのは余りにショボい。

 私に熱狂する私の信者共に見せつけるようにするのがやはり、相応しいだろう。

 老若男女問わず、震えるが良い!


 水とクスリをゴクリ!と飲む。


 いよいよだ、いよいよ待ちに待った勃起とのご対面だ!

 思わず笑顔になり、指を組んでその時を待つ。


 十分経過、二十分経過…三十分経過…そして四十分が経過した。

 股間周りの感覚は何ら変わりなく、勃起のボの字の気配すら起こらない。


 手紙を読み返す。


 30分たって、きかない時は、もうアキラメロ


 その言葉を凝視する。


 アキラメロ


 アキラメロ


 アキラメロ


 うおおおおおおおおおおおお!!

 と叫ぶと吉原はテーブルを抱え上げ、メイク用の鏡台に向かってそれを投げつけた。

 ガシャーン!とガラスが割れる音が響く。

 吉原の喜びはその破片のように見事に砕け散った。


 世話係の信者達がドアを叩く。


「先生!先生!大丈夫ですか!?」


「黙れえええええええええ!!」


 吉原が一喝し、ドアを開く。

 怒りと悲しみに満ちた吉原の顔を見て、信者達が思わず後ずさる。

 吉原が浅見に向かい吠える。


「群馬!!」

「は、はい!」

「もういい!始めろ!行くぞ!!」


 吉原はジャケットも着ないまま肩をいからせ会場へ向かう。

 先程まで霊性が高まっている、と機嫌を良くしていたはずなのに…

 一体何が…


 怯える浅見と信者達。


 そしてこの日、吉原は取り返しのつかない過ちを犯してしまう。

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