吉原マンコウ音頭
丸山から聞かされた吉原大源という人間の実態。
家庭を守る為に晴政は覚悟を決める。
長い、長い覚悟を。
晴政は家族が外出している間、とある旧友と電話で話し込んでいた。
その相手は小中の同級生で地元市議会議員の丸山だった。
インターネットの無い時代、オモテに出ない話を知るにはそれを知る人間から直接聞く他に術が無かった。
丸山はかつて新聞社に勤めていた経歴を持ち、様々な事情に精通していた。
晴政が聞きたいことはひとつ。オモテには出ない正文学会についての事であった。
「俺から聞いたって言うなよ?」
念押しの後、丸山の口からは正文について晴政では知り得ない情報が次から次へと飛び出した。
正文学会。
その絶大な影響力は個々の日本人のみならず、政治、企業、芸能界にまで及ぶと言う。
各界の実力者が現会長の吉原の霊性を崇め、讃える者が後を絶たないとの事であった。
吉原の霊性うんぬんはオモテの話で、同じ正文同士で横の繋がりが多く出来るというのも多いが、吉原が持つ影響力の理由は宗教とは別にあると言う。
吉原は戦後、真崎が経営する床屋店にて住み込みで働いていた傍ら、闇市では「ボス」としてその存在を知らしめていたという。
最初のうちこそは実家の資産をこそこそと使い(盗み)商売を始め、自分の小遣い稼ぎの為だけに闇市へ繰り出していたが、次第に欲が出始めると吉原は仲間を集めて無許可の金貸しを始めたという。
資金を持つ吉原が居なければ焼け野原で飢え死にしていてもおかしくなかった連中、特に札付きの悪ばかりを探して集めたのだった。
非合法的なやり口の回収に関してはその人間達にやらせ、元締である吉原が表立って出る事は無かったそうだ。
その組織では金貸の他、薬物取引や武器横流し、青線売春、強盗などの犯罪行為にも手を染めていたという。
そのうち、潤沢な資金を手にした組織の者達がそれぞれ会社を起こすようになり、今の日本経済を支える起業家へと成長を遂げて行ったという。
その中でも合法的なやり方が合わない者達は会社ではなく、東京を中心に暴力団を組織したという。
非合法活動をしていた彼等は表でこそ繋がりは無くなったが、裏では未だにしっかりと繋がりを持っているという。
罪の共有が力強い縁を生んだのだ。
資金の出所であり元締の吉原に対して、彼等は未だに頭が上がらないそうだ。
「脱法わらしべ長者」-吉原はジャーナリストの間ではそう呼ばれていたそうだ。
宗教家として出世した吉原には常に黒い噂が付き纏い、半ば都市伝説のようなものだが吉原個人を表立って批判するような人間に対しての「実行部隊」を正文外部に持っているとの話もある。
丸山は「ここだけの話だからな。」と前置きを置くと吉原は「正文は人の魂を成長させる為にある。」などと言っているがそれらはタテマエで、本音はただ抑えきれぬ我欲を満たす資金を掻き集める為の道具として宗教を利用しているに過ぎない、ただのインチキダヌキなのだと批判した。
目の前で信者が死んでも何とも思わないだろう、と。
噂だけでは無く、実際に各方面で酒池肉林の宴を催す吉原の姿が目撃されているという。
吉原大源名義の出版物などもほぼゴーストライターに書かせたものであり、維新対話と称して各国の要人、著名人と対談をするも吉原自身は相手が何処の国のどんな人物かも殆ど分からない事も多いとの事だ。
吉原にとって維新対話は己の顕示欲と名誉欲を満たす為だけの行為に過ぎない。
それに、正文信者達に我々は世界から支持されているのだ、と思わせる事も出来る。
丸山は言う。これは余談だが、と。
吉原とマイケル・ジャクソン氏との対談計画が持ち上がった際、側近から
「世界のアイドル、マイケルはマイコーと呼ばれてるんですよ。」
と教えられると、吉原は幹部達の前で
「アイドルマンコウか!そいつは傑作だ!踊り上手なマンコウとは、そいつはまるでストリップだな!
ほれ、おまえらも負けじと踊れ!
マン!コーウ!ほーれほーれっ!マン!コウ、コウッ!ほーれ!」
と手拍子を突然始め、大声で笑い出すと泣く泣く真顔で踊り始めた幹部を見て激昂し
「維新がならん!」
と、とある幹部をいきなり殴り飛ばしその場を静まり返らせたという。
吉原という人間はやる事なす事何もかもが無茶苦茶で、考えなしの行き当たりバッタリで、人の事など一切顧みず、弱い者からは根こそぎ奪い尽くし、立場が上の人間には媚びへつらい、それでいて威風堂々としていて最もらしい事を言うので誰もがその雰囲気に圧倒されてしまうという。
しかし、丸山は「その正体はただのサイコパス野郎」なのだとはっきり言い切った。
晴政は数回信者の集まりに顔を出したのみで、正文の詳しい教義などは分からない。
そこで、丸山に素朴な疑問をぶつけてみた。
「なぁ、何であんなに信者達は熱心に吉原を崇拝するんだ?」
「洗脳って分かるか?」
「言葉は分かる。実態はなんとなく…。」
「あいつが凄いんじゃなくて、あいつを凄いと思い込む信者達が凄いんだよ。吉原に関しちゃあ、作り上げられた伝説と出来事ばかりなのにな。」
「関しちゃってって、あれか、吉原って奴が頭になってから正文はおかしくなったって…事か?」
「そうさ。イシンだとか共有だとか、んなもの全部デタラメだよ。正式な教義そのものは変わっちゃいないがスタンスそのものを変えたのが吉原だ。元々の正文に維新や共有なんて概念は無かったそうだよ。奴はな、自分が気持ち良くなりたいから周りと共謀して信者達に教義ではなく、自分を崇めるようにそう仕向けたんだ。」
「維新ていうのは魂の救済みたいなもんなんだろ?あいつに還る事で救われるんだって皆信者は必死みたいだな。郁恵も血走った目でさ、必死になって言ってんだよ…。」
「え、郁恵さんそんなにハマってんのか。」
「あぁ。維新がなんたらって話しを聞き流してたらさ、真面目に聞け!って怒鳴られてテーブル叩かれたよ。」
「郁恵さんがねぇ…。おまえ…大丈夫か?」
「大丈夫じゃないからこうして正文の弱点知っとこうと思ったけど、俺の気休めかもしれないし…こうやっておまえに話し聞いて、俺が話したかったのかもしれない。疲れたよ、もう何だかんだ…。」
「相当参ってるな…流石に心配になるぞ。宗教はさ、やる自由も保証されてるけどやらない自由も保証されてるからな。いっそのことキッパリと関係断たせるのが大事だけど…本人がやるって言えば中々それは出来ないし…なんせ奴らも群で動くからな…。」
「今俺が心配なのは泰彦と亮治だよ。郁恵だけじゃない、周りの信者共が子供に変な事教えられたらどうなるかって、そればっか考えてる。どうしたらいいんだろ。変えられないのか。」
「はっきり言うけど、簡単には無理だ。まずはおまえがしっかりしろよ。大黒柱が折れたら洒落にならないぞ。一家で正文やるか?」
「それは…いや。無理だ、無理だから俺がしっかりしなきゃな。」
「俺にも立場があるからな、個人的にはあまり関われない事は分かってくれ。ただ、あまりに極端な方向に行ったら助け舟を出してくれる団体がある。」
「え?それ、本当か?」
「あぁ。正文幹部だったオッサンがやってる「救世の舟」って団体だ。」
「おいおい…それも変な宗教なんじゃないのか?」
「いやいや、逆だよ。脱会者の支援なんかをやってる団体だよ。」
「そんな団体もあるんだな…。」
「それだけ世間への影響が大きいって事だよ。宗教なんて一歩間違えれば家族揃って地獄行きだからな。」
「俺は天国に帰りたいよ…。なぁ、そこの番号とか、分かるか?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。」
晴政は丸山から救世の舟の番号を聞くとメモを取り、財布にそれをしまい込んだ。
丸山との電話を終えるとソファに座り、ぼんやりと宙を眺めた。
白い天井をじっと見上げ、見上げているうちに何処から何処までが自分の見ている「白」なのかが分からなくなって来る。
その感覚が妙に落ち着き、しばらくの間そうしていた。
ガチャ、という音と共にその感覚が消し飛んだ。
ビニール袋が擦れる音がして足音が重なってこちらに向かってくる。
映画へ行くと言っていた家族が帰って来たのだ。
郁恵は「夕飯これ食べて。あとはお願いね。」と晴政に告げると足早に家を出て行った。
亮治を見ると落ち込んでいるのがすぐに分かった。
晴政はたまらず声を掛ける。
「亮治、どうした?映画、楽しくなかったか?」
亮治は無言で頷くとソファの上で体育座りをした。
泰彦が郁恵を玄関まで見送る。
リビングへ入るなり扉を閉め、力のこもった眼で晴政を見つめる。
「泰彦、おかえり…。」
「父さん、亮治、話がある。」
大黒柱が折れたら洒落にならないぞ。
晴政は「俺もだ」と言う代わりに泰彦と同じく、力のこもった眼で頷いた。
その眼は互いに良く似ていた。




