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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
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脱会

妻・美代の日記を読み動揺を隠せない圭一。

羽山は圭一の核へと迫れるのだろうか。

そして新たな正文の来訪者とは…

 羽山が手渡した村元美代の日記を圭一は一字一句も漏らさぬ、といった表情で見つめている。

 夫婦であるならその字の様子から心理的な部分も読み解く事が出来るかもしれない。

 そう思いながら小林は固唾を飲んで見守っている。


 羽山は指を組んだまま静かに圭一を眺めていた。


 長谷川と保田も煙草を吹かしながら圭一の反応を見守っている。


 圭一は妻の日記に怒りを覚えたのだろうか、悲しみなのだろうか、感情は読み取れないが何かに動揺しているように、顔を手で覆う仕草を先程から何度か繰り返している。


 圭一は日記を読み終えると握り拳を作り、躊躇なく机に叩きつけた。

 ドンッ!という音と共に圭一は俯き、そして顔を赤くして何かを堪えている。


 羽山が声を掛ける。


「村元さんね…。地獄は、どうです?人間が作り出した、本物の地獄は。」


 圭一は俯いたまま震え出し、小さく声を上げた。


「………く……く……あります……。」


 そのまま勢い良く立ち上がると階段を駆け上がり二階の部屋に消えた。


 誰も追いかけようとはせず、互いに顔を見合わせる。

 小林が口を開いた。


「良かったん…ですかね。」


 長谷川と保田が目を輝かせながら羽山に尋ねる。


「あ、あれは何が書いてあったんです!?」


 羽山は答える。


「それは知る人だけが知ればいい。無用に読んでもいいことなんか一つもない。一つも、だ。」


 長谷川と保田は納得いかない、とでも言いたそうな表情で顔を見合わせた。


 昼飯どうする?と長谷川が保田に尋ねた次の瞬間であった。

 二階から「うおおおおおおお!」という奇声が聞こえたかと思うと勢い良く圭一が階段から駆け下りて来た。

 その手にはゴルフクラブが握られている。

 ゴルフクラブを目にした一同が一瞬にして身構えたが、圭一はリビングを駆け抜け居間へと消えた。


 うおおおおおお!という声と共に何かを破壊する音がして、小林を先頭にして全員が様子を伺いに向かう。


「こんなもの!こんなもの!こんなものー!おまえのせいで!おまえのせいでえええええ!!」


 圭一は数百万するという仏壇をこれでもか、と滅多打ちにしていた。

 髪を振り乱し、そして泣きながら。

 保田が声を掛けようとするが羽山が目で制した。


 一同はリビングへ戻り、煙草を燻らした。

 誰もが無言で、耳に届くのは仏壇を破壊する音と圭一の絶叫だけであった。


 羽山が小林に問う。


「地獄はあるんだ。この世に。こんな酷い有様、地獄以外のなにものでもない。」

「そう思います。これは…地獄です。人間の作った…。」


 音が止むと圭一は破壊し尽くした仏壇の残骸に向けてゴルフクラブを放り投げ、リビングへ戻って来た。

 そして、床に座り込むと同時に子供のように泣きじゃくった。

 わんわんと声を上げ、泣きじゃくった。

 羽山が近寄り背中を摩る。


 小林から見たその様子は、まるで迷子とそれを保護した者のようであった。


 泣き腫らした顔の圭一がようやく落ち着いたのは昼前の事であった。


「羽山さん……煙草、一本もらえませんか…?」

「あぁ、いいよ。キツイよ。」

「ありがとうございます。」


 羽山に火を点けられ、煙を吸い込むと圭一は咽せた。

 しかし、再び煙を吸い込んだ。


「村元さん、落ち着いたかい?」

「はい…。すいませんでした…皆さんも…本当に。」


 いやいやいや、と同時に長谷川と保田が片手を振りながら答える。

 圭一はとつとつと、語り始めた。


「その……本当はね、私が止めなきゃならなかったんですよ。日記にあった事は知らなかった……。美代が死んだ時に私は、正直、正文をやめようと思ったんです。なんであんなに頑張っていたのに…美代が死を選んだんだろうって…何の為の宗教なんだろうかってね……。そしたらね、あの連中に言われたんです。


「奥さんは維新者として死んだ。あなたも肇君も頑張れば、あの世でまた会える。必ず。」


 ってね。それがどうだ。奴ら少しでも弱気を見せた美代を励ますどころか追い詰めてたなんて……。コートが欲しいから早く死ねだなんて……。」


 そう言うと再び圭一は泣き出した。

 小林と羽山が背中を摩る。

 小林にはその悔しさの欠片ほどではあるが、その浮かばれない気持ちが分かっていた。


「奴ら……私と肇にはあんな良いことばかり言って……裏では美代を自殺に追い込んでいたなんて…それに気付けなかった私は……本当に……。」

「悔しいよな。うん。当たり前だ。」


 羽山が静かに、それでいて慈愛に満ちた目で圭一を慰める。


「羽山さん……小林先生……本当に、本当にすいませんでした……本当に!それから、長谷川さん、保田さん、本当にありがとうございます……。迷惑ばかりかけてしまって…本当に……」


 羽山が圭一の肩を叩く。


「村元さん、気付いてくれて良かった。さっきまでのあんたは美代さんが亡くなる前と同じ状態だったんだよ。それが分かったから、こうしてやって来た。」

「はい……。」

「心を救うはずの宗教の為に心を壊し、余裕を無くし、そして安らかに向かうはずの死へと猛進するようになる。心の何処かで黄色や赤の信号が点灯しているのに、気付かぬ振りをして突進していく。やがて自分の本来の目的も忘れ、視野がなくなり、死しか意識出来なくなる。死ななければならない、という心理状態だ。そんな事を神や仏は教えない。そんな事をさせるようなものが宗教だと、そう思えるかい?」

「いえ……。私は、悔しいです……。」

「うん。あんたまで死んだら肇君はどうするんだい。本当に一人ぼっちになってしまうだろ?な。例え一人ぼっちになったとしても、帰る場所があるなら、それは一人ぼっちとは言わない。そうだろ?」

「はい…。」

「あんたも…色々言われてたんじゃないか?」

「はい…。男子部の会合で、美代が亡くなった事が課題になりました。私の信心が足りないのと、清財を惜しむ卑しい心があったから罰を受けたんだと……。」

「人間如きが何を言うか…。」

「それで……昇進試験を受けて維新のレベルをすぐに上げなければ美代さんの元へは辿り着かないと…。そうでなければ妻の死という罰を受けた罪人の私には一生掛かっても美代の維新レベルには到達出来ないだろうと……。そうなれば死後は地獄に行くばかりで永遠に美代とは会えないと、そう言われてました……。」

「何を愚かな事を……。妻には試験に落ちたから辞めたいと漏らした弱音が地獄行きだと言い、旦那には妻が死んだのは信心が足らないからだ、そしてその罰を受けたから地獄へ行けと。そんなものの中に救いはあるか…?」

「無いです……。はい…。」

「死んで帰ってきた人間なんて一人もいないんだ。死んでみなければあの世なんて分からんよ。そうだろ?」

「はい……。でも、美代が味わったのはこの世の地獄だったんだと……思います……。」

「うん。その通りだ。それを作った奴らの居る正文へまた戻るか?どうだ?」

「いいえ…。もう関わりたくないです…。本当に……。」

「辞められるか?」

「辞めます。父として、肇を、守ります。美代の分まで。」

「うん。そうだ、それでいい。」


 その様子を見ていた小林は自分を取り巻いていた憑き物のような感情が一気に去って行くのを感じた。

「美代さんも微笑んでいるかもしれない。」

 そう、感じたのだった。


 その後は長谷川と保田、小林と話し合った。

 一週間過ぎた後に仕事へ復帰する事、野崎家へ謝罪へ行く事、再び肇と暮らす事が決められた。


 羽山の用意した脱会宣言書にサインをし、内容証明で送る手筈を受けた。


 その後は四人で他愛もない世間話をした。

 小林に彼女が出来ない理由を討論し、長谷川にガッツが無いと散々やり込められた。

 羽山は妻と愛人三人が常だ、と言っていた。

 他にはセリカが煩すぎて苦情が来てるという話にもなった。

 保田はしきりにセリカのエンジンについて問題点を述べていた。

 小林は彼女の事については真摯に受け止めます、と返事をしたがセリカについては無言を貫いた。


 今後は脱会した後に何かあればすぐに救世の舟のメンバーが対応するという事。そして物的証拠はなるべく抑えておく様に、と羽山が注意を促した。


 圭一が職場の動向を保田に尋ねている際にインターフォンが鳴らされた。

 圭一が応答するとリビングにその声が響き渡った。


「正文学会本部調査部の山形です。お話し、よろしいでしょうか?」


 和やかな空気は一変し、再び緊張の殻に包まれた。

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