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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
44/66

生身の神さま

ついに対峙する羽山と圭一。

一歩も引かぬ様子の圭一に羽山はとあるファイルを見せる。

揺らぐ圭一。果たして…

 小林が玄関に入ると革靴が二組揃えて置かれているのが目に付いた。

 また正文の奴らなのか?

 話を拗らせにでも来たのだろうか。


 心に雲がかかるのを感じながら靴を脱ぎ、羽山と共にリビングに入る。


「失礼します。」


 一人は巨漢の浅黒い男、もう一人は目の大きな髪の薄い中年男性二人が羽山と向かい合い、何か話し合いをしていた。

 あまり穏やかな様子ではなさそうだ。

 羽山が待て、と手で合図する。


「こちら、肇の学校の先生の小林さん。そちらは…」

「電話でお話しした羽山です。」

「あぁ…あなたが…。」


 中年男性二人が会釈をする。

 小林は二人が苛立っている印象を受けた。


「小林さん、今取り込んでるのでそこで待ってて下さい。で?」


 浅黒い男は小林と羽山に構うことなく苛立ちを圭一にぶつけた。


「だから!仕事辞めて、生活はどうするんです!?もらった保険金を宗教に全額寄付するなんておかしいですよ!」

「寄付じゃありませんよ。清財です。あとで幾らでも返ってきますよ。」

「そんな保証はどこにもないでしょ!?」

「維新が進めば済む話ですよ。それに、仕事より今は時間が欲しい。」

「あんた、そんな人間じゃ無かったでしょう!?宗教だって下っ端のままで気持ち良くやれてりゃいいとか何とか、言ってたじゃないか!」

「美代が死んだのも、私の維新が足りなかったせいだと気付かされたんです。それだけですよ。」


 頭の薄い男が今度は話し出す。


「ねぇ、村元さん。このままだとあんたクビになるよ。」

「構いませんよ。」

「忌引きで休んでる間に職場に来て勧誘活動なんて、どうかしてますって!ねぇ、目を覚まして下さいよ!」

「維新者の開拓が今の私には必要なんですよ!」

「それより大事なのは技術者の育成だ!」

「知った風な事を言うな!」

「何を…。はぁ……。俺はあんたの面倒散々見て来たけど、もう庇いきれない。」


 小林があの……と言うと浅黒い男が会釈をして状況を説明する。


「先生、どうも。私、長谷川の父です。息子がいつも世話になります。」

「あ、ああ!どうも。あの…」

「こちら、村元さんの職場の上司の…」

「初めまして、本間技研の保田と申します。」

「あ、初めまして。森戸小学校教諭の小林です。」


 長谷川の父が続ける。


「あのね、村元さんが仕事辞めるって言い出してね。それに財産を全部宗教に寄付するってんだから。驚いて飛んできた所です。」


 保田もやれやれ、と言った様子でそれに乗る。


「驚くなんてもんじゃないよ。あ、私はね、長谷川さんとは飲み仲間。駅前の「やっちょう」ね。この辺じゃ焼き鳥、あそこ一番美味いかな。まぁ、それはいいんだけど。」


 本当どうでもいいな、と小林は思う。


「それでね、彼が仕事辞めるって突然言い出して。それに忌引きで休んでる間に職場に来て勧誘活動なんかするもんだから、私、上から大目玉喰らってねぇ。もう、上に掛けあわないよ?村元さん、いいの?」

「どうぞ。」

「まいったな…。」


「なるほど。少し、宜しいかな?私、救世の舟代表、羽山と申します。」


 羽山がゆっくりと立ち上がり挨拶をすると長谷川と保田も立ち上がり、席を勧める。

 人に有無を言わさぬような雰囲気が羽山にはやはりあるな、と小林は思う。


「初めまして。羽山です。」

「元・本部広報部長…ですよね?旧会長の側近中の側近だった。」

「良くご存知で。その通りだ。」

「あまり今の会長の事は良く思われていないのでは?何でも吉原会長がその座に就いてすぐ、脱会されたとか。」

「全く良く思ってないよ。奴にはまんまとハメられたからね。」

「新聞にも書籍にもあなたの事は書かれている。「欲に溺れてニセ説法を繰り返した金魚の糞」だってね。」

「ははははは!見事だな。いやー、やはり正文は悪意丸出しのネーミングセンスに長けているな!」

「何がおかしいのです?事実でしょう?」

「それが例え事実であっても、今の私は正文信者ではない。ただのしがない団体やってるオヤジだよ。」

「そのオヤジが何の用で?」

「村元さん。何かを信じて、それに熱を上げる事は否定しない。宗教でも何でもな。ただ、それが他人に迷惑をかけてしまうようなものであれば、立ち止まって考えなきゃいけない時も必要になると思うんだ。」


 長谷川と保田が大きく頷く。


「あなたは今の正文を否定したいだけじゃないのか!」

「まぁまぁ、そう声を荒げないで。正文の何が正しいかなんて、余所者には分からん。私が居た頃と比べたら丸切り様変わりしてしまっているしな。」

「吉原会長の教えが新しい道を作ったんです。」

「うん、そうだな。それを信じるも信じないも、それは自由だ。」

「分からない人ばかりですがね。信じない理由がない。あなたは何故残らなかったのです?」

「私か?いやー、あの頃は勢力が二分しててな。私は旧来の仏法信奉者だ。生きているうちに学べる事を多く学び、そしてそれを伝え、人を育てる事に意味を感じていた。あまり現世利益の追求はしなかった。その育てる、という部分で人は余りにも未熟で稚拙な為に「維新」という人間全体の変革を求めたのが吉原だろう?私はね、人は混沌であるべきだと思っている。だからこそ学ぶ力が生まれるのではないのか、そう思っている。だから、脱会した。」

「吉原会長を否定なさるんですね?」

「否定ではない。論ずる気にもならないだけだ。」

「何をこのっ!」

「まぁ、落ち着いて。」


 一瞬、腰を浮かした圭一が座り直す。

 しかし、その表情は憮然としている。


「ねぇ、村元さん。正しいと思う事を伝えるのは間違いかな?」

「いえ。正しい事です。ただ、伝えたいものが誤ちなら、それは全て誤ちでしょう。」

「うん。ならば、正しいと思う事を伝える為に人を傷付けたとする。それはどうかな?」

「時には仕方のない事だと思います。」

「では、それにより罰を受け、また誤ちを繰り返す場合には?」

「それは誤ちでしょう。救いようがない。」

「それが今の正文だよ。」

「なんだと!貴様!」

「まぁまぁ、ほら、座って。」


 そう言うと羽山はブリーフケースからファイルを取り出し、あるページを広げて指を差す。


「村元さん。ご覧なさい。」

「断る。」

「いいから、ほら。ね。」

「断る。」

「吉原会長に関する事だよ。」

「……。」


 村元はそのページをチラ、と見たかと思うと、齧り付くように見始めた。

 固まったまま動かない。


「嘘だ。これは、捏造だ!そんな訳がない!捏造だ!」

「これは吉原から当時の強襲広宣部隊だった呼虎会に回されたもんでね、下の実行部隊は知らないんだ。この字、吉原だろ?これきりアイツは書面に何かを残すって事は一切しなくなったけどな。」

「な…何か理由があったんですよ。そうに決まってます。」


 小林はその内容が気になり、立ち上がりページを覗き込む。

 当時の新聞記事だ。


「正文信者による暴行。基督教会襲撃。7名怪我。うち2名重症。」


 その横に呼虎会宛とされる書面がある。


 通達


 来たる6月12日。各部隊による教会攻撃を実施せよ。

 尚、これは折伏を伴うもので無くても構わない。


 万が一抵抗があった場合には全力でそれを押さえる事。

 それにより私の命に危うい事が予想される場合には、ただちに警護班を作り防衛に当たる事。


 実行前日、後日、共に私の家の警護に当たる事。



 以上


 小林はその書面を見て、やはり吉原はただの狸親父だ、と思っていた。


 羽山は静かに、重い言葉を一つ一つ相手の肩に乗せるように語り掛ける。


「なぁ。村元さん。これはれっきとした事件で逮捕者も出している。伊勢が先導してやった事になっているが指示は吉原だ。それに、おめおめと自分の身を守らせている。」

「これは…いや、釈迦対談の前の出来事です。まだ会長の霊性を会長自身が気付いて無かった。」

「そうか。でもどうだろうか、吉原は目に見えて老け込んで来てはいないか?なぁ?結局、奴もただの一人の人間に過ぎない。欲に溺れ、保身に走り、そして怯える。」

「それはあなたでしょう!書籍に書かれた、あなたの姿そのままでしょう!」

「私は人間だ。もちろん、今だって怖いもんは沢山ある。だから学ぶ。人が人でないなら、それは神か、悪魔か。どちらかだ。」

「吉原会長は神の化身です。悪魔な訳がない。さっきから戯言ばかり!」

「こんな風に昔っから人を傷付けて、逮捕者まで出して、それでも尚、同じように見せしめの為のみに傷付けられ、死んで行く者がいる。それは、本当に宗教と呼べるのかね。」

「誰が死んだっていうんです!?例え死んだとして、それでも救われる人間の方が多いはずだ!」

「それはあんたらの大嫌いなキリスト教の理論にも似ているな。」

「違う!あんな奴らと一緒なはずはない!それをあんたは!頭が狂ったか!」

「村元さんね、日頃の教義を誰に教わってるのか知らないが、宗教の在り方を一度考えてみても良いと思うよ。教義が狂気になったら、おしまいだ。」

「何を狂った事を!」

「例え。村元さんの大事な人がそれによって、命を落としたなら。どう思う?」

「そんな者は居ない!維新者として堂々と生き、そして死ぬ者しか居ない!」

「それは、家族でもかい?」

「当たり前だ!私の妻の美代はな!維新者としての自覚を恥じ、そして死んでいった真の維新者だ!その覚悟が私と肇にも必要なんだ!」

「ほう。それは素晴らしいな。恥を覚え、そして死んだ。立派だな。」

「当たり前だろう。私の妻だ。」

「煙草、いいかな…?」

「吸いたいなら吸え!」


 羽山が煙草に火を点けると長谷川と小林も揃って火を点け始める。

 羽山が小林に目配せをすると小林は羽山に村元美代の日記を手渡した。


「なぁ、村元さん。地獄って、あると思うか?」

「あるに決まってる。会長もよく仰っている。そこへ堕ちる者が多過ぎるから維新があるんですよ。」

「維新者なら、地獄へは行かないのかい?」

「当たり前だろう。何の為の維新だと思っている!」

「そうか。なら、現世の地獄も無いと?」

「当たり前だ。維新者にとって現世は困難に打ち勝つ事の出来る至福の場所だ。死後はその上の極楽が待っている。会長の元でな。」

「じゃあ、これ読んでみなよ。」


 羽山は圭一に日記を手渡した。

 圭一が思わず息を飲む様子が一同に伝わって来る。


「維新者であった、あんたの奥さんの日記だ。」


 圭一の手が、微かに震えた。

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