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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
38/66

屍の暮らす家には

上野の隠された正体がついに明かされ、その実力に小林は唖然としてしまう。

そして、村元家で肇に対し信者達が行っていた身の毛もよだつ光景とは。

「野崎の怪我の経緯を聞き出す」というのは表の口実であり、小林と上野の真意は村元肇が無事かどうかという所にあった。

 校長は表立っては言わなかったがそういう事だろうと小林は理解した。


 村元家に到着し、何度かインターフォンを押したが反応が無い。

 灯りが点いているという事は留守とは考え難い。


 小林と上野が顔を見合わせ、静かにドアノブを引くとあっさりと玄関が開いた。

 驚いた事に玄関にはパンプスやハイヒールや革靴が雑然と並んでいた。

 それぞれサイズも趣味も違うのでおよそ十人近くがこの家の中に居るはずである。

 しかし、玄関を開いても中からは物音の一つすらしない。


 小林が思い切って中へ向かい声を掛ける。


「こんばんはー!肇君の担任の小林です!どなたかいらっしゃいますかー!?」


 しかし、何の反応も無ければ動きのある気配すら感じない。

 すると上野が「行きましょう」と声を掛け、無言で上がり込んだ。

 これはマズイのでは…と思いながら小林も後に続く。

 廊下を入って直ぐの所にあるリビングと思わしき部屋の扉が閉められている。

 上野が三回ノックをするが、やはり反応は無い。

 上野はもう一度ノックしようとする手を空中で止め、鼻で溜息を漏らすとドアノブに手を掛け、勢い良く扉を開けた。


 そこにあったのは異様過ぎる光景であった。

 十人近くの大人が正座で腕組みをしながら裸で土下座したまま動かない肇を取り囲んでいる。

 彼等の表情は皆一様に、苦々しく険しいものであった。


 呆気にとられた小林はその光景に愕然とし、開いた口が塞がらず立ち竦んでしまった。

 良く耳を澄ますと何かがボソボソと聞こえてくる。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 その声は土下座したままの肇から発せられていた。


 小林が我に返りそれを止めようとした矢先、上野が先に動いた。すると彼等を前触れなくいきなり怒鳴りつけた。


「貴様ら!やめさせないか!何だこれは!」


 その声に肇はゆっくりと頭を上げる。

 一同は怒鳴り声を聞いて立ち上がり、上野に目を向けると、途端に座り込み頭を下げたまま動かなくなった。


 小林は意味が分からず再び呆然とするも、すぐに我に返り肇を呼び寄せる。

 しかし、肇は首を横に振りそこから動こうとはしない。

 一体どういう事だろうか。そしてこの状況は一体何なんだ?小林は困惑を隠せず、どうしたら良いのか分からず上野に縋るように、一歩引き下がると彼等の視界になるべく入らないように上野の背後へと身を隠した。

 

「全員!頭を上げなさい!」


 一同が頭を上げると肇の父・圭一が手を挙げ、口を開く。


「あ…あの、上野大幹主が何故この場に…いらっしゃるので…?」

「そんな事はどうでもいい!今貴様達は何をしていた!答えろ!」


 だい、かんしゅ?正文内での役割であろうか。普段は気も良く面倒見が良いが出世は絶望的で、イマイチうだつの上がらない上野が、実は正文の中ではかなりの実力者という事か?

 この時、小林はかなり年上の先輩である上野に初めて畏怖の念を抱いた。


 恐る恐る、という様子で圭一が答える。


「その、あの…本日誠に不本意ながら、この家へ私の息子である肇が、その、キリスト教徒を連れて来てまして、その、維新が退行する前兆と捉えたのでこうして今、抜魂洗浄を行っていた次第で…」

「抜魂洗浄だぁ!?こんなもんただの虐待だろうが!それに何故異教の者が悪しき者だと捉える。答えろ。」


 普段見る上野とはまるで別人の上野がここにいる。

 しかし、同じ正文なのにどういう事であろうか。

 小林はそのやり取りをただ黙って眺めている他無かった。


「そのっ…我々の維新を妨げる、存在であるからですっ…!」

「何故妨げになる?自身の持つ信仰は自身の中で確固たる信念になるだろう。異教徒が居たからどうした。それは妨げではなく簡単に信念が揺らいでしまう恐れからでは無いのか?違うかっ!?」

「そ、それは違います!キリストは悪しき存在です!絶対悪です!」

「この世に絶対悪など存在しない。全て必要な事である。彼等から学ぼうとしないのは何故だ?対話はどうした?それにこれが抜魂洗浄だ?誰に吹き込まれた?」

「え、その…これは…」

「誰だ!言え!言えないのか!?」

「そのっ…」

「地区部長の橘か?」

「いや、いえっ!その!」


 上野はそのまま圭一に近付くと胸倉を掴み、その頬を全力で張り飛ばした。

 怒りの為か、悲しみの為か、顔が赤く染まり目に涙を浮かべている。


「これはここで頬を張られた児童の痛みだ!分かってるのか!」

「は…はい…」

「抜魂洗浄とは信仰に迷いがあった際に自分自身への問い掛けを何度も繰り返す事だ。こんな大勢に囲まれた子供を裸にして謝らせたりするものではない!私が貴様の子供の通う学校の教師だと言うのは知っていただろ?」

「はい…。しかし、あの、活動の中ではとてもお会い出来る立場にないもので…指導はいつもあの、橘部長より頂いてまして…」

「橘が現会長の考えを拡大解釈した結果か。前会長が見たらどう思うだろうな。本部へ報告させてもらう。いいな!これは儀式でも何でもない。ただの虐待だ。教育者として許す訳にはいかない。」

「しかし、い、維新が退行する危険が!」

「貴様の信仰はそんなに余裕のないものなのか!?貴様は宗教の中に生活があるのか!?生活の中にあればこその宗教だろう!ここで築いた家庭は何だ!この子は何だ!この家は何だ!生活ではないのか!違うか?」

「そ、そうであります…はい…。」

「今回は指導の為に来たのではない。村元君、服を来てこっちに来なさい。もう謝る必要はない。大丈夫。」


 肇は恐る恐る服を取り、静かに服を着るとその輪から飛び出すようにして上野の元へ駆け寄った。

 上野が頭を撫でると小林へ肇を託した。小林はそっと、肇の肩を引き寄せる。

 その時一瞬ではあるが、小林は何故か泣き出したい気持ちになった。

 それが悲しいとか悔しいとか、どの感情なのか、小林自身は分からなかった。

 上野が続ける。


「ここで児童に対し行われた行為は出るところへ出たら犯罪行為だという事は分かってるだろうな!」

「はっ!犯罪いいいい!あ、あ、あ、あ、私っ、捕まるんですか!?大幹主様っ!」


 野崎を滅多打ちにした山口が素っ頓狂な声を上げ、這いずり上野にしがみつく。

 上野は冷たい目を山口へ向ける。


「貴様か。あの子を棒で叩いたのは。」

「あ!しまっ…けど!けど!けど!ね!大幹主様ぁ!聞いて!ね!私、私は吹っ飛ばされたの!でかいのに!豚坊主が私を吹っ飛ばした!悪くない悪くない!私ぜーんぜん!悪くないです!私にも権利ある!ね!?」

「たわけぇ!恥を知れ!貴様が叩いたからだろう!正当防衛だ!当たりどころが悪ければ死んでいたぞ!」


 上野が足へ縋り付いた山口を振り払いながら怒鳴る。山口は尚も懇願する。


「だって、だって!邪教ですもの!キリストは邪教です!間違いありませんから!私、大丈夫よね!?ね!?」

「あの子の親が警察へ訴えれば貴様は捕まる。ブタ箱行きだ。」

「そんなのおかしいじゃない!悪魔なのよ!?人間じゃないのよ!?イバラ!イバラ星人なのよ!」


 さっきからこの婆さんは何を喚いているのだろうか。上野先生と同じ宗教をやっているのに、どうしてこんなに差が開くのか。尚更、キリスト教徒の野崎の両親がこんな風に喚き散らす姿はとても想像がつかない。宗教とは言っても、この宗教は一体、何なんだ?小林は冷淡な目で喚き散らす山口を見ていた。


「あの子の両親は警察へは届けないと言っている。」

「あぁ!良かったわぁ!あぁ!ほら、ほらね!皆!分かったでしょ!?大転したのよ!私、一所懸命叩いたから!エイヤー!エイヤー!って!通じたのよ!あのキリスト野郎、改心したんだわ!」

「馬鹿者目がぁ!」

「ひぇっ!」

「キリスト教徒の彼等の赦すという心が何故分からん!?貴様はキチガイか!?」

「えっ、えっ、えっ!?私、私が悪いの!?ねぇ!ゆるされた!?え!?」

「もういい!喋るなやかましい!おい。村元。」


 とっさに圭一は姿勢を正し、はい!と返事をする。


「肇君だが一時的に保護させてもらうぞ。いいな?緊急処置だ。」

「え…それは…」

「それか児童相談所に連絡する。警察でもいい。ここで肇君に何をしていたか全部話す。もちろん、証人もいる。」

「それは…分かりました。」

「後は小林先生。どうぞ。私もここで聞いてますから。」

「えっ、あ!はい。じゃ、じゃあ失礼します。」


 小林が圭一の真向かいに座り、対面になる。

 その時、圭一と目が合うと小林は戦慄を覚えた。


 その目が仄暗く、怒りと憎しみに満ちていたのだ。

 上野への従順な態度とは裏腹に、まるでこの世の絶望の全てを味わってきたというような目をしていた。

 小林は思わず目線を逸らしてしまう。

 しかし、教師として児童を守る責任がある。

 野崎を怪我させてしまったのも、ぼんやりとしていて彼等と同行しなかったのも自分の責任だ。

 小林は咳払いをすると覚悟を決めたように圭一を見つめ、口を開いた。


「では、何があったのか。今から聞きます。正直に、よろしくお願いします。」

「……はい。」


 圭一は小林を通り越し、上野を見つめながら返事をした。

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