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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
37/66

気付きを捨てた獣達

泰彦達の担任小林は先輩教師の上野と共に泰彦達の元へ向かう。

そこからさらに村元家へ向かう道中、上野が明かした自身の事実とは…

 泰彦達の担任・小林は放課後の職員室で雑務をしていた。

 盆に千葉の実家へ帰省し、その時に旧友と久しぶりに飲みへ行く約束をしていた事をぼんやりと思い出しながら作業を続けていると、自分が声を掛けられていた事に気付きハッと顔を上げる。


「小林先生?小林先生、佐伯君から電話、電話。」

「え…。あ、あぁ、すいません。代わります。」


 先輩教師・上野の呼びかけにすぐに応えられなかった事を誤魔化すように照れ笑いを浮かべながら電話に出る。

 放課後、泰彦達は村元肇の家へ行っているはずだった。何かあったのだろうかという気持ちが一瞬にして生まれた。


「先生?佐伯だけど。」

「あぁ、村元の家へ行ってくれたか?」

「行ったんだけど、野崎が怪我した。」

「おいおい、まさか事故じゃないだろうな!?」


「事故」の言葉に職員室に残っていた数人の教師が一斉に小林に目を向けた。


「いや、事故じゃないんだ。」

「なんだ…違うのか。」


 小林の違うのか、という言葉を聞くと教師達の目は再び元へ戻された。


「佐伯、野崎は大丈夫なのか?どんな怪我で、何処で怪我したんだ?」


 小林の問い掛けに佐伯は事の一部始終を話した。


「分かった。金田屋にいるんだな?そのままそこに居てくれ。迎えに行くから。」


 電話を切ると小林は髪をかきむしった。

 泰彦に様子を見に行ってくれないか、と頼んだのは小林だった。

 正文信者達の行動がいくら予想外だったとはいえ、行ってくれと頼んだ挙句、野崎が怪我を負わされてしまった事の責任は大きい。

 校長がまだ残っていたので小林は直ぐに報告した。

 校長は叱責や困惑する様子はなかった。淡々と冷静に、まず父兄に連絡し、児童達を保護するように指示を出した。


 小林は野崎の家へ電話し、事情を説明する。アメリカ人の母は流暢な日本語でご迷惑をお掛けしてすいません、と何度も小林に謝った。

 何を言われるだろうか、と内心びくびくしていた小林は安堵を覚え、同時に不謹慎な教師だな、と自嘲気味な気分になる。


 校長と上野が二人で話し込んでいると「わかりました。」と上野が言い、小林へ駆け寄って来た。


「小林先生、俺も連れてってもらって良いかい?」

「え?良いんですか?」

「野崎さんの家と、あと村元君の家にも行かなきゃだろ?」


 すると校長が「事実確認お願いします。」と小林に声を掛けた。


「上野先生、すいません。迷惑掛けます。」

「いや、村元君の家へ行くなら役に立てると思う。よし、行きましょう。」


 村元の家で役に立てる?どういう事だろう、と思いながら小林が急いで支度を整える。職員室を出ようとする小林へ校長が極めて厳しい顔付きで声を掛けた。

 小林は校長と目が合うとその険しい顔に思わず戦時中の特攻隊員を連想してしまう。


「小林先生、くれぐれも!安全運転で。ね?」


 低く、熱のこもった声だった。真っ直ぐに小林を見据える校長の目の力に、小林は思わず身を固くする。

 小林の運転が人より荒い事は校内では有名だった。


「あ、はい…。行ってきます!」


 上野を乗せたセリカは泰彦達が待つ金田屋に向け出発した。

 その僅か三十秒後である。上野は頭上のアシストグリップを両手で掴んでいた。


「小林先生、もうちょっと、安全に、安全に…」

「え?あぁ、大丈夫ですよ。こういう時の為の車ですから。」

「え!?いや!え!?」


 小林の駆るセリカは法定速度外のスピードで夏の夕闇を切り裂いて走る。

 遥か遠くから近付いてくるエンジン音に泰彦達は安堵を覚えた。

 小池が立ち上がる。


「やっちゃん!コバセン来た!」

「あぁ。相変わらずうるさい車だなぁ。」

「え、ちょっと。私、あれ乗って帰るの?」

「そうだよ。」

「……。私、今は怪我だけで済んでるんだけど。死ぬのは嫌。」

「…歩いて帰る?」

「…それも嫌。」


 泰彦達の目の前に停車したセリカから小林と上野が降りてくる。


「野崎!大丈夫か!?」

「うん、大丈夫。だと、思うけど…。」

「うん…。行かせて悪かった。怖かっただろ…本当に皆、ごめん…。」

「それもそうだけど、先生の車が怖いんだけど…」

「え?」

「ほらね!小林先生、安全運転って言ったでしょ?」


 上野が小林に本当安全運転で、と念を押していると小池と長谷川がチューペットを咥えて店の中から出てくる。


「上野っちじゃん!心配して来てくれたん?俺スッゲー怖かったあああ!長谷川は豚坊主だし。なっ!?」

「あと永久肥満児?マジあのババア許さねぇ。」


 小林と上野が目を見合わせる。小林が怪訝な顔で小池と向き合う。


「事情は佐伯から聞いたけど、それ、村元のお父さんに言われたのか?信者さん達か?」


 長谷川が不貞腐れた表情でそれに答える。


「セーブン信者の死にそうなバッバァだよ!吹っ飛ばしてやったけどね。」

「先生!デッドボールでストライクだよ!ストライク!」


 はしゃぐ小池に小林は「はぁ?」と表情を崩すも、豚坊主というアダ名のインパクトに思わず噴き出してしまう。


「あ!コバセン笑った!ひっでぇ!」

「いやいやいや、違うんだよ。違う。大人には色々あるんだよ。さて、野崎、帰ろう。」

「先生、大人を使うのはズルいよ。俺達子供。分からないじゃん。」


 泰彦が細かい部分を突っ込むとそれを無視するように野崎を車に乗せ、おまえらちゃんと帰れるか?と話しを逸らした。

 泰彦が口を尖らせたまま答える。


「別に、大丈夫だけど。」


 ここから家が近い長谷川が大きな身体を揺らしながら「笑ったんだから乗っけてってくれ」と小林にせがんでいる。

 店主に礼を伝えた後、小林はアイス垂らすなよと釘を刺しつつも野崎と長谷川をセリカへ乗せると「また学校でな」と簡単な挨拶の後、小林達と泰彦達は別れた。


 小林は「安全運転」で長谷川を家まで送り届け、続いて野崎を送り届けた。

 玄関で小林と上野が野崎の両親に謝罪をしたが両親共に御迷惑をお掛けしたのはこちらです、と頭を下げた。

 温厚そうな野崎の父は申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「先生、怪我と言っても打撲程度ですから。本人が必要だと言えば接骨院へ連れて行きます。大丈夫です。それに今回の事は神が与えた円香への試練や必要な経験だったんだと思います。」

「はい…。しかし、行ってくれと頼んだ先で怪我をされてしまったというのは私の責任でもあります。」

「いえ、それは違います。学校の外ですから、責任は監督不届きだった私達が負うべきです。この事を公にして問題にするつもりはありません。ただ、彼らに気付きがあれば良いと思ってます。」


 上野が神妙な顔付きで野崎の父へ問う。


「気付き、ですか?」

「はい。彼ら正文にとって、何が正しく、何が過ちであるのか。その気付きがある事を祈ります。円香があの中で祈ったという事は、同じ事なのでしょう。」


 余りに抽象的な答えに小林は「そうですね。」と曖昧に頷くだけであったが上野はどこか納得した様子で頷いていた。

 村元側からも話しを聞き、後日また報告しに来ますと伝えると先生がそうしたいのならいつでも。と野崎の父は微笑んだ。


 野崎家を出て車に乗り込むと小林は上野に問い掛けた。


「あの、野崎のお父さんの言うこと分かりました?」

「分かるよ。キリスト教だからとか、宗教だから、とか。そう言うことじゃないな。」

「気付き…人としての大切な事とかですか?」

「まぁ、そうだな。本来生活と宗教を切り離して考えるべきではないんだよ。普通の生活の中に普通に宗教がある家庭がスタンダードなんだ。宗教はスポーツと違うからね。わざわざやる、とかじゃないのかもな。ある、という方が正しいのかもしれない。」

「ある…ですか。うーん。」


 自身に宗教体験が全くない小林は首を傾げた。アクセルをいつもより数段浅く踏みながら、村元家へ向かいセリカは走り出す。

 景色はすっかり黒く染められ、国道沿いのオレンジ灯が闇に点々と浮かんでいるのが見える。


 ふと、小林はある事に気付く。


「上野先生、そういえば宗教お詳しいんですか?」

「まぁ、そうだね。極端かもしれないけどね。」

「極端?」

「村元君の家に行けば役に立てるかもって言ったじゃない?」

「あ、はい。どういう事なんです?」

「うちね、代々正文信者なんだよ。もちろん、俺もね。」


 小林は目を丸くし、思わず上野をまじまじと見つめてしまう。上野は構わず続ける。


「でもまぁ、今の正文じゃなくて昔の正文のシンパなんだけどね。」

「昔の…?あ。」


 小林は正文脱会支援団体・羽山の話しを思い出した。

 今の正文学会は現会長の吉原大源が作り変えてしまった吉原を崇める宗教であると。


「じゃあ、あの…上野先生は、吉原大源を崇めてる訳ではないと…?」

「お?小林先生詳しいじゃない。さすが受け持つ子にトラブルが多いだけあるなぁ!」

「いや、トラブルは事実ですね…ははは…」

「吉原ねぇ。ありゃあねぇ…。釈迦の生まれ変わりだの、ブラフマンそのものだとか言ってるけどね。」

「そうみたいですね。カルト的な要素が強くなったとか聞きました。」

「そうだね。その通り。吉原はねぇ…」


 セリカが住宅街へ入るとすぐ、村元家へ到着した。

 パーキングブレーキを引くギィーッという音が響きを終えると上野が口を開いた。


「犬…いや、クソ以下だね。」

「クソ以下なものを崇めてるんですか…。じゃあ、今から行きますか。それをしてる人の所へ。」


 二人は車から降りる。

 小林は重たい気持ちを隠せないまま、インターフォンを押した。

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