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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
35/66

鳴くのは蝉の脱け殻

母を亡くした村元肇を励まそうと村元家へ辿り着いた泰彦達。

そこで出会った謎の少年達。そして「婦人部」と呼ばれる彼女達の異様な行動。


それに気付いたクリスチャンである野崎は祈り始めるが…

 泰彦達が肇の家の前へ辿り着くと同時に、玄関から飛び出して来た少年達。‬

 しかし、泰彦達にはまるで見覚えのない顔ぶれであった。‬

 少なくとも、同じ学校の児童ではない。‬


 泰彦達と鉢合わせになった少年達は、まるで値踏みするかのような目付きで泰彦達を見ている。‬

 無言で自分達を眺める少年達を見て、泰彦は直ぐに彼らが正文学会の少年信者達だと勘付いた。‬

 その目付きの印象が他で見る少年達とは全く異なるものだったからだ。‬

 異様な自信と、そして暗さに満ちた目をしている。‬



「ねぇ。君達はどこのブロックなの?Aじゃないか。…会ったこと、あったっけ?」‬


 黄色いキャップ姿の背の高い少年の問い掛けに、泰彦達は戸惑い、互いに顔を見合わせる。‬

 代表して泰彦が答える。‬


「あのさ。俺達は村ちゃんのクラスメイトなんだ。だから何ブロックとかじゃないよ。」‬


「は?じゃあ、君達は正文じゃないって事だよね?肇くんに何の用?」‬


 別の少年が口を挟んで来る。血の気のない顔色で背が低い吊り目の少年が泰彦に食ってかかる。‬

 少年達は次の言葉を探しながら、無言のまま睨み合う。そこに生まれた沈黙を夏の蝉時雨が埋めていく。‬

 目に入った汗を拭いながら、小池が覚悟を決めたように唾を飲み、答える。‬


「だから何だよ。何の用でも関係ねーじゃん!セーブンとか、そうじゃないとか、おまえらに関係ないだろ。」‬


 背の低い少年が泰彦を押しのけるようにして、一歩前へ踏み出す。‬

 泰彦は一瞬、小さく溜息をついた。‬


「関係あるね。知ってる?正文じゃないと維新が進まないんだぜ。そんな退化しかしない奴らと肇くんを会わせる訳にはいかないね。大変な時に肇くんの足を引っ張るなよ。」‬

「はぁ?イシンて何それ?訳ワカメだし。病院行った方が良いぜ。てかさ、おまえ、シンジャじゃなくてカンジャじゃん?俺達はムーラーの仲間だから。」‬


 シンジャじゃなくてカンジャ、の言葉に野崎円香が思わず噴き出し身をよじる。‬

 イシンはお菓子のメーカーじゃないね、と得意げな表情で人一倍身体の大きな長谷川が呟く。‬

 しかし、真顔のままの吊り目が負けじと小池に言い返す。‬


「ふっ。馬鹿じゃん?俺達は同志であり共有者だから。おまえらの言う仲間ってのより、上だよ。分かりっこないか。」‬

「何だよ…偉そうに!」‬


 小池が詰め寄った途端。


「やめろよ!」‬


 と泰彦と黄色いキャップの少年の声が重なった。‬

 黄色いキャップの少年が吊り目に小声で語り掛ける。‬


「滝山、これ以上こいつらと話せば俺達の維新が後退する。無駄な話はよそうぜ。行こう。」‬

「でも…肇くんは?こんな奴らに会わせたら…」‬

「肇くんなら大丈夫だ。婦人部の皆さんもいるし。もう行こう。」‬

「分かった…。なぁ。おい、おまえさぁ」‬

「何だよ!」‬


 小池の威勢に怯むことなく、吊り目が小池を睨みつけ‬る。

 七月。鈍い夏の空気が纏わりつく。吊り目と小池が睨み合い、オレンジ色をした蝉の声だけが夕方の住宅街に鳴り響く。‬

 すると何かを諦めたかのように、吊り目が表情を崩す。そして静かに口を開いた。‬


「後から知っても遅いんだぜ。じゃあな。」‬

「何が!?」‬


 正文の少年達は静かにその場を去る。小池が絶叫する。‬


「おい!何がだよ!?ふざけんなよ!何が遅いんだよ!?」‬


 遠くにまで響く、蝉にも負けない小池の絶叫。犬の散歩をしている老婆が振り返る。‬

 泰彦が小池の肩に手を置いた。‬


「池ちゃん、相手にするなよ。あんなの相手にムキになるだけ損だよ。」‬

「でもさぁ、やっちゃん。何なんだよ…奴ら…マジ気持ち悪りぃ…」‬

「いいよもう。俺達は村ちゃんに会いに来たんだから。」‬

 野崎も小池を宥める。長谷川は早く水飲みたいんだけど、と愚痴をこぼした。‬

「そうよ。早く中に入ろうよ。ね?喧嘩しに来たんじゃないんだからさ。さっきのは面白かったけど。カンジャだって。」‬

「サンキュー…分かったよ…あー…気持ち悪っ!」‬


 泰彦達はこの時初めて、村元以外の正文信者と対峙した。‬

 彼等は得体の知れない不気味な印象を泰彦達に残し、それぞれの心に痼りの様な物を植え付けていった。‬

 信者とそうでない者。その区別によって彼等は生きている。‬

 その感覚は小学生という日常を当たり前に過ごす泰彦達には想像も付かない事であった。無論、クリスチャンである野崎にも。‬


 気を取り直し、泰彦がインターフォンを鳴らす。‬

 応答したのは肇だった。‬

 数秒後に玄関から肇が現れ、泣き腫らしたように目の周りには隈が出来ていた。だが泰彦達が思っていたよりはずっと元気そうな様子で一同は一安心、という面持ちで彼を眺めている。‬


「みんな、来てくれてありがとう…。外暑いし、中入ってよ。まだ、散らかってるんだけど…」‬

「うん。お邪魔します。」‬


 泰彦達が玄関へ入ると雑然と並んだパンプスやハイヒールが目に飛び込んで来た。‬


「あの、村ちゃん、誰か来てるの?」‬

「あぁ…正文学会の…お母さんの同志がね…気にしなくて大丈夫だよ。」‬

「オッケー…。お邪魔します。」‬

「お邪魔しまーす」‬


 そろそろと控え目な様子で泰彦達が上がるとリビングには婦人部の女性数人が居た。彼女らは無遠慮に引き出しを次々と開け、何かを物色しながら話し込んでいる。‬

 テーブルの上に服やバッグが山積みにされている。‬

 その様子はまるで空き巣のようであった。‬


「あの、お邪魔します。」‬


 泰彦が声を掛ける。‬


「あら、学校のお友達?あ、あなた大っきいわねぇ!」‬

「まぁー、可愛い女の子ねぇ。お人形さんみたい!」‬

 などと、如何にも気さくな様子で彼女達は泰彦達に声を掛ける。‬

 しかし、その手元が止まる事はなかった。‬


 彼女達に違和感を覚えつつ泰彦達が居間に入ると、かなり立派に装飾が施された仏壇が目に飛び込んで来た。‬

 漆塗りだろうか。漆黒に輝く重厚な外装には川なのか模様なのか判別出来ないデザインがあちこちに金で描かれている。‬

 長谷川と小池が思わず目を丸くし、小声で囁き合う。‬


「これ、いくらするんだろ…?」‬

「こういうのって、前に聞いたけど、何百万するらしいよ…」‬

「やべー…ムーラーん家、チョー金持ちじゃん…」‬

「うちの仏壇なんかさ…全然しょっぼいぜ…」‬

「いや、俺んち…仏壇自体ないよ…」‬

「あ…そう…。多分、野崎んちも無いから大丈夫だよ…」‬


 すると肇の父親が慌ただしい様子で居間に入って来た。‬

 一同に驚いたのか、一瞬表情が強張るが直ぐに和らいだ。‬


「あぁ、学校の…。クラスの皆さん、今日はありがとう。肇とまた仲良くしてやって下さい。」‬


 泰彦達ははい、と頭を下げる。何かを探しに来た様子で父親は肇に声を掛け、納得するとまた慌ただしい様子で居間から出て行った。‬

 野崎が肇にそっと声を掛けた。‬


「まだ落ち着いてないよね、急に来ちゃって…ごめんね…。」‬

「いや、来てくれてありがとう…。落ち着いてはないけど、皆がいると少し、なんかホッとする…」‬

「私達、村元くんの事待ってるから。だから、また学校おいでよ。」‬

「うん。もう夏休みになっちゃうけど、でも…必ず行くから。ありがとう。」‬


 村元の家に良く遊びに来ていた長谷川が肇の代わりに全員分の麦茶をお盆に乗せて運んで来た。長谷川が襖を閉めると不思議そうな顔で肇に声を掛けた。‬


「なぁ、村元。あのおばちゃん達片付けしてんの?」‬

「片付けっていうか、うん…まぁ、そうだね…」‬

「ふーん…。まぁいいや。なぁ、夏休み入ったら俺んち遊びこいよ。な?」‬


 間髪入れずに小池も肇へ話し掛ける。‬


「あ!ムーラー!俺と一緒に巨人戦観に行こうぜ!生は迫力あるぜー!」‬

「うん、行きたいな。池ちゃんの解説付きなら、きっと分かりやすいよね。」‬

「任せろよ!今年は松川が調子良いからさ、ぜってーホームラン観れるぜ!」‬


 正文信者である事を忘れたかのように、その時肇は彼らの励ましに微笑んでいた。‬

 泰彦の目には道場で修行をした後、学校で熱心に勧誘活動を行っていた肇の面影はそこにはまるで無いように思えた。‬

 しかし、先ほどの少年達がここへ居たという事実が無意識に肇に浮かぶ笑顔を曇らせる。‬

 本当の肇はどっちの肇なのだろう。‬

 泰彦はその想いを払拭し声を掛ける。‬


「ねぇ、村ちゃん。夏休みの宿題、俺手伝うよ。一緒にやろう。」‬

「ありがとう。最近学校行けてないし、助かる…」‬


 泰彦は静かに微笑む肇を見て、安堵よりも悲しさのようなものが込み上げて来るのを感じた。‬

 ここに居る肇、正文の中に居る肇。‬

 正文の同志達の前ではもっと笑っているのだろうか?‬

 漫画の上手かった肇はもう、帰っては来ないのだろうか。‬

 そんな想いを飲み込んでから、泰彦は微笑んで見せた。‬


「ねぇ、村元くん。トイレ借りていい?」‬

「うん。リビング抜けて左だよ。」‬

「ありがとう。」‬


 野崎がトイレに立ち、リビングを抜けようとすると彼女達は野崎には目もくれず何かを物色し続けていた。彼女達の会話が耳に入って来る。‬


「ねぇ、山口さん。このお化粧高いやつ?」‬

「あー!そうそう!これ、いい奴なのよ!」‬

「使い掛けだけど勿体無いもんね、じゃあ私もらっちゃお。」‬

「私、お台所の砥石貰って行くわよ。あと、お二階のクローゼットのブルチエのコートも。」‬

「じゃあ私ガバールのバッグ貰って良いかしら?」‬

「そしたら等分になるわね、良いわよ」‬


 夏の悪寒が一瞬にして野崎を襲った。この人達は片付けをしているんじゃない。‬

 村元くんのお母さんの、遺品を物色しているんだ。しかも使い掛けの化粧品まで。‬

 亡くなった人の形見としてではなく、完全に自分のものにする為に。‬


 足早にトイレを済ませ、リビングへ戻ろうとする野崎を再び強烈な悪寒が襲ってきた。人が持つ欲の力に、野崎は怯えきっていた。‬

 胸元からロザリオを取り出すと、それを握り締めるようにして野崎は祈り始めた。‬


 父よ、そしてイエスよ。どうか私に人を信じさせて下さい。彼女達の浅ましい行為をどうか、お赦し下さい。彼女達は何も知りません。何も知りません。だから、どうか彼女達をお赦し下さい。このドアの向こうで、人の物を盗る者達がいます。しかし、彼女達はきっと何も知りません…‬


 その場にうずくまり、野崎は両手を組んで祈り始める。‬

 そこへ迫る気配に気付かぬまま。‬

久しぶりの更新です。話の筋の変更により最近の話からの修正となります。

再び連載しますので、今後ともよろしくお願いします。

冨樫よりは速いペースで頑張ります。

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