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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
31/66

命の回帰

正文会館で行われた肇の母・美代の葬儀。

そこで担任小林が体験する異様な光景とは。

 泰彦や肇の担任・小林雅紀は肇の母・美代の通夜へ参列する為、葬儀の行われる正文会館へと足を運んでいた。

 車で向かうも会館の駐車場は既に満車であり、仕方なく近くのコインパーキングへ愛車である丸目4灯のセリカを停める。

 既に七月に入っており、幾ら夕方とはいえ礼服のままでは暑さを感じる。


 真白く、二階建てのその建物は何度も見覚えがあったが実際に中に入るのは今回が初めてであった。


「正文会館・埼玉西S支部」


 ここが正文会館か。中へ入ると信者なのだろうか、一般参列者なのだろうか、会館内は礼服姿の者でごった返していた。

 通常の葬儀と同じように受付で香典を渡し、氏名と住所を書いて中へ進む。

 そのまま焼香の列へ並ぶ。


 祭壇は百合や菊などの花、そして灯籠や経台などがあり、通常の仏式葬儀と何ら変わらない印象を受け小林は内心、拍子抜けしていた。

 見覚えのある肇の母・美代の遺影が飾られている。

 何処かへ旅行にでも行った際の写真だろうか、美代は白い婦人帽子を被り、優し気な微笑みを湛えている。


 とても自殺なんかしそうにないのに。

 何故だろう。


 小林は美代が自殺に至った経緯までは聞かされていなかった。

 親子で修行へ行くと聞かされ、家庭訪問とは別に事情を伺いに訪問した際も美代は意気揚々としていたように感じられた。

 せめて肇君は学校へ来させてあげられませんか。

 小林のその説得に、何度も何度も力強く首を横に振っていた。


「肇の参加を夫も喜んでくれてます。もちろん、他の信者の方達も。良かったねって、そう言うんです。」


 小林は言葉を失い、美代に抗えなかった。

 あの時、俺がもっと必死で止めていたならこんな事にはならなかったのだろうか。きっと、少しでも何かが変わって、最低でも肇の母は死ぬ事は無かったんじゃないだろうか。

 どうすれば良かったんだろう。


 焼香を待つ間、例えようのない悲しみと不甲斐なさが小林の胸にそっと降ってくるようであった。


 列が進み、肇の姿が見えてくる。

 父親の横で椅子に座り、項垂れている。小林は声を掛けるのを思わず躊躇いそうになる。


 焼香が済み、小林は肇の父に挨拶をし、そして肇に声を掛けた。


「村元。お母さんの事は本当に残念だった…。今は苦しいだろうけど、学校の皆はいつでも待ってるから。大丈夫だからな、な。」

「先生…。お母さん…」

「うん?お母さんが…?」

「お母さんが悪いんだ。修行したのに維新が進んでなかったから。魔が差したんだ。悪鬼にやられたんだ…。欲ばかりかいてたから…だから…」

「村元…それは」


 すると、肇の父は凛とした表情で小林を制した。


「先生。良いんです。美代が至らなかったんですから。」

「お父さん…それは…」

「維新について、口を挟まないで頂きたい。どうか。」

「……。分かりました…すいません。とにかく、待ってるから。村元、何でも相談してくれよ。な?」

「はい…。」


 俺はやっぱり教師に向いてないのかもしれない。

 そう思いながら、肇の元を離れて一般参列席に座る。

 大野先生の言っていた正文の儀式というのは一体どういうものなのだろうか。

 俺はこんな時にでも興味ばかりが優先しちまう。

 しかし、肇はあの父親とこれから先二人で暮らす事になるのか…。

 正文、修行、維新。一体何なんだ。この宗教は…何をしようとしてるんだ。


 一通りの者が焼香を終え、席へ着くと司会と思わしき人物が前へ出てくる。

 マイクのスイッチを入れ、あ、あ、と声を出す。

 初老のその男は礼服ではなく、ブルーのスーツに身を包んでいる。

 胸元には何かの紋章らしきものが付いている。


「えー、この度は信者の皆様、一般の皆様、お忙しい中お集まり頂き誠にありがとうございます。これより、村元美代会員の転前式を挙げさせて頂きたいと思います。」


 てんぜん…?葬式…通夜じゃないのか。

 小林は普段聞き慣れない転前式という言葉の意味が分からずにいた。

 司会の男が全員起立するよう促す。


「えー。私に続いて唱和願います。村元美代!この者の命を御返し致します。ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」


 すると一同が同じ様にそれに続く。


 ありがとうございます?人が死んだのに、ありがとう?

 小林は得体の知れない恐怖を覚え始める。


「それでは皆様、お座り下さい。飯野幹部、生前終結唱和、お願い致します。」

「はい!」


 すると通常の礼服姿の50手前ほどの眼鏡の男が祭壇の前へ出る。

 すると間髪置かずに大声で何か呪文のようなものを唱え始めた。

 手には金の棒のような物が握られている。


「いのちーのー!かいきー!よろこびぃ!だいげんなるいりぐちへー!だいげんなるいりぐちへー!むかいたまえー!」


 だいげんなる、入り口?

 一体これは何なんだ。そもそも、こいつは坊主でも何でもない、ただの信者なんじゃないか?

 それとも坊主が袈裟を着ない様式なのか?

 いのちの、かいき?命の回帰…か?


 小林は通常の通夜では目にはしない異様な光景に唖然とせざるを得なかった。

 何の意味があってあれはやってるんだ。


 だいげん、いりぐち…。

 小林はこの異質めいた体験を後に再び、味わう事になる。





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