小さな優しさが。
村元の担任小林は村元の母・美代の葬儀について不明な点があり、ベテラン教諭の大野に相談する。
宗教とは、そして幸せとは。
5年2組の児童達、そして小林は考える。
泰彦の担任・小林雅紀は朝から頭を抱えていた。
昨夜、村元肇の母・美代が亡くなったとの連絡を受けた。死因は自殺。
村元肇が首を吊った状態の母親を発見し、救急車で病院へ運ばれた時には既に死亡していたという。
村元は相当なショックを受けただろう。今後は出来る限りの事を協力してやらなければならない。
小林自身、児童の親が亡くなるという経験は初めてでは無かった。
通常であれば生前、その親に世話になった児童がいたならば小林の通夜への参列時、共に参列する事を児童に許可していた。経験にもなる。
しかし、今回は正文学会という宗教が絡んでいた為に、通常の葬儀とは様子が異なっていた。
葬儀は正文会館にて行われるという事であった上、その様式が一体どうなっているのか想像すらつかなかった。
一か八か、小林は先輩教諭であるベテランの大野に相談した。
「大野先生。ご相談がありまして…。あの、村元の母の葬儀の事で。」
「あぁ。この度は…。で、どうしたんだい?」
「先生。正文学会の葬儀へ参列した経験とか、あります?」
「あーあ…あるよ。親戚がそうだったもんで。」
小林は思わず安堵の溜息を漏らす。
「そ、そうだったんですか。先生、早速なんですけど、その葬儀は…やはり通常の葬儀なんかと違ったりするんですかね…?」
「うん。だいぶ違うね。なんというか、並んで焼香したりとかは変わらないんだけど、儀式みたいなもんがあるね。あれはビックリしたけど。」
「儀式…。」
「なぁに。一般参列者は別にどうって事はないよ。見てるだけだもん。ただ、驚くけどさ。あ、あれか。村元君のお母さん、正文か?」
「そうなんですよ。葬儀に児童達を連れていっても差し障りないですかね…?」
「んー、中には葬式自体初めてだって子も居るだろうし…。あれは流石に偏見持つだろうからなぁ…村元君の為にも、やめといた方が良いんじゃない…?」
「そうですよね…。分かりました。ありがとうございます。」
「苦労するね。今後。」
「まぁ、はい…。頑張ります。」
校長の坂口から呼び出され、やはり児童の参列は控えさせた方が良いんじゃないか、と話があった。
最近の村元肇の校内での様子(特に勧誘活動)が何度か注意したものの、変わらず酷かった事もあり児童達の参列は見込めないだろう思うと、小林は正直ホッとした気分になっていた。
「はぁ…俺、ひでぇ教師だな…。」
教室に入る前、小林は独りごちた。
「……という事で、まだそっとしておいてやった方が良いんじゃないかというのもあるし、児童の参列は控えた方が良いという話になった。代表として、俺が行ってくる。どうしても参列したい奴、いるか?いるなら手を挙げてくれ。」
小林が問い掛けても手を挙げる者は皆無だった。
「じゃあ…先生代表で行ってくるから。村元が帰ってきたら皆、優しくしてやってくれよ。」
その時、野崎円香が手を挙げた。
「どうした野崎。…参列するか?」
「ううん。先生。違う。」
「じゃあ、どうした?」
「皆もう知ってるから言うけど…。ていうか、聞きたいんだけど…。村元くん、その正文とかいう宗教やれば皆が幸せになれるって言ってた。なのに、なんでお母さん亡くなったのかなって。正文入ろうよって言ってた本人が不幸になってどうすんのって思った…。親が死ぬって、誰がどう見ても不幸だし…。」
「まぁ、そうだな…。でもな、野崎。悲しいけど、生きていれば親は必ず亡くなる時が来るんだよ。それが遅いか早いかの違いだけだ。村元は早く経験する事になった。それだけだ。」
「でも、自殺じゃん。」
小池の放った一言に教室は、ギュッと音が鳴りそうな程の急激な緊張感に包まれた。
小林の顔に緊張の色が浮かぶ。
やや控えめな声で小池が続ける。
「先生…。もう皆知ってるよ。ムーラーの母ちゃん自殺したって。うちの親から今朝、聞いたし。病気とか事故なら仕方ないけど、自殺って選んで死んだって事じゃん。なんで宗教やってんのに死ぬ事選ぶんだよ。それって弱さじゃん。ムーラーの言ってる事って間違ってんじゃん?」
「小池。宗教っていうのは人それぞれの生き方を照らし合わせて重ねていくもんだから…。」
「でも、ムーラーは正文学会に入れば絶対に幸せになれるって言ってたぜ。絶対だって。ムーラーの母ちゃん死んでんじゃん。って事は正文嘘つきじゃん。ムーラー騙されてんじゃん!なんか、俺すっげームカつくんだよ!だって、おかしいじゃん。正文ってやつ、悪モンじゃん!ムーラーかわいそうだよ…。」
涙ながらにそう言うと小池は机に突っ伏してしまった。
「あの、先生。俺も良いですか?」
「うん。佐伯、どうぞ。」
泰彦は一呼吸置くと、クラス委員として、そして肇の変化に胸を痛めた者として発言した。
「池ちゃんの言う通り、村ちゃんは正文って奴に騙されてんのかなって思う。俺、良く分からないけど、きっと良いことがあっても、悪いことがあっても、きっと正文って奴は自分達の利益になるように動くんじゃないかな。」
「どういうこと?」
不思議そうな顔で野崎が泰彦に問う。
「分かりやすく例えると、勉強と同じっていうか。例えばテストの点数が良かったら勉強してたおかげだねって言われるじゃん?その逆はさ、勉強して無かったからだって怒られるじゃん?俺、この勉強って部分がきっと正文になるだけなんじゃないかと思うんだよ。」
「正文してたから良かった、正文してないから悪かった。正文してないから村元くんはお母さんが死んだ…って事?」
「うん。どう上手く言ったらいいか…。けど、これがきっかけで村ちゃんが騙されてることに気付くって事は無いと思うんだよ。正文ってのはもっと村ちゃんに求めるんじゃないかと思う。俺たち、一緒のクラスだし昔は皆村ちゃんの事大好きだったじゃん?」
大好きだったじゃん?その泰彦の問いに皆が無言のまま、しかし力強く頷いた。
「村ちゃんが帰って来たらさ、皆が好きだった村ちゃんの事思い出して接すれば良いのかなぁって…。多分、宗教の話はまたするかもしんないけど、だからって嫌ってたら村ちゃんもっと一人になるし、もっと正文にやられて、酷くなる気がするんだよ。」
ここまで話を黙って聞いていた小林が口を開いた。
「ありがと、佐伯。先生は宗教をやるなとか、宗教はダメだとかは言わない。それは人それぞれだし、国が認めてるもんだ。昔はな、宗教が自由に出来なかった時代があった。キリスト教なんか特にそうだ。」
クリスチャンの野崎は無言で頷く。
「先生はあまり宗教に詳しくないし、皆の殆どもそうかな。けど、宗教は学校とはまた違う、大切な勉強なんだと思う。これはあくまで先生の個人的な意見だから、大人としての言葉じゃないかもしれないけど、先生は人を惑わすばかりで、例えばその人の考え方とかを操るようにしてしまう宗教があるとするなら、それは宗教じゃないと思う。村元には行き過ぎた面があって、知ってるだろうけど先生から何度か注意した事がある。でも、村元が悪い奴だって思ってる奴、こん中にいるか?」
一同が首を横に振る。
「佐伯の言ってる部分てのはあると思うんだよ。あんまりこの宗教がどうとか、そういうのは大人は言っちゃいけないんだけど。」
「えー、なんでダメなん?」
さっきまで机に突っ伏してた小池が口を挟む。
「小池。もし仲良くなった奴が阪神ファンだと知ったら、その後もそいつと仲良く出来るか?」
「無理!」
「だろ?それと一緒で、喧嘩になるくらいなら大人は最初からそんな話出さないんだ。」
「ふーん…」
「ある程度線を引いて皆生活してるんだよ。その線は越えたらいけないんだな。いくら阪神が好きでも阪神好きになって下さいなんてお願いする人は居ないだろ?だから、村元の行き過ぎてしまう部分に関しては先生に任せて欲しい。あくまで、一人の友達として、クラスメイトとしてまた村元を迎えてやってくれないかな。なぁ、皆。」
一同は黙って頷く。このやり取りの内容を完全に理解する者は少なかったが、佐伯や小林の言いたい事は大体伝わっていた。
殆どの児童が「もし自分の親が死んだら」と頭を過り、それを想像すると途端に悲しみに襲われた。
そんな想いを村元は今、している。
少しでもいい。このクラスに居場所と呼べるような場所を作ってやろう。
そんな風な小さな優しさがこの日、児童達に芽生え始めていた。




