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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
28/66

弱心粉砕

真夜中、あの鉄の扉の向こうへと健也は連れて行かれた。

そこで待ち受けていた弱心粉砕の儀とは。

無垢な少年の心は闇の中、死んで行く。

 寝てる最中に部屋から突然連れ出された健也はパニックに陥っていた。

 訳が分からぬまま、必死に抵抗するも屈強な男性信者に抱え上げられている為に手足をばたつかせる事しか出来ない。

 準備室と書かれたプレートのついた部屋のドアを開けると六畳程のスペースがあり、その真ん中にマットが敷かれている。

 そこへ健也を放り投げると、他の男性信者二人が慣れた手付きで健也の手足を麻紐で縛り、口に手拭いを巻いた。

 再び抱え上げられた健也の叫びは篭った音となり、助けを呼ぶことはもう出来なかった。そもそも助けを呼んだ所で誰も助けには来ない。

 健也はこれから個別指導を受けるのだ。

 個別指導。それは道場内において、世間でいうところの罪を犯した者と同様の扱いを受ける事になる。

 つまり、罰を科せられた者という事だ。

 当然、助けも同情もない。


 重く冷たい鉄の扉が開かれる。薄暗い廊下の両脇に鉄格子のついた部屋が並んでいる。


 部屋は三畳程の畳張り。あるのは小さな衝立のついた和式トイレのみ。

 窓は無く、天井からはヘッドフォンがぶら下がっている。

 健也は手足を縛られたまま部屋に放り込まれる。

 抵抗をするが男性信者達が健也に馬乗りなる。健也に目隠しをつけ、さらにヘッドフォンを装着すると信者達はそれをガムテープでぐるぐる巻きにし、固定した。

 ヘッドフォンから流れて来るのは吉原大源の「勝つぞ!」という声を繰り返し繰り返し流れるよう編集したものであり、ヘッドフォンからは延々「勝つぞ!勝つぞ!勝つぞ!勝つぞ!勝つぞ!」という声が大音量で流れていた。

 健也の意識は恐怖と闇の底に落ちた。いくら這い上がろうとしても「勝つぞ!」という大声のみが闇に響き渡っている。

 恐怖が限界に到達し、涙が溢れ出した。鼻水も流れた。しかし、逃げられない。

 何度その声を振り払おうとしても「勝つぞ!」という声は絶対に止むことはない。

 必死に光を探る意識はやがて朦朧としていき、混沌の中へと投げ捨てられていく。


 これが正文道場では拷問などでは無く、修行の一環として行われている。

 これを「弱心破砕の儀」と呼ぶ。

 修行に集中出来ず、モチベーションの下がった弱い心を根こそぎ壊す、という意味が込められている。


 この弱心破砕の儀は朝まで続いた。健也の意識は完全に疲弊の海へと沈み、溺れ、死んだ。


 手足を縛られ、視界を奪われ、自分の漏らした小便の上でもがき苦しみ、延々吉原大源の「勝つぞ!」という音声を聞かされ続けたのだ。


 朝。健也には健康優良児の印象は片隅も残っておらず、スラム街で死んで行く子供のように、ぐったりと横たわったまま動かない。

 ヘッドフォンや目隠しが外され、手足を自由にされても、動く事は無かった。

 しかし、修行は続く。


 屈強な男性信者が再び現れ、鉄格子を開ける。

 中に入ると健也を無理矢理立ち上がらせ、頬を引っ叩く。

 相手が小学生だろうが力加減していない強烈な音が響き渡る。


「座れ。正座だ。返事は?」

「……。」

「返事は!?」

「は…はい…。す、すいません…の…喉が渇いて、あ、あの、喉がくっついて…」

「水は掃除と代償唱和が済んでからだ。この後掃除道具を持って来る。まずその小便を拭け。しっかりとな。そしたら代償唱和だ。」

「は…はい…」


 それだけ言うと再び鉄格子の扉は閉められた。


 修行開始から一週間が経った。

 肇と弘明は徐々に徐々にこの生活に慣れ始め、自主的に吉原大源の教えを学ぶようになっていた。

 ここへ修行へ来た誰もが感じ始めていることがある。

 それは「自分に勝利すると言う事は何に対しても勝利できる」という自信と実感であった。

 その為、激しい声出しを行なった後などは殆どの信者が疲労ではなく達成感を覚えるようになっていった。中には股間を濡らしながら、または勃たせながら吼えるように大声を張り上げ、エクスタシーのような悦びを感じる者まで現れた。

 集団トランス状態を作り出し、その状態のまま吉原大源の説法テープや説法集を復唱させる。

 吉原を崇拝させ、忠実な僕を作るという意味ではこの方法は絶大な効果があった。

 すり替えられた自主性による修行。

 自らが選んで、この場にいる。そして辛い一日を乗り切れた事に喜びを感じるようにまでなっている。

 維新が進んでいるんだ、という実感と共に。

 それは修行というよりも、寧ろ洗脳と呼べるものであったが信者達は誰もがそうは思っていなかった。


 健也が個別指導から通常の修行へ戻って来た。

 部屋へ入る健也を見て、肇と弘明は驚きの色を隠せなかった。


「お久しぶりです!皆の足を引っ張ってしまい、本当にごめんなさい。本当にごめんなさい。本当にごめんなさい。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。弱い私を正しく見詰める機会を与えて下さりありがとうございます。私の受け取るはずの功徳は皆の元へ行きました。最高の幸せです。他者の幸せは最高の幸せです。」


 その目はやや見開かれたままで、そしてやや不自然に口角が上がっていた。

 通常の感覚なら「不気味だ」と思うのだろうが、肇と弘明はそれが維新が進んだものだと思い、内心羨んでいた。


 肇が声を掛けた。


「健也くん、久しぶり。何だかとっても見違えたね。凄く、維新が進んだみたいだ。これならいっぱい福徳が頂けるよ!喘息も治って、絶対に、一生懸命サッカーに打ち込める!」


 健也は静かに微笑み、こう返す。


「サッカーですか?それは何の必要性があるんですか?私は広宣に生きます!広宣こそが福徳への近道です!広宣するぞ!さぁ、皆さんも!広宣するぞ!」

「すっごいや…!健也くん凄い!広宣するぞ!」

 弘明もそれに続く。

「負けない!自分に負けない!広宣するぞー!」


 中学生の村井もそこへ混じる。


「君は見込んだだけある。弱さを全く感じなくなったね。これで維新がもっと進む!きっと、大源先生の一部となるに相応しい人間となるだろう!おめでとう!」

「滅相もございません。私はまだまだ弱い人間です。克服します。克服します。克服します。克服します。克服します。克服します。世間へ戻ってからが闘いです。広宣するぞー!広宣!広宣!広宣!広宣!広宣!広宣!広宣!」


 健也は発作のように同じ言葉を何度も繰り返した。

 それをヤル気に満ちたものだと思い込み、肇や弘明や村井もそれに続いた。


 弱心破砕の儀は成功した。

 サッカーとおしゃべりが大好きで、他人の事が放って置けない性格の健也はこの世界から消えた。粉々に砕け散り、そして死んだのだ。


 やがて修行期間は終わりを迎え、肇と母・美代が日常へ帰る日がやって来た。


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