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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
25/66

嵌め殺しの殺風景

道場へ到着した村元親子。そしていよいよ始まる道場での生活。全ては修行。全ては維新者である為。そして全てはここから壊れていく。

 村元肇は漆黒の中に浮かぶ巨大な施設を見るや否や、得体の知れない恐怖を覚え始めた。

 小声で母・美代に声を掛ける。


「お母さん、お母さん、俺、帰りたい…」

「何言ってるの?これから一ヶ月、ここで皆と仲良く暮らすんだから。肇、皆さんに元気よく挨拶する準備は出来てるわね?」

「え…いや…ううん…」

「ううんじゃない。元気に挨拶してちょーだい。」


 早口でそう告げると美代は前を見据えたまま一切肇を見ようとはしなかった。


 子供に甘いから自分にも甘いんだ。

 私は変わらなければいけない。維新者として、正文を盛り上げる立場の人間として。

 肇に甘い顔をしたらそれは自分を甘やかすという事になる。

 山口さんの言う通りだわ。

 私は変わる為にここに来た。肇と旅行をしに来たんじゃない。

 甘えるな、甘やかすな、私。


 広大な駐車場は全国の地域から集まった信者達で溢れていた。

 信者達は皆、各ブロック毎に固まっている。

 その数は数百人にも及ぶ。


 バスを降りた全員が埼玉・群馬というボードを掲げた男の前に集まる。

 信者達は皆、緊張の面持ち、というよりもやる気に溢れたような意気揚々という表情でいる。

 その為、怯えたような表情の肇は酷く目立ってしまっていた。


 ボードを掲げた男が大声で叫ぶ。


「皆さんにはこれから道場内に入って頂きます!良いですか!二列、二列行進でお願いします!二列です!それでは進みます!」


 囚人のように、ぞろぞろと群れが動き出す。

 巨大な道場の入口には樋口、真崎、そして吉原大源の大パネルが飾られている。

 入口を過ぎ、廊下を進むと真正面に「大道場」という金のプレートが貼り付けられた扉が見えてくる。

 扉を開けるとそこは天井10m以上、畳は何百畳もあろうかという真白く巨大な空間が広がっていた。

 あまりの広さに道場というより、体育館のような印象だ。

 正面には正文信者が題目を唱える際に信仰の対象となる本柱(本尊)が書かれた巨大な掛軸が掛かっている。


 全員が入りきると係からプリントが配られる。

 ひと際背が高く、体つきの良いスーツ姿の顎髭を蓄えた男が前へ出てくる。


「えー、皆様。本日から一ヶ月、宜しくお願い致します。私、正文道場統括担当の瀬川と申します。」


 全員が静かにお辞儀をする。


「今の時間が、えー、20時半ですか。この後ですが、本日は部屋に入ってそのままお休みして頂きます。朝は6時から代償唱和がありますので、絶対に遅れないようくれぐれもご注意下さい。万が一遅れた場合には個別修行となりますので。食事ですが皆様一律に同じ物をお出ししてますので。無論、食事も修行の一環です。配慮は特に致しておりませんのでアレルギー等ありましたら都度報告して下さい。風呂は大浴場にて三日に一度となります。以上です。では、皆さん。お部屋への移動、お願いします。」


 するとブロック毎に担当がやって来て案内を始める。名前を呼ばれた者が前へ出てグループを作っている。六名一組。かなり慌ただしい雰囲気の中、肇はここで初めて母親とは部屋が別なのだという事に気が付く。


 全てがベルトコンベアの作業のように淡々と流れていき、抗いようのない突然の出来事の連続に肇は立ちくらみのような感覚に陥る。


 肇は名前を呼ばれても気付かなく、ぼうっと立っていると中年の担当者から腕を引っ張られた。

 母は既に部屋へ向かい歩き出していた。


「おい!君!しっかりしないか!男だろう!はい!早く集まって!前!前へ出て!さっさとする!」


 グループは同じ年くらいの男子が二人、中学生くらいの男子が一人。

 肇はきっと皆が皆、不安げな表情でいると思っていた。

 だが、中学生は不安げな表情どころか喜びに満ち溢れたような、生き生きとした表情を浮かべていた。


「埼玉、群馬、少年は…四人か。んー、今回少ないな。まぁいいか。はい、じゃあ部屋に行きますよー。」


 後を付いていくしか出来ない肇は周りと話をする余裕すらなく、八畳間に二段ベッドが四つ据えられた簡素な部屋に案内された。

 窓は嵌め殺しになっており、他は小さな洗面台が一つあるだけだ。


「えー、明日の朝放送ありますから絶対遅れないように。食事は部屋の皆で大食堂に移動して食べます。今日はこの後すぐね。で、普段ですが朝は代償が終わった後の八時から。昼は十二時。夜は六時から。はい。じゃあ荷物置いたら移動します。」


 荷物を置くとすぐに全員無言のまま移動を開始する。

 他の集団の皆誰もが口を開く事なく、ただ大食堂へ向かうという目標を遂げる為だけに歩いているように見える。

 食事も修行の一環だというなので、実際にそうなのだろう。

 そう思うと同時に、肇は背筋に冷たいものを感じた。


 肇はこの後、自分自身の「自我」が正文という頑健な蓋で閉ざされてしまう事をまだ知る由も無かった。

 しかし、起点は間違いなくここなのだ。


 肇の生活は、この日から音を立てて壊れ始めた。

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