闇の暴食
不登校となった村元肇の母、美代は正文新宿新本部で行われる部長昇進試験、そして面談を受ける為新宿へと足を運ぶ。
そこで担当山口は、とある問題を切り出す。
「村元さん。」
「は、はい…。」
「一点、よろしいですかね。例え生活が苦しくても、清財を惜しんではいけません。清められた財は何倍にもなって返って来ます。功徳が積めて、さらに何倍にもなって財が返ってくる。こんな良い事ってありませんよね?」
「はい…あの…仰る通りです。」
「なら分かるでしょう。支部長になりたいのなら、清財を惜しむような下卑た真似はおやめなさい。財に未練があるという事はとても醜い事です。」
「はい…。」
「おい!だったらババア!この数字はなんなんだよ!こっちは遊びでやってんじゃねーんだぞ!」
山口のただでさえ鋭い目付きが更に鋭利になる。
村元美代は恐怖の為に身体を震わす。
「はい…す、すいません!」
「今のね、楠木地域婦人部長は家を担保に借金してまで清財しましたよ。ねぇ。そのくらい気合い入れてかないと。」
「はい…。」
村元美代は埼玉西Aブロック婦人副長として日々正文学会の活動に励んでいた。
ある日、埼玉総合部長から地域部長になる為の試験、面談を受けてみないかと誘いを受けた。
正文内での「ブロック」とは各市町村の中で更に分かれた最小単位の組織であり、「地域部長」とは各市町村の代表者としての役割を担う。
現楠木地域部長は一段階上の役職である西埼玉エリア部長を目指し勉強に励んでいるとの事である。
村元(旧姓・寺島)美代は大学入学と同時に正文学会へ入信した。友人と二人、先輩に誘われて遊び半分で入ったテニスサークルが実は正文信者達のサークルだったのだ。
最初のうちこそ信仰宗教という事もあり抵抗感はあった。しかし、宗教とはいえ決して堅苦しくない若者の語り場のような会合の雰囲気が気に入った。
好きなことを本音で好きなだけ語り合う事に喜びを感じた。
日常でどんな事があろうと、そこへ行けば孤独を感じる事なく過ごせた。
気が付けば吉原大源の本、ビデオを買い漁り、講演会へと足を運び、やがて新聞を購読し始めた。
在学中に知人の紹介で現・夫である圭一と出会い、お互い正文信者という事もあり意気投合。
卒業後すぐに二人は結婚し、やがて美代は一児の母になった。
貿易会社の事務員であったが出産の為に退職。育児に忙しい毎日ではあったが、生活で余る時間のほぼ全てを正文に費やし生きてきた。
正文の事ならば自信があった。当然、試験で迷うような問題はひとつも無かった。
試験後は晴れやかな気持ちになり、S市婦人部長としてこれから自分が埼玉を盛り上げて行くのだと思うと自然と気持ちが昂ぶった。
試験後は面談の為個室へと呼びされた。面談相手は正文学会本部職員・財担当の山口という痩せ型の中年男であった。
挨拶もそこそこに、山口は無言のまま何かの資料を開くと開口一番「清財」について話を切り出した。
「清財」それは世間でいうお布施の事である。
美代は幾ばくかの不安、そして何か後ろめたさの様なものを感じ始めていた。
しかし、地域部長に昇進出来る可能性だけは断ちたくなかった。
部長になれずにおめおめと帰ったなら他の婦人部メンバー達に申し訳が立たない。必ず成ります、と宣言したからには部長になれなかった日には婦人部メンバー達に何を言われるか分かったものではない。
ここへ来る前日の夜、村元家に集まった婦人部のメンバー達が美代が部長へ昇進出来るように精一杯題目をあげたのだ。嫌でも、集まったメンバー達の必死に題目をあげる顔が目に浮かぶ。
山口は獲物に飢えた蛇のような鋭い目をしている。美代は一瞬、背筋がゾクッとする感覚を覚えたがすぐに姿勢を正した。
「あの…地域部長になる為にはどれくらいの清財が必要になるんでしょうか…」
「はぁ……。村元さんね、どれくらいとか、何とか、金で買うんじゃないんですから。清財も修行のひとつですよ。身を削る事です。」
「身を削る…。」
「さっきからね。あなた、馬鹿なんですか?仮にも大学出ているんでしょう?」
「いや、いえ…!大丈夫です!必ず!必ず勝ちます!私は自分に勝てます!」
「ならそれなりの覚悟を見せて頂きたい。すぐに。」
「は…はい!」
「ふーん…。あんた、子供いるんだね。小学五年生…育ち盛りだ。吉原先生はね、修行の際、木の実だけで一ヶ月過ごしたんだよね。」
「はい。存じております。」
「子供に甘い親はね、自分にも甘いんだ。これは…その甘えが数字に出てるんじゃないの?」
「申し訳ありません。」
「謝るって事は認めるって事でしょう。少年部、村元肇…折伏獲得数「0」か…。親子共々これは…うーん…地域部長として、どうかと私は思いますがね…。」
「頑張ります!頑張りますからどうか!どうか宜しくお願い致します!どうか!」
美代は山口に縋り付くように頭を下げ続ける。
「……村元さん。少々お時間頂けますかね?」
「え、あ…はい。」
心に巣食う甘えを正し、勝利に相応しい維新者たれ!
吉原大源の言う「維新者」としての自覚が美代には足りず、このままでは地域部長として認められない。そこで山口が提案したのは正文富士道場で行われる短期集中修行への参加であった。
それも親子共々、参加してもらうとの事であった。
学校は無論、休ませろとの事だ。
美代は地域部長になりたいという一心でその提案に直ぐ飛びついた。
参加費用は二百万円。貯金を崩すとすぐに納金した。
ゴールデンウィーク前、美代は集中修行の準備に追われた。根っからの正文信者である夫の圭一は美代と肇の集中修行への参加を大いに喜んだ。
しかし、肇は事情を全く飲み込めていなかった。
学校はどうするんだろう。しばらく皆に会えなくなるんだろうか。修行って、一体何するんだろう。勉強は好きじゃないけど、もっと大変なら修行なんて行きたくない。
お母さんとお父さんはとっても喜んでるし、良い事なのは間違いないのかもしれない。でも…。
肇の戸惑いは出発の当日まで消えなかった。
美代は「行けば分かるわよ、大丈夫!母さんだって分からないんだもの。頑張ろう!」
と、肇を励まし続けた。
美代と肇、他埼玉西エリアからの参加者を乗せたバスは煌びやかに光る東京のビルの谷間を過ぎ、闇を抜け、やがて漆黒の中浮かび上がる巨大な施設へと辿り着いた。




