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カーテン  作者: 大枝健志
村元 肇編
23/66

放課後の残り香

小学五年の泰彦。最近クラスメイトが不登校になった。野崎が話すにはどうやら「シューキョー」が関係しているらしかった。


舞台は1992年へと移る。

 

 1992年


 小学五年の佐伯泰彦の同級生・村元肇は新学期が始まってから一ヶ月が経つ頃から原因不明の欠席が続いていた。


 休んでいる理由を担任小林は知っているらしいが、それについての具体的な話を児童達は一切聞かされてなかった。


 心配になった佐伯泰彦、他五名で村元の家へ訪問した。インターホンを鳴らしても何も応答が無かった。居留守だったのかもしれない。


 村元肇は誰に対しても優しく、おっとりとした温厚な性格で、誰からも好かれていた。彼をイジメる者など皆無だった。

 特に身体が弱いという事もなく、長引く欠席の理由を誰もが特定出来ずにいた。

 親が離婚したのでは、という分かりやすい噂話が出回ったがやはり真相は不明のままであった。


 勉強や運動はあまり得意では無かったがクラスでは水槽係を担当しており、マメに手入れされた水槽ではいつも幸せそうに金魚達が泳いでいた。

 手先が器用で、当時流行していた格闘アニメのキャラクターを粘土で精巧に作ったり自作の冒険漫画を描いたりして皆から尊敬される一面もあった。

 褒められても偉そうにする事は無く、いつも坊っちゃん刈の頭を掻きながら照れ笑いを浮かべていた。


 肇が学校へ来ない間、不在をあからさまに伝えるように水槽には苔が生えて始めていた。


 クラス委員である泰彦が放課後仕方なく掃除をしているとクラスメイトの女子、野崎円香(まどか)に声を掛けられた。

 しかし、話をすぐに切り出そうとはせず、その様子はよそよそしい。


「ねぇ、佐伯くん…。あのね、あの…。あのさぁ…。」

「な…何?」


 泰彦が掃除の手を止める。春を越した強い夕景の陽射しが野崎の艶やかな長い髪に反射する。

 野崎円香はクリスチャンであり、アメリカ人の母を持つ。その目は美しい二重のカーブを持ち、肌は透き通る様に白く、小さくも高い鼻と茶色がかったロングヘアの持ち主であった。

 他の女子達よりも一段背が高く、その大人びた雰囲気から男子達からは相当な人気があった。

 中学生に間違われる事や高校生にナンパされる事など日常茶飯事。

 誘拐され掛ける事二回。

「いくらかな?」

 と見知らぬ中年に声を掛けられた際はその意味が分からず

「私はお店屋さんじゃありません。」

 と返した経験も持つ。


 当然だが一部の女子達からは相当に嫌われていた。


 放課後、二人きりの教室。ふいに話し掛けられた泰彦は思わず目を逸らし、緊張を覚えた。

 夏を感じさせる風がカーテンを揺らす。


「あのね…。シューキョーって、わかる…?」


 え?シューキョー…?その言葉に泰彦は胸に咲いた期待を含んだ一輪の花が急激に萎んで行くのを感じた。

 水槽を洗う作業を再び始めながら泰彦は答える。


「シューキョーって、あの、シューキョー?野崎ん家のキリストとか、お寺とか?」

「まぁ…それはそうなんだけど、ちょっと違うやつ。あ、ちょっと。ねぇ、水跳ねた。佐伯君、これ、汚い水?」

「え?いや、うん。すっげー汚い水。」

「最低。気をつけてよ。顔に跳ねたらどうすんのよ。で、ちょっと違うシューキョーっていうのが村元君と関係あるんだけど。」

「うん。ちょっと違うシューキョーね。」


 泰彦は答えながら内心苛立ちを覚えていた。掃除中に勝手に話し掛けといて水が飛んだら最低だなんて、一体こいつはどんな性格してるんだ。思わず爪を噛む癖が出そうになったが水槽を洗っている為にそれが出来ず、余計に苛立ちを覚える。

 しかし、そのシューキョーは村元に関係があるという事で若干の興味が湧いた。


「村元君がね、ずっと来ない理由ってシューキョーなんだって。それも、ちょっと変わってるやつ。」

「変わってるって、どんな…?」

「なんか…絶叫しながら祈ったり、あと、道場で閉じ込められながら修行したりとか…。村元君、そこにいるって。」

「そこ…そこって、どこ?」

「道場。富士山の方だって。」

「富士山…遠いな…。村ちゃんがなんでそんな所に…。え、でも何で野崎が知ってるの?先生から聞いたの?」

「え?それはね、あのさ、佐伯くんクラス委員だもんね?誰にも言わないよね?」

「それは、うん。大丈夫。」

「クラス委員だから村元君の事も話したんだけど、あのね。私、ママとね、その変なシューキョーにね、ママの友達に誘われて最近行って来たの。大きい会館?に私も付いてった。うちはずっとクリスチャンだし、帰って来てからママが気味が悪いって言って、もちろんその宗教には入らなかったけど…。そこでママの友達の人に聞いたの。皆が村元君と村元君のママにおめでとうって言ってたって。感動したって…。村元君は選ばれたコなんだって、そう言ってた…。」

「どういう事?村ちゃんが選ばれてシューキョーに連れて行かれたって事…?」

「ううん….。多分、村元君のママが連れて行ったんだと思う…。」

「それで学校に来てないのか…。そうか、来れなかったんだ。村ちゃん…。」

「修行はなんだかその先生?偉い人?と同じ期間で、一ヶ月くらいって言ってたから村元君もう帰って来る頃だと思う。一日だけ会館に行ったけど、凄く怖かった…。大きな声出して、呪文みたいなの唱えてて。それにね、皆、目がおかしいの。普通じゃないの。教会にはあんな人いない。そんな所に一ヶ月もいたら、村元君おかしくなってるんじゃないかなって…大丈夫かな…?」

「ううん…どうだろ…。普通だったらおかしくなるよね。」

「うん。ねぇ、この事誰にも言わないでね?秘密にしておいてね?お願い。」

「それは、良いよ。大丈夫だよ。村ちゃんの事教えてくれてありがとう。」

「ううん。いいの。あとさ。」

「え?」

「佐伯くん、魚好きなの?」

「いや、別に…。汚かったから掃除してただけ。」

「ふーん。じゃ、この事は秘密で。じゃあね。」


 そういうと野崎はあっという間に教室から出て行き、泰彦はまた一人きりになった。

 ほぼ男所帯の家では嗅いだことの無い甘いような良い香りがして、途端に泰彦の胸が騒がしくなる。

 しかし、カーテンを揺らす風が残り香を蹴飛ばした。


 シューキョー。富士山。修行。

 あの村ちゃんが修行…?いつも照れ笑いを浮かべて漫画描いて人形を作っていたあの村ちゃんが…。

 その姿をどう想像すれば良いのか泰彦には分からず、その時はまだシューキョーがどれだけ気味の悪いものかも良く分かって居なかった。


 泰彦が分かった事は二つ。


 ひとつは近々修行を終えた村元が学校へ来るかもしれないと言う事。


 もうひとつは野崎の残り香がとても良い香りで、それは風が吹くとすぐに消えてしまうという事だった。

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